第3回


 あたしは耳をうたがった。リックがアンソニーの話を聞こうとしないのでヒステリーを起こしそうになったんだけど、死んだはずのジェームズ・ディーンの話が耳にはいってきて、あたしは呆気にとられ、それからもっと耳をうたがった。

 以下がディーンの語ったおおよその内容だ。
「以前から言っているように、わたしは一度死んだのだ。そう、四十年前の、あの車の事故さ。わたしは奇跡的に一命をとりとめたことになっているが、じつはそうではない。信じられないだろうが、わたしは事故の瞬間にべつの世界からスリップしてここへやってきたんだ。あの瞬間のことはよく憶えていない。ただ、気がつくと車が大破して、となりにわたし自身の死体があった。わたしもひどく傷ついていたが、意識ははっきりしていたようだ。目の前で、死んだもうひとりのわたしがみるみる消えていった。どうやらこの世界のわたしと、べつの世界からやってきたこのわたしとが入れ替わってしまったようなんだ。事故の瞬間にスリップしたおかげで、わたしは助かったらしい。なぜスリップしたかって?たぶん事故のショックで時空に歪みでも生じたんじゃないかな。マリリンと知りあい、結婚したのもそれが原因だった。じつは彼女も死の直前にこの世界へスリップしてきて死をまぬがれたらしいんだ。こんな話はだれも信じないだろうと思って、わたしたちは長いあいだふたりだけの秘密にしてきた。だが、もう秘密にしておく理由もないと思ったのさ。たぶん、みんなはわたしの正気をうたがうだろう。かまわないさ。四十年間、わたしは自分が死んだものと思って、この命は儲けものだと思ってせいいっぱい生きてきた。事故以前の、無軌道な生活をあらためた。映画に人生を捧げたんだ。いつ死んでもいいと思いながらね。失敗して、世間から忘れ去られかけたこともあったが、正解だったと思うよ。今回、ひさびさにマリリンと共演することになって、このことを話しあったのさ。彼女もわたしも、もとの世界にもどろうと思ったことはない。だいいち、もどる方法なんかわからなかったんだ。もっとも、いまではその方法もだいたいわかってきたんだが、それでももどるつもりはないね。なにしろ、わたしはこの世界で四十年もやってきた。こここそが、わたしの世界であり、ふるさとなんだ。マリリンもその点ではわたしとおなじだと言ってたよ。いずれにせよ……」


「これだ!」
 いきなりパパが叫んだので、ぼくは思わずソファからとびあがった。
「信じられるか? ジェームズ・ディーンもマリリン・モンローも、わたしたちと立場がまったくおなじなんだ。しかも、もとの世界にもどる方法も知っているらしい。すごいぞ!」
「会いにいって、聞きだすっていうの?」
「そうさ」パパは両手をひろげた。
「どうやって? 相手は大スターなんだぜ」
「見て」と、ママはテレビを指さした。
「これ、きっと映画のスタジオだわ。ハリウッドに行けば、なんとかなるんじゃないかしら」
「かんたんに言うけど。いきなり行っても、いれてくれやしないよ」
「とにかく行ってみるよ。アンソニー、ケイト、これ以上、迷惑はかけない。ママとパパはふたりだけでここを出ていく。きみたちのほんとのパパとママが帰ってくるまでおとなしくしてて、そのあとはいままでとおなじように生活すればいい」
「でも、ほんとにどうやって会うの」

 ぼくはそう言ったが、パパとママの耳にはもうぜんぜんはいらない。ふたりで早口で相談しながら、あたふたと駆けまわる。車はこの世界のパパとママが出張先に乗っていったのでここにはない。ふたりはとにかくアムトラックでロサンゼルスまで行くことにしたようだ。ぼくはなんだかほっとけないような気がした。まだ半信半疑だったけど、このふたりがもとの世界にもどらないと、べつの世界のケイトやぼくがかわいそうだと思ったのだ。まさに、他人事じゃない。
 というわけで、ケイトとぼくもふたりについていくことになってしまった。もっとも、パパとママは最初は反対してたんだ。でもなにかのときに役に立つかもしれないと思いなおして、とうとう首をたてに振った。

