第4回


「ケイト!」
 パパとぼくは同時に叫んだ。そして同時にママと彼女のもとに駆け寄る。
「ちゃんとそばにいなきゃ――なんだ、この恰好は」パパがすっとんきょうな声をだす。
 ぼくはびっくりしながらも、思わず笑い声をあげてしまう。だって、ペンギンなんだぜ。顔だけもとのまま、ペンギンになってしまったんだ。ま、ぬいぐるみだけど。でもペンギンの恰好をしたケイトは、とてもかわいかった。思わず抱きしめたくなるほどだった。
 しかし、パパの反応はぼくのそれとはちがっていた。
「これだ!」パパは叫んだ。
「どうしたの、きゅうに」ママが叫び返す。
「これだよ! このペンギンの姿だ!」

 わたしたちはケイトを先頭にたててゲートに近づいた。内心ドキドキものだ。警備員はサングラスをかけた顔をこっちに向けて立っている。
 今度はなにもへたなことを言わずにすり抜けるつもりだった。「ごくろうさん」わたしはかるく手をあげて彼にあいさつし、ほかの三人をつれて平然と通り抜けようとしたが、足はがたがたふるえていた。ペンギンの恰好をしたケイトはわたしのそんな内心にはまったく関係なく、きゃっきゃっとはしゃぎながらわたしの前を歩いていく。
「ヘイ、ユー」
 心臓がとびあがり、全身が硬直する。おそるおそる、声をかけた警備員のほうに顔を向けた。
「な、なにか?」
 警備員が言った。「オーディションならあっちの事務棟ですよ。そっちはスタジオです」
茶色の建物へ手を振ってみせる。
 全身から力が抜け、そのままへたりこみそうになった。
「ど、どうも、ごごごごご親切に」
 どうやら、ケイトの恰好を見て、たまたまやっていた子役のオーディションにやってきた家族連れとかんちがいしてくれたようだ。

「かわいいおじょうちゃんだね。かんばりな」
 けいびいんのおじさんがてをふった。あたしはうれしくなってぴょんぴょんとびながらてをふりかえしたんだけど、パパもママもアンソニーもしんけんなかおしちゃって、あたちをひっぱってくの。おじさんがおしえてくれたたてもののまえまできたんだけど、みんなはそのなかにはいってかないで、たてもののうらまでいくとそこにかくれて、それからけいびいんのおじさんのほうをちらちらみながらささっとべつのたてもののかげにかくれて、そいでもってもっとおっきなたてもののほうへすっごいいきおいてあるきはじめた。あたちはてをひっぱられていたかった。
 もっとおっきなたてもののいりぐちのうえには、「第三スタジオ」ってかいてあった。


「アーノルド・シュワルツェネッガーだ!」
 ぼくは叫んだ。
「しっ」パパが唇に人差し指をあててぼくをにらみつける。
「だってターミネーターが――あ、キアヌ・リーブスも、ああっ、ジョン・トラボルタも!」
「見学にきたんじゃないのよ!」
 ママもすごい剣幕だ。あこがれの大スターたちはおしゃべりをしながらどこかへ歩いていく。ぼくはしぶしぶパパたちにしたがった。
 すぐちかくにいるのに、ときどきケイトの姿がぼんやりして見えにくくなるのはなぜだろう? そもそも、どうしてペンギンの恰好なんかしてるんだ? パパもママもぼくも着せてあげたはずがないのに。


 最初は彼だとはわからなかった。なにしろ、六十五歳のおじいさんだ。永遠の青春スターだったはずなんだ。でもわたしがたった三本の代表作でしか知らないその面影は、たしかにその老人の顔にもあった。すぐに確信したんだ。六十五歳のジミー・ディーンはもっと年上らしいおばあさんとならんでスタジオからでてくるところだった。わたしは妻と子どもたちをともないあとからそっとついていった。
 ふたりとも歳のわりにはからだがしゃんとして、歩きかたも堂々としたものだった。老婦人などはそのうしろ姿にほのかな色気すら感じるほどだ。ついていくうちに気がついた。さすがに映画で見るような具合ではなかった。わたしが知るかぎりの映画のなかの彼女は、せいぜい三十代なかばまでだったはずだ。だがたしかに、彼女は死んでから三十年以上たついまでも、かすかにお尻を振っていた。
 ジミーとマリリンは、仲よく肩をならべてべつの建物にはいっていった。


「だれだね?」
 廊下でミスター・ディーンがふりかえった。ミズ・モンローもだ。あとからこっそりつけてたのを、ちゃんと気づいていたのだ。あたしたちは思わず立ちどまり、ばつの悪い思いにとまどった。アンソニーはスクリーンでしか見たことのない往年の大スターたちに目を見張っている。ケイトはペンギンの恰好をしたまま、なんだか楽しそうだ。
「まあ、かわいい」
 マリリンがケイトを見て言った。
「あの、わたしたちはその」
 夫がしどろもどろになる。歳のわりに若くて甘いマスクのジミー・ディーンはわたしたちに鋭い眼光を向けた。
「その女の子の恰好には憶えがある」ミスター・ディーンが言った。なにか悟ったような言いかただ。「気をつけないとその子はべつの世界へ行ったきりになるぞ。その恰好があたりまえの服装の世界にな。いつかこんな日がくるかもしれんとは思ってたんだ。わたしの控え室にきなさい。話を聞こうじゃないか」
 それにしても。これがあのジェームズ・ディーンとマリリン・モンローだとは。あたしはめまいを感じた。まるでコンピュータ・グラフィックスか、幽霊でも見ているような気分だった。

リアル・モンロー
  トゥルー・ディーン



弾 射音
連載小説
この小説はフィクションです。

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2003/1/26

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