わんわんハウスなどというネーミングは絶対にふざけていると思うのだが、ケンネルというブランド名よりははるかにましだと思う。それにしても、わんわんハウスとは。バイオハウスは断じて犬小屋などではない。れっきとした人間の住む家で、しかもオーダーメイドであり私のわんわんハウスは6LDKもの広さなのである。ウサギ小屋とはほど遠い。
 犬をベースにしたこのバイオハウスは特に寒冷地での居住を想定して開発されたものだ。外壁には毛皮が生えている。うちのは茶と白と黒のまだらだ。いかにも暖かそうだが、それは見た目だけであって屋内の実際の暖かさにはまったく関係ない。極寒の地でもこの家が快適なのは、家自体が体温を持っているからである。壁や床はいつも犬の体温と同じに保たれ、室温は摂氏二十度を下回ることがない。もちろん、暑いときには玄関先に巨大なピンクの舌が出現してハアハアと息を吐き室内にこもった熱を排出するので省エネになる。
 電気もガスも水道も引いてあるが、主な動力源は残飯である。毎食後に出る生ゴミをタンクに投下するだけでいい。そのエネルギーで空調とちょっとした電気製品を動かすことができる。環境保全と省エネには大きな効果だ。まさに、地球に優しい家というわけである。ソーラーハウスなど足元にも及ばない。
 購入するときに住宅会社の担当者から念を押された。毛が生え替わる時期になると抜け毛がかなりあるから庭の掃除を怠らないこと、それからこの家は住宅とはいえ生きているから排泄するので、本体の排泄機構と下水の接続は完璧を期すこと。でないと悪臭が発生することになる。だが、私の家族がこの家を購入したときはすでに冬に入っていたので、まだそれらの問題とは無縁だった。
 実際に住んでみると、かすかに動物臭さが屋内にこもっているような気がしたが、各室に芳香剤を置いておけばなんということもなかった。残念なのは犬を飼うことができないことだった。犬を飼うと、犬が家をもう一匹の犬と勘違いして興奮し、始終吠えてどうしようもなくなるそうなのである。生まれたての子犬であれば最初からなれてしまうのでそうでもないらしいのだが、今度はその子犬の精神的発育に障害が出てしまうらしい。
 もちろん、猫を飼うなどもってのほかである。そんなことをすれば家のほうが興奮して、家としての機能を果たさなくなってしまう。ベースになった犬の脳味噌をメインコンピューターにしていてそれが家の各機能を制御しているのだが、猫のために混乱してしまうのである。
 家を建ててすぐに雪の季節になった。このわんわんハウスの便利さはすぐに立証された。
 屋根の雪下ろしをしなくてもすむのである。ちょうど水を浴びた犬が体を振るように、積雪量に応じて屋根がぶるぶる震えて雪を払い落としてしまうのである。これはすべて全自動でおこなわれるので、いちいち降雪量を気にする必要もない。もちろん、屋根がふるえるときには室内にもその振動が少しは伝わるのでちょっとした地震のような状態になるが、それは住宅会社の担当者からあらかじめ聞いていたし、慣れればどうということもない。
 なにより、暖かくて快適なことこの上ない。
 やがて春になり、少しずつこの家の問題点があらわになりはじめた。
 いくら室内に芳香剤を置いていても、屋外に漏れる動物臭さは隠すことができず、近所からぼちぼち苦情が出はじめた。排泄機構は地下でしっかりと下水に接続されているはずなのだが、それでもなんとない糞尿臭さがそのあたりから漂ってくる。私は毎週日曜日にホースで家全体に放水することにした。それでもやはり完全には悪臭を絶つことができない。それどころか、放水すると家全体が震えて水を広範囲に飛散させるので、これも近所の苦情の種になった。雪よりは水のほうがはるかに遠くへ飛散する。
 やがて抜け毛がはじまった。
 その量たるや、並ではなかった。なにしろ、6LDKの家の大きさの犬なのである。その表面積がいったいどれほどあるのか知らないが、おそらく普通の犬の何百頭分、いや何千頭分にも匹敵するに違いない。庭は広めに取ったのだが、それでも綿のような抜け毛が庭いっぱいにうずたかく積もり、掃除が大変だ。それだけではなかった。抜け毛は軽いので、ちょっとした風にも舞って近所一帯に飛び散ってしまったのだ。これにはさすがの私もまいった。悪臭ならまだ何とか対策があったかもしれないが、飛散する抜け毛だけはどうしようもない。住宅会社の担当者に相談してみたが、庭の掃除を怠らないようにするしかないでしょうと言われてしまった。
 快適さと引き替えに近所の住人に不快感を与えるというのはどうも困ったものだ。
