第4回


 悦子たちはすっかり盛り上がっている。
 『若草物語』は由美も好きだった。だが、さっき悦子は『赤毛のアン』は続編があるから駄目だと言った。だったら、『若草物語』だって続編があるのに。
「じゃあ、それでいいかなあ。小山さんに藤崎さんもそれでいい?」
 さあ、困った。続編があることを言わなくては。それとは違う続編を作るってことならそれも良いだろうけれど、一応教えておかなくては。
「ねえ、いいの」
 反応が遅い由美と静香に、悦子は明らかに少しいらだっているようだった。静香は黙ってうなずいた。悦子は由美のほうを同意を求めるように見た。
「小山さんもいいのね」
 悦子の有無を言わせぬ口調に、由美はうなずきかけた。
「いいんだけど」
「だけど、何?」
「あの」
「小山さん、言いたいことがあるならはっきり言ってね」
 みんなの視線が由美に注がれる。
 もうどうにでもなれ。悦子は言い出した以上、最後まで聞かずにはいられない、といった調子だ。
「『若草物語』は私も好きなんだけれど、でも、続編があるのよ」
「え?」
 悦子の目が一瞬点になったように、由美には思われた。
「続編があるの。第四作まで。だから」
 由美の声は途中で小さくなった。
「知らなかった」
 悦子が言った。他の子たちも皆首を振った。
「驚いた。小山さん、よく知ってるのね」
 悦子が由美に笑いかけながら言った。悦子の笑顔で、今まで言うか言わないかで散々迷った由美の悩みが、いやされていくような気がした。


 それからは、週に何度か悦子たちと集まって続編の課題作りに追われる毎日だった。物語はやはり『若草物語』に決まった。しかし続編があることがわかったので、それをあらかじめ断った上で自分たちが書くとするとこうなる、という作品を作ることに決まった。六人の女の子たちが、それぞれ四人姉妹と母親とローリーの役を演じながら話を進めていける斬新さが、『若草物語』を選んだ決め手だった。メグは真弓が、ジョーは悦子が、ベスが静香で、エイミーが幸子、母親のマーチ夫人が由美で、ローリーを美紀子が演じることになった。
 六人は放課後の時間を図書室で『若草物語』を囲みながらしばし過ごした。なかなか手に入らない続編のあらすじは由美が話した。「でさあ、やっぱりジョーとローリーが結婚するところで終わりだよねえ」
 真弓が言った。
「ジョーとローリーが結婚することに反対の人いる?」
 悦子が聞いた。誰も反対しなかった。
 図書室は人でいっぱいだった。クラスのいくつかのグループはやはり図書室で続編づくりにいそしんでいるらしい。それとは離れて、級長の長谷川は今日もやっぱり鉄道の本の棚の前で本選びをしていた。
「由美ちゃんへ」
 由美はあのミッキーマウスの手紙を忘れたことはなかった。ここしばらくは悦子たちのグループと付き合う形になっていたが、友達と言えるほどではない。この課題が終わったら、それっきりになってしまう関係だろう。由美が今も友達が欲しいと思う気持ちに変わりはなかった。でも、こんなに混雑している図書室で、おまけにグループの人たちと一緒にいて、一体どうやってその人とめぐり会えば良いのだろう。由美の姿をその人が見かけたとしても声をかけてはくれないだろう。
「小山さん」
 悦子の声で由美は我に返った。
「で、ベスなんだけれど続編でも病気になるんだっけ」
「あ、そう」
「で、直るの?」
 みんなの目が由美に注がれた。由美は静かに首を振った。何故か静香が少し悲しげにうつむいた。
「直しちゃおうか」
 悦子が言った。
「そうそう、四人揃ってなきゃね」
 幸子が同意した。
「ベス役の藤崎さんはどう思うの」
 思いがけず話を向けられて静香が焦っているのが、由美には見て取れた。静香は何も言わない。この集まりが始まってから、静香が口を利くのを見た試しはなかった。きっと根っからおとなしい子なのだろう。由美も同じように大人しいが、聞かれたことにははっきり答える。それが静香との大きな違いだった。何も言わずうつむく静香をグループの皆が実のところ疎ましく思っていることを由美は感じていた。そもそも、由美と静香をグループに誘ったのは、悦子が副級長としての責任を感じたからに違いないのだ。最初は誘われたことに有頂天になっていた由美だったが、落ち着いて考えてみれば誰にもわかることだった。
「ベスは良いんじゃない」
 美紀子がつぶやくように言った。
「良いって何が」
「だからさあ、原作通りで良いんじゃない」 真弓と幸子が同意してうなずいた。
「だって、そうしたら藤崎さんもセリフが少しですみしさあ」
 静香の頬に赤みが差した。ちょっと気まずい瞬間だった。




ミッキーマウスの手紙


桐生 梓
連載小説
この小説はフィクションです。

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2004/9/20

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