スローカーブをもう一球


第八回ノンフィクション賞を受賞した山際さんの代表作です。名作『江夏の21球』が収録されています。

『八月のカクテル光線』
1979年夏の甲子園での、星稜対箕島延長18回の戦いを描いたものです。
スコアブックをたどるような『記録』ものではなく、夏の甲子園のナイター照明の美しさを軸に18回の激闘が 爽やかに展開されています。
この中で山際さんは、高校野球の監督を
「自らグラウンドの中に入っていかれず、やきもきするしかできない立場の人間」
と書かれています。
「高校野球の主役はあくまでプレーする選手だ」
というよりずっと素敵な表現ですね。

『江夏の21球』
舞台は1979年広島、近鉄のあいだで行われた日本シリーズの第7戦。広島一点リードで迎えた9回裏近鉄の攻撃を、 リリーフエース江夏豊が無死満塁というピンチを迎えながら、21球を費やして0点に抑えます。
そしてその26分余りの間に起こる、江夏と相手打者、相手監督、そして味方ベンチとの駆け引きの模様が詳細に描かれています。
ハイライトは、一塁を守っていた衣笠がマウンドの江夏に声をかける場面。彼の一言によって、マウンド上で孤独に戦っていた江夏は、 冷静さと集中力を取り戻し、絶体絶命のピンチを切り抜けるのです。

『たった一人のオリンピック』
「オリンピックに出る」
という突然の思いつきのために、20代の5年間を費やしてしまう青年のお話です。
彼は大学のクラブなどに属さないで、たった一人でボートのシングルスカルの世界に飛び込み、 古く間違った伝統・流儀に惑わされることなく、自らの理論と計算に基づいて、本当にオリンピック大表の座を射止めますが、 それは『幻の』モスクワ五輪代表だったのです。

なお、『バットマンに栄冠を』にこのお話の続編ともいえる作品『ロウイング、ロウイング』 が収録されています。

『背番号94』
一人の高校生投手がドラフト外でジャイアンツに入団します。彼は3年間ファーム暮らしを続けた後、打撃投手に転向するよう 命じられます。彼はプロの世界で勝ち残ることができなかったのです。
でもそれは、彼がドラフト外入団だったからでも、世間の注目を集める投手でなかったからでもありません。
彼には、仲間の目を欺いてまでも密かにトレーニングを重ねたり、監督・コーチに自分をアピールするために味方にサービスして力を 借りたりという、プロ野球の世界で生き残るために必要な『したたかさ』が足りなかったのです。
私はこの作品を読むと、華やかなプロ野球の裏側のえげつなさを覗き見したようで、少し吐き気をもよおしてしまいます。

『ザ・シティ・ボクサー』
米軍キャンプの街本牧に生まれ、一時間ドライヤーを当てつづけて決めたリーゼントヘアでリングに上がる、 そんなボクサーがいました。彼はその完璧に決めたヘアスタイルを崩すことなくリングを降りられないかと考え、 辛く厳しい練習や、悲壮なハングリー精神とは無縁のボクサーであろうとしました。
スパーリングでは世界チャンピオンとも互角に渡り合える彼は、その時、日本ランク第四位。
そんなボクサーでもここまで、なのでしょうか。そんなボクサーだからここまで、なのでしょうか。

『ジムナジウムのスーパーマン』
熾烈な競争を勝ち抜き自動車のトップセールスマンになった彼は、国内で10年間無敗を誇るスカッシュの日本チャンピオン でもありました。
彼は、他の多くの人のように『だれきった日常生活』に陥ることなく、規律正しい生活を送って自らの肉体を維持しました。
そして今日も対戦相手を完膚なきまでに叩きのめし、チャンピオンの座を守ったのです。

『スローカーブをもう一球』
ある県立の進学校の野球部が、相手をあざ笑うような超スローカーブを武器にのらりくらりと投げぬいていくエースを要して、 関東大会の決勝戦に駒を進めて、甲子園出場を決めるというお話です。
私にとってこの話は、数ある山際作品の中でbPに好きな作品なのですが、それは主人公の川端投手と私の環境が似ているからなのかも しれないですね。
私も県立の進学校の野球部に所属して、なんとなく野球を続けていましたから。もっとも私はエースではなかったし、 全国大会には出場できなかったのですが。
この作品を読み終えた後、私の頭の中ではいつも、川端投手のゆったりとしたモーションから投げられたスローカーブが、 バッターボックスの私に向かって、永遠に届かないで飛び続けています。

『ポール・ヴォルター』
これも、モスクワオリンピックと前後してあわられたアスリートについて描かれた作品です。
彼は棒高跳びの選手としては決して恵まれた体格ではないにもかかわらず、モスクワ五輪代表選考会で一位となりました。
選考会の時点で日本のモスクワ五輪不参加はすでに決まっていたので、彼はオリンピックに出られなかったことはそれほど悔しいこと ではないと思っていました。オリンピックでメダルを狙える次元ではなかったということもあるでしょう。
彼はその後、自分よりも10センチも長身の選手の日本記録を塗り替え、さらにその記録を伸ばしつづけました。
そして彼は、競技を続けていることにむなしさを感じ始めてしまうのです。

もしオリンピックに出ていたなら。
彼には、更なる高い目標を見つけてむなしさを感じることなく跳びつづけることも、あるいは、一つの区切りとして 満足感とともに競技生活を終えることもできたのではないでしょうか。

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