 ハリウッドにつれてきてもらったのははじめてよ。でも、ユニオン・ステーションからとちゅうまでタクシーにのって、タクシーをおりてからは、パパもママもこわいかおしてずんずんあるいてくだけで、ちっともたのしそうじゃないの。おにいちゃんまでしんけんなかおしちゃって。あたち、みんなにかわりばんこにてをひっぱられて、いっしょけんめえついてった。ついてくだけでせえいっぱい。アイスキャンディもかってもらえない。だけど、あたちはつまんなくなかった。ときどきまわりのようすがかわって、ちゃんとどうぶつさんのぬいぐるみをきたひとたちがいっぱいあるいてたりするの。ペンギンさんのかっこをしたおんなのひとがにこにこわらっててをふってくれた。あたち、ぴょんぴょんとびながらてをふりかえしたわ。

「ケイトはどこだ」
 わたしは叫んだ。ふりかえったら、エレンとアンソニーの姿しかなかったのだ。
「どうしましょう」エレンが頬に手をあてた。
「ちゃんと手をつないでたはずなのよ」
「ぼくが見てくる」
 アンソニーが駆けだした。交差点を曲がって見えなくなる。その交差点にぼんやりとした人のかたちが浮かびあがり、それはケイトの姿になった。
 まさに、空中からいきなりあらわれたといった感じだった。わたしは目をうたがった。だがエレンはなにも気づかなかったのか、あわててケイトに駆け寄り、その手を握った。
「まったく、いったいどこにいたの」
「ペンギンさんが」
「なにをわけのわからないことを言ってるの。こんなところにペンギンが歩いているわけないでしょう」
 アンソニーがもどってきた。
「どこにも見あたら……あれ? いたじゃん」
「急ごう」わたしは気を取りなおして言った。たぶん、目の錯覚だ。「時間がない。夜になってしまうぞ。もうすぐめざすスタジオだ」
「だけど、どうやってはいるの」
 うしろでアンソニーが言った。そんなこと、わかるもんか。いざとなったらでたらめをならべたてて、侵入してやるさ。

「あまりしつこいと、警察を呼ぶぞ」
 パパったら、まったくドジなんだから。ミスター・ディーンの大ファンなんです。一家四人でかけつけました。ぜひともお会いして、サインをいただきたい。そんなこと言ったって、追い返されるのがオチだよ。
 スタジオのゲートのところに立っている警備員さんは、とてもおっかない顔をしている。

「べつのゲートを捜そう」
 夫が言った。言うなり、ずんずん歩いていく。アンソニーが早足でそれにつづいた。あたしはケイトの手をひっぱって必死についていった。ときどきケイトの手があたしの手のなかでしぼむような気がする。ふりかえると、娘は陽光にやけにきらきらとかがやいて、輪郭がはっきりしない。とうとうあたしは彼女を抱き上げたが、妙に体重がかるくて、存在感がなかった。だがすぐにずんと重くなり、抱きかかえたままでははやく歩けなくなったので、また彼女をおろした。
 べつのゲートが見えてきた。だがリックはきゅうに立ち止まり、あたしたちは彼の背中につぎつぎとぶつかってしまった。
「どうしよう。またはいれないぞ」と夫。
「なにかいい知恵ないの」とアンソニー。
「困ったぞ。うんと困ったぞ」

 ならんで悩んでいる夫と息子のうしろで、あたしはケイトの手をつかんだままぼおっと突っ立っている。ふいに、ケイトの手の感覚が消えた。あわててふりかえる。ちゃんと手をにぎっていたはずなのに、娘の姿はない。
「ケイト!」
 あたしはとっさに走り出し、人ゴミのなかに彼女の姿を捜し求めた。まったく見あたらない。あわてて引き返すと、彼女があらぬほうを向いて立っていた。
 ……そんなばかな。彼女は全身がきらきら光って、半透明だった。見るうちにその輪郭がはっきりしはじめて、あたしは目をうたがいながらもほっとして娘に駆け寄った。
 でも、すぐにまた立ち止まった。
 彼女はかわいいピンクのワンピースを着ていたはずなのだ。
 でもいまの彼女が身にまとっているのは、顔だけのこして全身をすっぽりと包みこむペンギンのぬいぐるみだった。
リアル・モンロー
  トゥルー・ディーン



弾 射音
連載小説
この小説はフィクションです。

(C) 2003 Dan Shannon. All rights reserved



2003/1/19

Ads by TOK2