啓太が最初に死んだのは二十五歳のときだった。二歳の息子がいた。もちろん、死んだままでいるわけにはいかなかった。
 さいわい、学生のころからクローン会社と再生契約を結んでいたので、病院で死亡が確認されるとすぐにまったくもとのままのからだでよみがえり、何事もなかったように生活をつづけることができた。
 息子はすくすくと育ち、会社の仕事も順調で、係長になり、やがて課長になった。もちろん、そのためには家族を犠牲にしてまで働きつづけなければならなかったのだが。慢性の胃痛に悩まない日はなかった。
 息子が中学にあがると、グレはじめた。不良たちと夜の街を徘徊して何日も帰らなかったり、母親に暴力をふるい、家の中のものを手あたり次第にぶちこわしたりした。高校生になっても非行はつづいた。さいわい警察沙汰になるようなことはしなかったので、啓太はなんとか会社での地位を保つことができた。
 最初に死んでから十五年が過ぎた。クローンとして生きられる期限がやってきたのだ。
 クローン会社の社員がやってきて、契約の更新をするかどうか訊ねた。もちろん、啓太は一も二もなく更新した。いま死ぬわけにはいかない。息子はあいかわらず非行に走ったままだ。企業人としても、責務をほうりだして墓におさまることはできなかった。
 啓太はふたたび新しい肉体を手にいれた。
 更新をしてしばらくすると、息子の非行がぴたりとおさまった。尊敬する人物に諭されでもしたらしい。人がかわったように猛烈な勉強をはじめ、有名大学に入学すらした。
 だがそれですべてが解決したわけではない。
 会社の経営が悪化しはじめていたのだ。
 大幅な人員整理がおこなわれたが、啓太は課長職にとどまることができた。しかし人が減ったせいで、それまでの倍以上も働かなくてはならなくなった。平社員と同様、毎日新規開拓にとびまわる毎日だった。
 啓太は無我夢中で働いた。真面目になった息子と、そして妻には苦労をさせたくなかった。やがて会社が低空飛行ながらなんとかもちなおすと、彼は部長に昇格した。
 そして支社長になり、取締役になった。
 気がつくと、また十五年が過ぎていた。
 五十五歳。だが彼にはそれまでの人生をゆっくりと回顧している暇などなかった。会社はまだ完全に安定したわけではない。やらなければならないことは山ほどある。三十を過ぎても結婚しない息子のことも心配だった。啓太はふたつ返事で更新を承諾した。
 やがて息子が結婚した。
 嫁はひどい女だった。妻の気が小さいのをいいことに、やりたい放題だった。息子も嫁にはきついことを言えないようだった。ずっと家にいて嫁の行状を見届けることができないのがくやしくてたまらなかった。
 そして彼は社長になった。
 なったとたん、啓太は自分が社長にはむいていないことに気づいた。いままで以上の過酷な毎日がはじまった。だが働き蜂の悲しい習性で、どうしてもリタイアする気にはなれなかった。愛人をつくったが、金を食うだけで、たいした慰めにはなってくれなかった。
 十年以上をかけて、彼はやっと会社を安定した優良企業にまで成長させることができた。右腕の男に社長のポストを譲ったとき、彼はもう心身ともにボロボロで、優雅な老後を楽しむどころではなかった。

 啓太が縁側でうたたねしていると、クローン会社のバッジをつけた男が庭にあらわれた。
 すっかり老けこんだ啓太に、男はにっこり微笑みかける。
「もちろん、更新していただけますよね?」
 心地よい午睡を邪魔されて、啓太はうんざりした顔で男を見返す。
「いや、もうやめにしておく」
 男は怪訝な顔をしてみせる。
「平均余命までは、何度でも更新する権利が、誰にでもあるんですよ。なんなら法律の許す範囲で若返りをすることも可能ですし」
 部屋の扉がけたたましくひらいて、モヒカン刈りの孫娘が啓太の首を絞めながら小遣いをせびっていった。
「更新はしない」
 啓太はきっぱりと言った。
「もううんざりだ。こんな、くろうばかりの人生」
クローン人生


弾射音
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作者紹介


弾射音(だん・しゃのん) ぱおにゃん?の前身「ぱおにゃんオンライン・マガジン」の執筆陣の一人。ていうか、大部分の作品を書いてペンネームをいくつも使い分けて載っけてた。1998年にSF長編「太陽が山並に沈むとき」でインターネット文芸新人賞に入選。そのほかに発表したのは「SFバカ本 たいやき篇プラス」(廣済堂 絶版)に収録された「夢の有機生命体天国」のみ。あはは。一時期ネットで小説を発表してただで読まれるのをしぶっていたが、全然売れないので反省してネットに復活した。デビュー作は無料化されて、青空文庫でダウンロードできます。

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2001/5/8

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