第2回


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 つぎの日、相沢哲郎は学校を休んだ。そのつぎの日も休んだ。先生の話では、哲郎は生まれつきからだが弱くて、一週間になんども病院へ通わなくてはならないのだそうだ。クラスのみんなのうわさは、心臓に穴があいているとか、生まれつき肺が片方しかないのだとか、からだじゅうに盲腸があって、毎日まいにち手術をして取らなければいけないとか、さまざまだった。信也にはよくわからなかった。
 クラスのみんなは、哲郎のことをあまりよく思っていないようだった。まえのクラスでもそうだったらしい。一年生のときから、哲郎はしょっちゅう学校を休んでいたのだ。しかも、さいきんでは休みの日がだんだんふえていて、このままではちゃんと卒業できないんじゃないかといううわさまであった。それはほんとのことかもしれないと、信也は思った。半分もでてこない週だって、めずらしくはないからだ。
 ただ、哲郎のおとうさんは会社の社長で、おかあさんは重役で、とてもお金持ちだから、ちゃんと出席しなくてもお金を払うだけで卒業させてもらえるのだという友だちもいた。お金持ちは特別なのだ。哲郎も、特別な人間なのだ。だから、ぼくたちの仲間じゃないんだ。そう思っている友だちはいっぱいいるようだった。だいいち、学校にでてこなくたっていいんだ。東大生の家庭教師に教えてもらってるんだぜ、きっと。それがほんとうかどうか、だれも知らなかったが、あまり出席しなくても哲郎の成績がいいことだけは事実だった。
 けっきょく、うわさだけで、哲郎にかんしてはだれも、あまりよく知らないのだった。かといって、哲郎にちょくせつたずねるようなことは、だれもしなかった。哲郎に積極的に話しかけるような子はだれもいなかったし、また哲郎自身も、おたがいに気がるに話しかけられるような友だちをあえて作ろうとはしないようだった。それどころか、友だちができることをわざと避けているように見えたりするときもある。
 哲郎のすぐうしろの席はガキ大将の健一だったが、ちょっとしたことでだれにでもいちゃもんをつける健一ですら、哲郎にたいしてはなにもしたり言ったりしなかった。
 もっとも、おもしろくなさそうにうしろからにらみつけていることはあったけれど。
 まる二日と一時間目の国語を休んで、金曜日にやっと、哲郎はふたたび学校に姿をあらわした。
 大きな白い外車にのせられて。


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 二時間目も三時間目も、哲郎はじっとだまったままだった。顔はあいかわらず青白いけれど、このあいだよりは血色がいいように、信也には見えた。哲郎は自分から手をあげたりはせず、ただ先生に指されたときだけ、立ち上がってぼそりとこたえるのだった。こたえられないことはいちどもなかった。哲郎はいつも正しいこたえを知っていた。そっけなくこたえを言うと、すぐにまた腰をおろしてしまうのだった。
 信也はときどき哲郎のほうをちらりと見てはようすをうかがったが、哲郎はといえば、気がつかないのか、無視しているのか、信也にはまったく注意をはらわないようすだった。信也はこのあいだのことを思い出してふしぎな気持ちになった。
 でも、あんなふうにしつこく「パイロットになりたいだって?」と迫られたりけたたましく笑われたりするよりは、相手にされないほうがよほどいいと思った。
 休み時間には、信也はなるべく哲郎からはなれたところにいるようにした。もっとも、その必要はまるでなかった。哲郎は休み時間にも席を立たずに、じっとなにかの本を読んでいるのだった。教科書ではないようだった。学校の図書館で借りた本だろうか。哲郎がどんな本を読むのか、信也は興味があったが、自分から近づいたりはしなかった。
 クラスのほかの男の子たちのなかも、そんな哲郎に近づいたり、からかったりするものはいなかった。
 四時間目は体育だった。哲郎は見学だった。校庭のすみにひとりでぽつんと腰をおろしている。信也は哲郎が体育の授業をちゃんと受けるのを見たことがなかった。でも、もし体が弱くなかったら、水泳でも鉄棒でも、きっと自分よりよほどできるにちがいないと、哲郎は思った。なぜそう思うのかはわからなかった。それはちょうど、健康であろうと病気であろうと、おとなが自分よりなんでもうまくできるのとおなじことのような気がした。
 給食のときも、哲郎はひとこともしゃべらずに、みんなより時間がかかったが、なにものこさずにすっかり食べてしまった。
 五時間目がはじまっても、哲郎は教室にいた。いちど先生に指されて、いつものようにすっとたちあがって正しいこたえをいうと、すっと腰をおろしてしまった。
 五時間目がおわり、休み時間になると、哲郎はまた本を読みはじめた。みじかい休み時間にいったいどれだけページがすすむのかと、信也は思った。まるでうちのパパみたいだ。パパもときどきああやって、食事をしながら仕事の本を読んでいるときがある。ママはそれをとってもいやがるのだけれど。
 チャイムがなる。哲郎は本をランドセルにしまった。どうやらきょうはさいごまで授業を受けるつもりらしい。信也はなんとなく哲郎に興味をうしない、授業のあいだは哲郎のことをほとんど考えなかった。
「おれんちに来いよ」
 六時間目がおわり、そうじ当番がおわって、信也がランドセルを背負うと、背中ごしに声がした。
 ふりかえると、哲郎がニヤニヤ笑いを顔にうかべて立っていた。


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 大きな白い車が、学校の正門のすぐ外にとまっていた。
 哲郎は信也の前に立って、さっさと歩いていき、うしろのドアをあけた。
 哲郎が車にのりこんでも、信也はひらいたままのドアの横で気おくれして立ちすくんだ。
「のれよ」
 哲郎が車の中から言った。信也はおそるおそる足を踏みいれ、シートにからだをあげた。
 パパの車とはずいぶんちがう。信也は思った。ドアが大きい。なかも広い。シートはなんだか固い。でも、ドアの内側の取っ手は似たようなかたちだ。
「ドアをしめろよ」
 哲郎は少しいらいらしたような声で言う。哲郎は取っ手をひっぱった。
「哲郎、お友だち?」
 車の前の席から声がした。
 女の人の声だった。
 運転席にすわっていた女の人がふりかえり、シートとシートのあいだから顔をのぞかせた。にこにこ笑っている。
 きれいな人だった。
「うん」
「よ、吉田といいます」
 信也が緊張してそう言うと、女の人はますますにこにこした。
「哲郎の母です。よろしくね」
「は、はい」
 哲郎のおかあさんが前に向きなおる。
 車が動きだした。
「いつも哲郎と仲よくしていただいてうれしいわ」
 運転しながら、哲郎のおかあさんは信也にそう言った。信也は緊張して、ろくに返事もできなかった。この人はほんとにぼくが相沢くんの友だちだと思っているのだろうか。おとなからみれば、おなじクラスのこどもはみな、友だちになってしまうのかもしれない。信也はそう思った。信也自身は、哲郎と友だちだという意識はなかった。そもそも友だちになるきっかけなんて、なかったのだ。
 それとも、相沢くんはぼくのことを友だちだって、おかあさんに話したのだろうか?
 数分で、車は郊外のマンションの駐車場にはいった。






わが手は翼、われは鳥


弾 射音
連載小説
この小説はフィクションです。

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2003/4/6

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