客を目の前にして、彼は額にひどく汗をかいていた。
 この男は死ぬ・・長くて一時間、へたをすれば数分もたたないうちに。
 テーブルの上の水晶球の中には、屍と化した男の姿がはっきりと映しだされている。
「それで、先生、わたしの商売の見込みはいったいどうなんでしょうか」
 何も知らない男は、顔にニヤニヤ笑いを浮かべて彼を見つめている。水晶球をにらみ据えたまま、彼は返事ができなかった。
 天啓を授かって以来、十年になる。そのあいだ、占いをなりわいにしてきたが、予言が的中しなかったことは一度もない。
 ただの一度も。
 確実に、この男は死ぬ。たぶん、この建物を出た瞬間に。それが、車にはねられてか、空から何かが降ってきてかはわからない。だが、死ぬことは間違いない。
 なんてことだ。
 いままで何度か、人の死を予知したことがある。だがいずれの場合もそのことを当人には告げなかった。怖かったのだ。自分の予言どおりに人が死んでいくのを見るのが。客も寄りつかなくなるだろう。他人が見れば、死神とかわらないではないか。
 たとえば、誰かが一か月後に死ぬとわかったとする。そのときは、その一か月のことだけを告げ、そのあとのことはわからないと言ってごまかす。彼はひどい良心の呵責を覚えながら、自分の予知どおりに人が死んでいくのをなすすべもなく見てきたのだ。
 わたしは今回もまた、何もしてやれないまま、この男を死なせてしまうのだろうか。
「先生、どうしたんですか」
 客は、いらいらして彼をせかす。よほど正直に言ってしまおうかと、彼は思った。だが、それが解決になるとは思えない。男は欲のかたまりのような人間で、商売のことしか頭にない。自分が死ぬなどとは、ほんのすこしだって考えることができないタイプなのだ。ここから一歩も出てはいけないと警告しても、結局この男は出ていくだろう。そして、死ぬ。 彼は気が狂いそうだった。彼の占いは、もちろん評判が高い。だが、死の予言に関してだけは、まったく実績がないのだ。それどころか、半年後に死ぬ男について、彼は非常に肯定的な予言をしたことすらある。半年後に死ぬことはちゃんとわかっていたが、死ぬまでの半年間はその男の人生はバラ色そのものだったからだ。だが他人はそんなことを知るよしもない。その男が死んだとき、あの高名な占い師もまったく見当違いの予言をすることがあるものだと、人々は噂したのだった。
 この男も、そのことは知っているだろう。それが彼の占い師としての評判の一部だからだ。ほとんどすべてのことをぴたりと言いあてるが、人の死だけは予言できない男。
 正直に言っても、せせら笑われるだけだ。
 だが、死ぬとわかっているのに助けてやれないことには、もう我慢できなかった。べつに、この男が、死ぬには惜しいほどいい人間というわけではない。それどころか、彼の嫌いなタイプだった。しかし、この男が死んだとき、彼はまたもや自分の無力さをいやというほど痛感させられるだろう。
 彼は相手の男をじっと見据えた。男は、彼が占いに精神を集中させていると思ってか、期待のこもった目で彼を見返している。
 彼は考えた。
 男は、中肉中背。金儲けに忙しく、スポーツには縁のない人間のようだ。不可能なことではない。
「ちょっと、立って窓から外を見てください」
 男はけげんな顔をしながらも、彼の言うとおりにした。彼も立ちあがり、男の背後からそっと近づいて、おもむろにその腕をうしろにねじあげた。
「な、なにをする!」
 男が抵抗した。彼は必死で男の喉と腕を押さえた。
 だが、男は意外に力があった。あっというまに彼を突きとばし、逆にのしかかってくる。彼は力まかせに両足で男を跳ねかえした。男はよろよろとあとずさりし、テーブルの脚につまずいて倒れる。
「おい、おい!」
 彼は隣室に控えている弟子を呼んだ。
「どうしたんですか」
 彼は床に尻もちをついたまま、男を指さして言った。
「その男をここから出すな。数分のうちに死ぬ運命なんだ。ロープで縛ってでもいい。引きとめろ」
「わかりました」
 弟子は床にのびている男に駆け寄り、そのうえに屈みこんだ。
 しかし、すぐに立ちあがってふり返った。「どうした? はやくしないか」
 彼はからだを起こした。
 弟子が、床に倒れたままの男を指さし、きつい目で彼を見返している。
 彼は男に目を移した。
 白目を剥き、口から泡を吹いている。
 弟子はゆっくりと首を横に振った。
「水晶で、頭を打ったようです」
 テーブルの上では、水晶球が男の鮮血で真っ赤に濡れかがやいていた。
運命の水晶球


弾射音
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作者紹介


弾射音(だん・しゃのん) ぱおにゃん?の前身「ぱおにゃんオンライン・マガジン」の執筆陣の一人。ていうか、大部分の作品を書いてペンネームをいくつも使い分けて載っけてた。1998年にSF長編「太陽が山並に沈むとき」でインターネット文芸新人賞に入選。そのほかに発表したのは「SFバカ本 たいやき篇プラス」(廣済堂 絶版)に収録された「夢の有機生命体天国」のみ。あはは。一時期ネットで小説を発表してただで読まれるのをしぶっていたが、全然売れないので反省してネットに復活した。デビュー作は無料化されて、青空文庫でダウンロードできます。

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2001/4/15

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