第7回


 ほんの少しだけ、あたしは気をうしなっていたようだ。
 痛む頭をかかえながら、からだを起こす。あたしはリヴィングのソファに長々と身を横たえていた。立ちあがったが、ふらふらする。
 リックの姿はない。
 あたしだけもどれたのだろうか。そう思うとパニックにおちいりそうだった。
 廊下に出る。キッチンから声がした。そのほうへよろよろと歩いていく。
 ――よかった! リックがいた! アンソニーといっしょにテーブルについて、ピザをぱくついていた。
「――エレン!」
 リックがあたしに気づき、駆け寄ってきた。
「ママ!」
 アンソニーも叫ぶ。この世界のアンソニーが。あたしのほんとのアンソニーが。
「エレン、どこへ行ってたんだ。心配したよ!」
 リックがあたしをぎゅっと抱きしめる。あたしはからだに力がはいらなくて、そのままだらりとしていた。
 アンソニーも泣きそうな顔でやってくる。
「ごめんよ」リックが言う。「もう帰ってきてくれないかと思った。心配させたね。むりはない。でも、もう心配しなくていいんだ。誤解だ。きみの誤解なんだよ。あの秘書とはなんでもないんだ。ぼくは浮気なんかしてないんだ。どうかわかってくれ」
 ――え?
「アンソニーとふたりでずっと心配してたんだよ。もうどこへも行かないでくれ……」
 なんですって? ということは、つまり――あのリックは、あたしの世界のリックじゃなかったってこと?
 あたしは呆然として身を振りほどいた。
「あ、あの――ケイトはどこなの」
「ケイトだって? だれだい、それは」

 わたしはソファの上に伸びていた。
 からだを起こした。頭がふらふらする。キッチンで声がするようだ。わたしは懸命に立ちあがり、廊下を歩いていった。
 キッチンでは、エレンとアンソニーがテーブルでピザをぱくついていた。
 エレンが気づいてふりかえる。
「リック!」
 立ちあがり、駆け寄ってきた。わたしは両腕をさしのべて彼女を抱きしめようとした。
 ――エレンはわたしの頬をいやというほど強くひっぱたいた。
「いつのまにかいなくなったと思ったら、こんな時間に帰ってきて。きっとあのいまいましい秘書といっしょだったんでしょう。くやしい! きいっ!」
 ――あれ? どうなってるんだ?
「ケイトは――ケイトはどこだ?」
「ケイトですってぇ? また新しい女をつくったのね! きいいいっ!」
 ふたたびひっぱたかれた。

 ふたりが完全に消えると、ぼくはあわててエンジンを止めた。
 パパが走ってきて車のドアをあける。
「アンソニー! いったいなんのつもりだ」
「――ごめんなさい」
「さあ、車から出なさい」
 ぼくは車をおりて、パパにキーをわたした。しょんぼりしたふりをしていたが、じつは万歳をしたい気分だった。なにしろあのふたりをもとの世界にもどすのに成功したんだから。
 玄関のドアのところに、ママが立っていた。
「リック、あまりアンソニーを責めないで。ひとりで淋しかったのよ、きっと」
「そうだな」
 パパはぼくの頭を撫でると、ぐいと抱き寄せた。
 ぼくははっとして、庭を見わたした。
「パパ、ケイトは?」
「ケイトだって? 友だちがきてたのか?」
「友だちじゃないよ! ケイトだよ、ケイト。ぼくたちのかわいいケイト。ぼくの妹。パパとママの小さな娘」
「――妹だって? いったいなにを言ってるんだ」
「きっと夢でも見てたのよ」
 ママにそう言われ、ぼくはやっと気づいた。
 妹がいるはずはない……ケイトなんて、最初からいやしなかったんだ。ぼくはパパとママのたったひとりの子どもなんだから。
 ぼくはなんだか頭がぼおっとしてしまった。
 べつの世界のぼくには、妹がいる――あのケイトは、ペンギンの世界からでもやってきたのだろうか? その世界ではぼくもペンギンかなにかの動物の恰好をしていて――

 パパとママが、にこにこしてにわにたってたの。パパはワンちゃんのかっこで、ママはイルカさんのかっこで。
 ママがりょうてをさしだす。あたちはいちもくさんにはしってった。

 病院から電話をかけてきたパパの声は、とっても興奮していた。むりもない。やっとできた、ふたりめの子どもなんだから。
「女の子だったよ」パパは言った。
「すごい! とうとうぼくに妹ができたんだ」
「うれしそうじゃないか」
「うん! で、ママはどう?」
「だいじょうぶだよ。とても順調な出産だったようだ」
「ねえ、パパ」
「なんだい?」
「女の子だったから、約束どおり、ケイトって名前にしてくれる?」
「ああ、夢に出てきた妹の名前だね。いいとも」
「やっほー!」
 ぼくは受話器をほうりだしてジャンプした。



                      
リアル・モンロー
  トゥルー・ディーン



弾 射音
連載小説
この小説はフィクションです。

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2003/2/23

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