第1回


 下校時間は過ぎていた。
 由美は、図書室から借りてきた本を大事そうに抱きしめながら、靴箱に向かっていた。
 廊下はもうほとんど人通りがない。さっきまで子供たちの声があふれていた学校は、急に静かになってしまった。
 由美は、靴箱から自分の靴を取り出した。
 その時、何かが落ちた。
 拾い上げてみると、それは一枚の紙だった。
 丁寧に折り畳んである。
 広げてみると、鮮やかな色彩のミッキーマウスの絵が描かれた便箋だった。
 中には、かくかくした可愛い字で何かが書いてあった。
「由美ちゃんへ」
 手紙は、そんな風に始まっていた。
「いつも図書室で由美ちゃんを見かけます。本が好きなんだね。私も本が大好き。そんな由美ちゃんとお友達になりたくて、この手紙を書きました。どうかお友達になって下さい。今度図書室で会いましょう」
 名前は書いてなかった。
 由美は、急いで周りを見回した。だが、誰もいない。
 遠くで、ブラスバンドの音がしていた。
 由美はもう一度手紙を読み直した。

 誰が書いたのだろうか。どんなに考えても、心当たりがない。図書室で自分を見かけるというが、授業後の図書室は読書クラブの子がいたりして、結構がやがやしている。
 それに、由美は図書室で人のことを気にかけたりしない。いつも一人で図書室に向かい、一人で本を見て、一人で帰っていた。
 新しい五年三組のクラスに由美はまだなじめなかった。
 宮川先生は優しかったし、クラスの雰囲気も悪いというわけではなかったが、由美には友達が出来なかった。今に始まったことではない。もともと由美は、おとなしくて友達を作るのが苦手だった。それが今度のクラスでは特に、クラスが変わったとたんにあっという間に女子の間にグループが出来て、気がついたときは由美はひとりぼっちだった。
 由美は割と一人でも平気な方だったが、だからといってひとりぼっちが大好きだというわけでもない。休み時間に一緒にしゃべったり、帰りに一緒に帰ったりする女の子たちを見るとうらやましかった。でも、自分からは彼女たちに話しかけられなかった。

 由美はもう一度手紙を読み直して、何だか嬉しくなってきた。誰だか知らないけれど、自分と友達になりたいと言ってくれる子がいる。その子は、ときどき自分を見ていてくれたのだ。誰だろう。由美は、クラスの子たちの顔を思い浮かべた。本が好きで、自分を気にかけてくれる子。だが、どうしても思いつかない。もしかしたら、クラスの子ではないのかもしれない。それでもいいけれど、ああ、でもできたらクラスの子であって欲しい。
 由美は、手紙を丁寧にたたんでカバンに入れると、ゆっくり歩きだした。


 国語の時間だった。宮川先生は、生徒を指名して教科書を読ませていた。
 今読んでいるのは、級長の長谷川順一。クラス一の秀才らしく、さすがにすらすらと読んでいる。
 順一の次に、今度は副級長の柴田悦子が指名された。
 悦子は、元気良く返事をして立ち上がると、本を読み始めた。悦子は、良く透る声をしていた。それに、読み方がうまい。いつも先生が、感情のこもった読み方をしようと言っているが、悦子の読み方はまさしく感情がこもっている。それに漢字も良く知っていて、つっかえて先生に読みを教えてもらうこともない。
 勉強が出来て、はきはきしていて明るい悦子はクラスの人気者だった。悦子は、いつも友達に囲まれてにこにこしていた。それに、誰ともわけへだてなく話をした。男の子とでも、気軽に話している。そんな様子を眺めながら、由美はいつも自分と悦子は大違いだと思ったものだった。
 次に指名されたのは、高木均。いつもおどけたことを言って、みんなを笑わせている子だった。均は、つっかえつっかえ読んでいく。何度も先生に読み方を直されて、そのたびに照れ笑いを浮かべていた。
「よーし。高木、もっと練習しろよ」
 宮川先生は言った。
「次は、と」
 先生は、みんなの顔を見回した。すると、みんな顔を下に向けてしまう。由美も、机をにらみながらどうか指名されませんように、と願っていた。
「次は、小山」
 先生の声が響いた。
ミッキーマウスの手紙


桐生 梓
連載小説
この小説はフィクションです。

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2004/7/15

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