舞台版「サウンド・オブ・ミュージック」を観て

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80年代後半、90年代が近くなってきた頃、縁あって「サウンド・オブ・ミュージック」のアメリカ人キャストによる舞台公演を観る機会に巡り会った。結構なお値段の席には手が届かず、程々の値段の席で妥協したのだが、広いホールのその値段の高い筈の席にちらほらと空席が目立ち、後ろが埋まるというアンバランスに、主催者側が前の方に移るように言ってくれ、何ともラッキーなことに一番良い席で観ることが出来た。

アメリカ人キャストだから勿論台詞も英語である。劇場では、確か500円ぐらいで翻訳が聞こえるイヤホーンを貸し出していた。果たして、どういう翻訳が聞こえてくるのかとても興味があったのだが(つまり台詞風に聞こえるのか、棒読みの翻訳なのか)、私はこの500円をケチったのだった。ちなみに隣に座っていた人のイヤホーンから流れてくる声がどうも気になってならなかった。やはり借りてみるのも良い経験になったか、とも思ったが、本場の舞台をストレートに楽しみたい気持ちの方が強かった。

主演はデビー・ブーンだった。50年代「砂に書いたラブレター」などの大ヒットを飛ばしてアイドルスターだったパット・ブーンの娘。彼女自身、「マイ・ソング」でヒットを飛ばし、好きだったミュージカル映画版「ラッシー」でも数々の素晴らしい歌を歌っていたので好きな歌手と言える人だった。それに美人で温かい感じのする人だ。だから、彼女のマリアには大満足だった。

さて、舞台版だが、映画から入った私にはやはり舞台という限られた場所での動きにはちょっと物足りなさが残ったというのが偽りのないところだ。冒頭の上から映すアルプスの山並みがあるわけではないし、踊り歌うミラベル庭園の風景があるわけではないし。だが、そういった風景に目を取られない分、役者の力量はより問われると言えるだろう。
冒頭の「サウンド・オブ・ミュージック」の歌は、映画では前奏曲として流れる部分に歌詞が入る。私はここの部分がとても好きだ。でも、映画ではやはりここを削ってアルプスを映していく手法が正解だったろう。

「ドレミの歌」はマリアがトラップ家にやってきてすぐに子供たちと仲良くなるために歌われる。これは、やはり映画のイメージが強烈でザルツブルグとアルプスのシーンがないのが淋しかった。

映画と大きく違う点は、男爵夫人とマックスおじさんにも歌のシーンが与えられていることだろう。「愛など続かない」と「どうにも止められない」は男爵夫人とマックスおじさんとの掛け合いで歌われ、大佐とマリアは自分たちの将来を歌う「ふつうの二人」という歌を歌う。「愛など続かない」は男爵夫人と大佐の金ぴかに財産で彩られた愛を綴る一風変わった思いっきり皮肉な歌。「どうにも止められない」は大佐も入って、「理想主義者さん、現実的におなりなさい、妥協して賢く振る舞いなさい、どうにも止められない、どうしたって止められない」と男爵夫人が露骨に反ナチを表す大佐を諭す歌。要するに「長い物には巻かれろ」ということで、この歌が映画で削られたのはちょっと残念だった。

総括すればやはりセットはオールロケにはかなわない。でも、舞台版は「どうにも止められない」の歌に代表されるように、主義主張を皮肉を込めて前面に押し出していた。映画の方が、その点ナチに対する対応などをオブラートに包んでファミリーミュージカル向けにしていた感が強い。

何だかんだ言ってもやはり引き込まれる舞台だった。生の舞台で聞ける生の歌声は感動的だった。取り直しの効く映画とは違って、一発勝負でミスが許されないところにも緊張感を感じた。役者さんが自分の力を伸ばすために舞台に出たがる気持ちというのが少しだけわかるような気がする。
基本的にはやはり映画の方が好きなのだが、もしまた観る機会があるものならば私は是非駆けつけたいと思っている。


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