第7回


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 やっと、六時間目がおわった。
 とうとう、哲郎はきょうの授業を全部受けたのだった。そのあいだ、しゃべったのはほんのすこしだけ。先生に指されたとき、そっけなくこたえを言うだけだった。
 反省会がはじまる。きょうはガキ大将の健一がだれかとけんかしたり、その子分たちが女の子をいじめたりしなかったので、あっというまにおわってしまった。さいごにそうじ当番の確認をして、みんなは立ち上がった。
 信也はそうじ当番だった。哲郎は当番からはずれていた。
 みんなで机をうしろに移動させたあと、哲郎がランドセルをしょって教室を出ていくのを見て、信也はほっとした。けっきょく、哲郎は信也のことなどなんとも思ってはいなかったのかもしれない。子分になれと言い出したり、催眠術をかけようとしたりしたのも、ほんのきまぐれだったのかもしれない。
 あしたからのことを考えると、すっかり元気にはならなかったが、信也はなるべく哲郎のことを考えないようにして、器具庫からホウキをとりだした。
 きょうは塾がある日だ。いそがなくちゃ。信也はてきぱきとそうじをはじめた。

 塾へ行くとちゅうの道で、本屋の前を通りかかった。
 きょうがマンガの雑誌の発売日だということを思い出した。
 通りすぎてから、信也はその店先にひきかえした。ちょっとだけなら、道草をくう時間はあった。
 信也は店先のたなからめあてのマンガ雑誌を取ると、パラパラとページをめくってみた。そこで少しまよった。今月のおこづかいはもうあまりのこっていない。それに、あまりマンガ雑誌を買うと、むだづかいだと言ってママにしかられる。でも、どうしてもお気に入りのマンガのつづきが読みたくてしょうがなかった。クラスのだれかに借りることができればいいのだが、最近は先生のチェックがきびしくて、なかなかマンガ雑誌を持っていくことができないので、借りられるかどうかわからない。ぼやぼやしてると売り切れてしまう。信也はすこし考えてから、けっきょくマンガ雑誌をもって店のなかへはいっていった。
 店の奥から、だれかがひどくせきこむ声が聞こえてきた。
 まるで洞くつの底からひびく、おそろしいけものの声のようなふとい音だった。
 信也はなにげなくそのほうへ目をやった。
 ……相沢哲郎が、むずかしそうな本がならぶたなの前で本をひろげてながめていた。
 哲郎は本をぺらぺらとめくりながらも、ときおり体をふたつに折ってせきこんでいた。せきをするたびに、ものすごく苦しそうな顔をした。信也はあっけにとられてしばらくそれをながめていた。それから、塾へ行くとちゅうだったことと、哲郎に見つかってまたくどくどと話しかけられてはたまらないと思い、あわててレジへ行ってマンガ雑誌をさしだした。
 雑誌を紙袋につつんでもらい、お金をはらってふりかえる。
 哲郎が本を手にして、すぐうしろに立っていた。
「よお、吉田じゃないか」
 哲郎はたちまちにやりと笑ってみせた。
「なにを買ったんだ」
「ま、マンガ」
 信也がそうこたえると、哲郎はけたたましく笑った。
「まだマンガなんか読んでるのか。マンガなんかやめて、もっとちゃんとした本を読めよ。そうだ、ちょうどいい。いまからおれんちへ来いよ。おもしろい本を貸してやるからさ」
「だ、だめだよ。いまから塾なんだ」
「そんなくだらないもの、いちんちぐらいサボっても平気さ」
「だめだよ。サボるとママにしかられるんだ」
「ママがこわいのか?」
 そういって、哲郎はニヤリと笑った。でも、目だけはきつくて、にらみつけるようにつり上がっていた。
「こ、こわかないよ」
 バカにされると思って、信也はとっさにこたえた。
「だったらおれんちへ来い。いまこの本を買うからちょっと待ってな」
「でも……」
「バレやしないさ」
 哲郎がますますこわい目でにらみつける。信也はとほうにくれながらも、けっきょく店の前で哲郎がでてくるのを待った。
 哲郎が本のつつみをかかえながら出てくる。信也が待っているのを見ると、またニヤリとしてみせた。
「ぼ、ぼくやっぱり塾へ行くよ」
 信也がそういうと、哲郎はまた目をつり上げた。
「まだそんなこといってるのか。このいくじなし! やっぱりママがこわいんだな。五年生にもなってまだママがこわいのか。あはははは!」
 信也はムッとした。いくら哲郎にでも、やはりバカにされたくはない。哲郎には親しい友だちがいないから、学校で言いふらされることはないかもしれないが、それでもおもしろくなかった。
 信也も目をつり上げて哲郎をにらみかえした。
「行くよ。行けばいいんだろ」
「よし、それでこそおれの子分だ」
 哲郎が笑顔になる。そのままさきに立って歩きだし、信也はそれについていった。塾をサボったことはこれまでにいちどもない。ママにばれるかもしれないと思うとうしろ髪をひかれるような気がしたが、それでも口を真一文字にむすび、目をつり上げたまま哲郎についていった。


わが手は翼、われは鳥


弾 射音
連載小説
この小説はフィクションです。

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2003/6/28

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