第2回


 由美は、小さい声で返事をして立ち上がった。
 教室は、シーンとしていた。由美は、自分の声がすごく大きく響くような気がした。みんな、自分の声を聞いているんだな、と由美は思った。今まで、順一や悦子や均の読むのを聞いていたように。
 読んでも読んでも、なかなか段落の切れ目にならない。永久に続くんじゃないか、と由美が思ったところで先生の声がした。
「よし。そこまで。うまかったぞ。声が大きいともっといいんだがな」
 由美は、ほっとして席についた。
 由美も自分の読み方はうまいと思っている。つっかえたり、先生に読み方を直してもらうことはほとんどない。由美なりに、感情も込めている。でも、恥ずかしくて、蚊の鳴くような声しか出せない。

 次に指名された藤崎静香が立ち上がった。足の悪い静香の立ち上がり方はゆっくりしている。そして、静香の読み方もゆっくりしたものだった。ときどき、つっかえては先生に直されていた。
 静香は、少し足を引きずるようにして歩く。それが、おばあさんみたいだと言ってよくみんなにからかわれていた。病気のせいでそうなったのだといううわさを聞いた。
 静香はどんなにからかわれても、唇をかみしめて黙っていた。ほとんどしゃべらないおとなしい子だった。由美と同じで、友達はいなかった。いつもいじめられる分、由美より静香の方がつらいかもしれない。由美も、静香のことをかわいそうに思ってはいたが、静香の陰気な様子を見ると話しかける気もしなかった。静香は、勉強もそんなに出来る方ではなかったし、話しても面白そうには思えなかった。

 自分の番が終わって安心した由美は、クラスメートたちをそっと見回した。
 あの手紙を書いたのは誰だろう。便箋から考えても、可愛い字から考えても、まちがいなく女の子だろう。
 クラスには、悦子をはじめとして活発な女の子が多い。友達がないのは、由美と静香ぐらいのものだ。そんな中で、自分と友達になりたいなんて思ってくれる子がいるだろうか。
 あのミッキーマウスの手紙は、由美が毎日つけている日記帳の中に、大事にはさんである。あの手紙が存在する以上、書いた人も存在するのだ。それに、おとなしい自分のことを他のクラスの人がそんなに知っているわけはないのだ。きっと、このクラスにいるに違いない。


 授業後の図書室は、いつもの通りざわざわしていた。
 真ん中にある机を陣取った読書クラブの子は、読書より話に夢中だ。
 四方の壁を囲むようにして立っている本棚の前には、何人か人がいる。
 由美はいつものようにお気に入りの小説が置いてある本棚の前に立っていた。一冊本を手に取ってみる。百ページばかりの本。由美なら読むのにそう手間はかからないだろう。
 由美は、本を手に持ちながらそっとあたりを見回した。
 誰も由美に関心を払っている子はいない。
 今度図書室で会おうと書いてあっただけで、いつ会おうとは書いてなかった。手紙の主は、今日は来ていないのだろうか。
 由美は本を棚に戻して、他の棚の前をうろつき始めた。
 伝記、絵本、図鑑。棚の本を熱心に見ているふりをしながらも、由美の目は辺りの様子に注意を払っていた。
 あの赤いスカートの女の子は、確か隣のクラスの子だった。私を知っている可能性もあるかもしれない。あのおさげの女の子、おとなしそうで感じが良さそう。
 別に、同じクラスでなくてもいいのだ。友達にさえなれれば。
 あれ、あの鉄道の本を一生懸命読んでる子は、級長の長谷川君だ。
 由美の心臓はどきどきしてきた。長谷川君だなんてことがあるだろうか。頭が良くて、しっかりしている長谷川君が、私と友達になりたいなんて。
 由美は、頭を振った。そんなことがあるわけがない。
 長谷川君は、鉄道マニアだってうわさだ。ただ、本を見に来ただけだろう。大体、本に夢中で私のことなんか目に入らない。
 由美は、そっと図書室を出た。
 靴箱のところは、人気がなかった。
 由美は、わくわくする心を抑えて、自分の靴を捜した。
 手紙は入っていなかった。


 翌日も、その翌日も、由美は図書室に通ったが、声をかけてくる者はいなかった。
 手紙を書いた子はどうしているんだろう。私のことなんか忘れてしまったんだろうか。
 手紙をもらったときは、あんなに世界がバラ色に見えたのに、いままた世界は灰色に見えていた。

 国語の授業の時に宮川先生が言った。
「この前もちょっと言ったけれど、好きな物語の続編を書くのを、みんなにやってもらうことにした。この前の話、覚えてるな」
「はーい」
 数人が答えた。
「どんな本でもいい。その物語の登場人物を使っても、新しく考えてもいい。自分たちで、そのお話の続きを考えるんだ」
 言っている宮川先生の方が楽しそうだった。
「期間は一か月。そうそう、前の話のあらすじを話すのも忘れないように」
 由美の頭に、今まで読んだ色々な本が浮かんだ。その中のどれかの続きを自分で考えるんだ。由美の胸は高鳴った。まるで、作家みたいだ。登場人物を、自分の好きなように動かして話を作っていく。
 宮川先生は、ちょっと考えていた。
「さて、グループ分けをどうするかな」
 由美の心臓はドキンと鳴った。
「掃除の班でするか。それとも、席の順に決めるとか」
 元気の良い男の子が手を挙げた。
「先生、好きな子同士がいい」
 みんなが堰を切ったように、口々に賛成を唱え始めた。
 由美の心臓は、早鐘のように鳴っていた。 さっきの喜びはすっかり忘れてしまった。
「うーん。でもそうするといろいろ問題が出るからなあ」
「先生、絶対好きな子同士がいいよ。だって、趣味の似た子が集まるしさあ」
 高木均が言った。
「ふむ」
 先生は、あごに手を当てて考えていた。
 由美は、一生懸命神様にお願いしていた。掃除の班でも、何でもいい。好きな子同士だけには、なりませんように。
ミッキーマウスの手紙


桐生 梓
連載小説
この小説はフィクションです。

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2004/8/7

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