 梅雨時になった。
 前からわかってはいたが、雨が降るとこの家はしょっちゅう振動するのである。それでも、たまの雨ならなんとか辛抱はできた。だが、今年の梅雨はやたらに雨が多い。ほとんど毎日のようにしとしとと降り続ける。家は十数分おきに振動して水を振り切ろうとする。そのたびにぐらぐらっとくるのである。夜中だろうがお構いなしだ。おちおち寝てもいられない。
 それでもようやく梅雨が明け、本格的な夏になった。
 問題はまたもや発生した。
 玄関先に、ある朝いきなり巨大なピンクの舌が現れたのだ。玄関がはあはあとかなりのピッチで呼吸して、うちにこもった熱を放出しているらしい。まるで本物の犬と変わりがない。玄関を出入りするときはその巨大なぬるぬる光る軟体動物のような舌を踏まないように慎重に避けなければならないし、その呼吸のせいで風がすごい。しかも、臭いのである。芳香剤など、まったく何の効果もない。しかし、それで省エネになるかと思ったら大間違い。室内の天井や壁や床は依然として犬の体温に保たれているのである。エアコンなしでは耐えられないほど暑い。これですっかり客が呼べなくなってしまった。妻も娘も怒って私に口もきいてくれない。この家を購入するときには反対しなかったくせに、いざ都合の悪いことになるとすべて私のせいにするのだ。
 エアコンをガンガンかけた上に悪臭を追い出すためときどき窓を開けてその夏はなんとかしのいだ。近所からの苦情は相変わらずだが、もういちいち気にしている気力もない。
 やっと秋になった。玄関の巨大な舌もどこかへ消えて悪臭も去り、ほっと一息つけるかと思った矢先、今度は別の問題が発生した。
 夜になると遠吠えをはじめたのだ。
 家の中のスピーカーから聞こえてくるのだが、真夜中にやられるので寝られたものではない。それも、いかにも哀れを誘う悲しげな声で、聞いているといたたまれなくなってくる。秋が深まるにつれて、それはどんどんひどくなっていった。私も妻も娘もすっかり睡眠不足になってしまった。
 そして晩秋にそれは起こった。
 日曜日で、車で家族旅行に出かけた。夜もずいぶん更けてから帰ると、家がなかった。目の前にあるのは庭と、家があったあとの更地だけ。地面に打ち込まれた脚を引っこ抜いて家出してしまったのだ。家が家出――。私たち三人は家の門のところに突っ立ったまま長いあいだ茫然としていた。
 家出とはいえ、ただの犬のそれとは違う。あんな大きなものがその辺をほっつき歩いていればすぐにわかる。それどころか大騒ぎになって、テレビやラジオのニュースにもなったくらいだ。だが運の悪いことに旅行で浮かれ気分になってニュースなどまったく聞かなかったのだ。
 私のわんわんハウスは住宅会社の技術員によって連れ戻され、メインコンピューターに制御命令が書き込まれたので、もう二度と家出はしないとのことだ。ついでにその後開発されたオプションをサービスでつけてもらった。これでもう悪臭もそんなにひどくなくなるし、抜け毛も固まって落ちるようになるのでほとんど飛散しないとのことだ。技術員のいうことを完全に信用したわけではないが、まずは一安心といったところか。
 だが、最近になってまた不安の種がひとつ持ち上がった。
 斜め向かいの古い木造家屋が取り壊されたのだが、どうやらそこの住民は跡地に最新型のにゃんにゃんハウスを建てるらしい。
 よりによってこんなところに。
 いったいどうなるのか。
わんわんハウス


弾射音
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作者紹介


弾射音(だん・しゃのん) ぱおにゃん?の前身「ぱおにゃんオンライン・マガジン」の執筆陣の一人。ていうか、大部分の作品を書いてペンネームをいくつも使い分けて載っけてた。1998年にSF長編「太陽が山並に沈むとき」でインターネット文芸新人賞に入選。そのほかに発表したのは「SFバカ本 たいやき篇プラス」(廣済堂 絶版)に収録された「夢の有機生命体天国」のみ。あはは。一時期ネットで小説を発表してただで読まれるのをしぶっていたが、全然売れないので反省してネットに復活した。デビュー作は無料化されて、青空文庫でダウンロードできます。

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2001/8/6

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