ナックルボールを風に

野球選手からレスラーまで幅広いジャンルのスポーツ選手のエピソード集といった感じの構成です。
- 『プロローグーホーム・タウン』
- 1970年代半ばから80年代初めにかけて活躍した『スケットガイジン』数人のエピソードです。
今のように野茂、イチローや日本帰りのメジャーリーガーの活躍によって日本のプロ野球のレベルが認められるようになるずっと以前、
日本に来る外国人選手たちには『都落ち』といった雰囲気が漂っていて、山際さんの取材に対する受け答えにも悲哀が感じられます。
- 『落球伝説―池田純一』
- 1973年、阪神は残り2試合のうち一つでも勝つか引き分ければ優勝というところまでこぎつけます。ところが、
「阪神に勝たせてもいい」とすら考えていた中日にやる気を感じさせないまま敗れると、続く巨人との直接対決にもズルズルと敗戦を喫し、
巨人のV9を許してしまいます。
阪神お得意の『お家騒動』が絡んだとも思われる奇妙な敗戦の責任は、シーズン終了後、意外なところに降りかかってきました。
この年の阪神の闘いぶりは『男たちのゲ−ムセット(単行本題「最後の夏」)』に詳しく書かれています。
- 『スクイズ―西本幸雄』
- 「バント嫌い」といわれることの多い西本幸雄監督の、日本シリーズの勝敗の行方を決した二つの「スクイズ失敗」のストーリーです。
一つはいわずとしれた1979年、『江夏の21球』の場面でのスクイズ失敗。
そしてもう一つは、1960年、大毎オリオンズ監督時代の対大洋2戦目でのスクイズ失敗。
どちらの場面も、スクイズの指示を出す監督とそのサインを受け取る選手、そして相手投手の意識の微妙なズレが興味深いです。
- 『エース―江夏豊』
- 江夏豊はどんなときでも自分の信念を貫き通しました。そしてそれはエースとして、押さえの切り札として数々の奪三振記録や
伝説を残すことにつながりましたが、一方ではそれ程の実績を残しながら数多くの球団を渡り歩く原因にもなったのでした。
ちなみに若き日の江夏の逸話として、オールスター9連続奪三振達成時、最後の打者のファウルフライを捕手にむかって「捕るな!」
といったと紹介されていますが、江夏氏本人は自らの著書の中で、「追うな!」といったのだと書いています。「早くマウンドを
降りたかったのだ」と。言葉って微妙ですね。
- 『「天才」−長嶋茂雄』
- 現役時代あれほどまでにファンを熱狂させ魅了していた《3番》長嶋茂雄と、監督としての《90番》長嶋茂雄(第一期)は、
はたして別の長嶋茂雄なのかということを『山際流』に解析し、やはりアノ長嶋茂雄が《90番》のユニフォームを着ているのだと
結論付けています。
本文中に現役中、彼は三角ベース(無死又は一死で一塁走者が打者の外野フライ時にタッチアップせずに二塁を回ってしまい、
一塁への帰塁時に二塁を踏まず一直線に一塁ベースに帰ってしまうこと。二塁を踏んだ上で一塁へ帰塁するのが正しい。)を3度も
記録していると紹介されています。うーむ、すごい・・・。
- 『熱球投手―金田正一』
- ピンチを迎えると「ストライクを投げようと思うより先に、力いっぱいドマン中に向けて投げた」熱球投手・金田正一の
伝説の数々です。全てのエピソードが「いかにもカネヤン」ってな感じがにじみ出ていて面白いです。
10年連続20勝がかかったシーズン終盤、「ここでワシ!」と思う場面でリリーフを告げてくれない監督にいらだち、勝手に
マウンドに上がり審判に「ワシ、投げるから」といったというから、さすが!
- 『ミラクル・パット―青木功』
- 青木功は、32歳の時初めて招待されたマスターズ・トーナメントで周囲の雰囲気に溶け込めず、浮き上がってしまいましたが、
それから6年後には、まったく違和感を感じさせないで周囲に馴染んでいました。その影には、宏子夫人のアメリカという異文化での
経験が大きな力となっていたのです。そしてそれに平行するように、青木のアメリカツアーでの成績も上がっていきました。
スポーツでの海外進出において、その国の文化にうまく馴染めるかどうかは、技術や経験と同じぐらい、成功するための重要なポイント
となるということでしょう。
- 『敗戦投手―加藤初』
- ある年の巨人のシーズン最初の敗戦投手となってしまった加藤初の、敗者に相応しい立ち振る舞いを描いたものです。
わずか3ページの異色作です。
- 『つぶやき―足立光宏』
- 1976年、阪急が初めて日本シリーズで巨人を下した瞬間に、マウンドにいるベテラン投手足立のつぶやきの中身に迫ります。
山際さんは、こういった選手のふとした仕草や表情を逃しませんね。
- 『アウトコース―落合博満』
- 「アウトコースの話を聞きたいと思ったんだ」
「それは野球のアウトコースのことかい?それとも人生のアウトコースのこと?」
こんな粋なインタビューを中心に構成されている、落合博満の野球人生です。
- 『チャンピオンー渡嘉敷勝男』
- 「世界で最も体の小さいボクシング・チャンピオン」渡嘉敷勝男のやんちゃな学生時代から具志堅用高のスパーリングパートナーを
つとめていた頃までの、様々な「カッコつけ」なエピソードです。
「ボクサーとは、三分、一分、三分、一分と流れていく時間の感覚を体に覚えこませている人間のことだ。」
山際さん得意の定型文ですね。
- 『7回戦ボーイー小林繁』
- 1982年の開幕戦、敬遠の場面でのサヨナラ暴投をきっかけに、ゲーム終盤で打ち込まれることが多くなってしまった小林繁
について書かれています。
江川とのトレードが話題になった79年の事についても少し触れています。
- 『仮面ータイガーマスク』
- まだ仮面を脱ぐ前(もちろん参議院議員に立候補するよりもずっと前)のタイガーマスクのインタビューです。
山際さんは、リング上のタイガーマスクが唇に紅をさしていることに気付きます。彼はただのレスラーではなく、劇画のヒーローでも
あるのです。
- 『エピローグーナックルボール』
- 「たとえば、ぼくはナックルボールを投げるピッチャーが好きだ。」
という書き出しから山際さん独特の英雄論が展開されます。
本文の最後、
「ぼくはむしろ、ここでは変化球を投げたいと思った。編集者とかわしたサインも、そういうことだったと感じている。」
に、山際さんの書き手、伝え手としてのポリシーが感じられます。