第4回



「おまえ、空を飛ぶ夢を見たことあるか」
「う、うん。あるよ」
「じゃあ、見込みあるな。おれは幼稚園のときから、しょっちゅう空を飛ぶ夢を見てたんだ。すごいリアルな夢なんだぜ。あんまりリアルすぎて、目がさめてるときとぜんぜん区別がつかないくらいなんだ。目がさめると、いつもくやしくってさ。なんでこれが現実じゃなくて、夢なんだろうって、ふしぎな感じだったんだ」
「ぼくもそういうときあるよ」
「口はさむなよ――それで、あるとき、本かなにかで読んだんだ。夢で見たことを現実にする方法があるってな。アメリカの先住民が使う魔術みたいなもので、そういうのがあるらしいんだ。それで、魔術のことが書いてある本をかたっぱしから集めて、読んだんだ。そしたら、人間は大昔から、世界中で、そういう魔術を発明して、空を飛んでいたってことがわかったんだ」
「なんだか、うそみたいだな」
「おれの言うことが信じられないのか!」
「そ、そうじゃないけど」
「子分だろ?」
 子分になったつもりはあいかわらずなかったが、信也は思わずうなずいてしまった。
「で、魔術で空を飛べるようになったの?」
 哲郎は信也をにらみつけた。だが、すぐに目をそらし、くちびるをかんだ。
「まだだよ。だけど、どうやってやればいいかわかったんだ。もう少しなんだ」
 信也はため息をついた。なんとなく、ほっとしたのだ。哲郎が言ったことがぜんぶほんとうだったら、もしも哲郎が魔術で空を飛べるのだとしたら、こわすぎてがまんできないと感じたのだ。
「じっさいに空を飛べるようになるには、まず、夢の中で自由に空が飛べなくちゃだめなんだ」
 そう言いながら、哲郎は机のところへ行き、ひきだしをあけてなにかを取り出した。
「現実とかわらないくらい、はっきりした夢が見られるようにならなくちゃだめなんだ。空を飛ぶ、はっきりとした夢さ」
 哲郎はふたたび信也に近づいた。
 そして、信也の目をのぞきこんで、
「空が飛びたいんだろ?」
 信也はうなずいた。
「子分だから、おれの言うとおりにするんだぞ。おれの言うとおりにしてりゃ、パイロットになんかならなくてもいいんだ」
 哲郎は信也の前にひざまずいた。
「イスの背にもたれろ。からだの力を抜け」
 信也は言われたとおりにした。でも、なんだかうまくからだの力を抜くことができなかった。
 哲郎は手ににぎっていたものを信也の目の前にかざした。
 銀色の鎖がついた、透明の振り子だった。
 哲郎はそれを信也の顔の前で振りはじめた。
「さ、催眠術?」
「そうだよ」
「や、やだよ。こわいよ」
「言うとおりにしろって! こわがることなんかないんだ。はっきりと空を飛ぶ夢が見られるようにしてやるだけなんだから」
「ぼ、ぼく帰る」
 信也はイスのひじをつかんで立ち上がろうとした。
 哲郎がイスに押しもどした。
「いいかげんにしろ」
 信也は哲郎を見上げた。
 鬼のような目だった。
 まるで、おとなが真剣に怒ったときのような目だ。
 信也はおそろしくなった。
「おれの言うとおりにするまで帰さないからな」
 哲郎はふたたび信也の目の前に振り子をかざして、振りはじめた。
「からだの力を抜いて、振り子を見つめろ」
 信也は揺れる振り子を見つめた。
「からだの力を抜くんだよ」
 イスのひじを両手でつよく握りしめていることに気づいて、信也は手をはなし、肩の力を抜いた。
「そうだ。いいぞ。じゃあ、いまから数をかぞえる。五つかぞえたら、おまえの目は閉じる。目を閉じたら、おれの言うとおりのものが見えるようになる。いいか、いくぞ。いち、に、さん、し、ご……」
 信也のまぶたが重くなっていった。
 哲郎が、振り子を振りながら、もう一方の手で、指をパチンと鳴らした。
 同時に、信也は目を閉じてしまった。
 目をひらこうとしたが、できなかった。
 しん、としずまりかえった中で、哲郎の声だけが、なぜかとても澄んで聞こえる。
「おまえの心は落ちついている。からだがリラックスしている。どんどん、どんどんリラックスしていく。いい気持ちだ。いい気持ちだ。楽しい気持ちだ。だんだんだんだん、楽しく、楽しくなっていく。おれがもう一度、指を鳴らすと、おまえは空を飛んでいる。おまえは町の上を飛んでいる。ずっと下のほうに、家がならんでいるのが見える。電車が走っていく。自転車や車が道路を行き来している。おまえはどんどん、どんどん高くのぼっていく。遠くの山も、下のほうに見える。おまえは雲の上に出る。わたあめのような、白い、ふわふわした雲が、おまえのからだの下を、風にのって流れていく……」
 パチン!
 信也の耳から、哲郎の声がしだいに消えていった。




 
わが手は翼、われは鳥


弾 射音
連載小説
この小説はフィクションです。

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2003/5/4

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