第2回



 電話が鳴った。ぼくはリヴィングでテレビを見ていた。テレビは製作が開始されたばかりのモンローとディーンの新作映画の話題を朝からなんどもくりかえしている。ふたりがそれぞれにインタビューにこたえていろいろしゃべってるんだ。ぼくは電話をしばらくそのままにしておいた。ママがキッチンで出るだろうと思ったんだ。だけどママはパパとなにやら深刻そうに話しあっていて、ちっとも電話に出る気配がない。ぼくは受話器を取った。
「ハロー?」
「アンソニー?」
 ママの声だ!
 ――ママだって? 冗談じゃない! ママはちゃんとキッチンにいるぞ! いたずら電話か? それともぼくの聞きまちがいか?
 ――いや、待てよ?
「心配した? ごめんなさいね。ゆうべはなんともなかった? 朝食はちゃんととった?」
 ――思い出したぞ。これはたしかにママの声だ。ほんもののママの。

 パパとママがここにいるはずがない。パパとママはきゅうな出張で、きのう車で遠くへ出かけたんだ。きのうのうちに帰れるはずだったんだけど、崖崩れがあったらしくて道が通行止めになり、ホテルを捜して泊まることになったんだ。ゆうべ、パパからそういう電話があった。きのう、ぼくは寝るまでひとりで過ごしたんだ――いや、ケイトとふたりで。

 じゃあ、キッチンにいるあのパパとママはいったいだれなんだ?
「アンソニー。どうしたの。聞いてるの?」
「あ? う、うん」
ぼくはあわててこたえた。
「道路なんだけど、昼までには復旧するらしいわ。復旧したらすぐに出発するわね。夕方には帰れるわ。あなたには不自由させたけど、それももうすぐ終わりよ。ねえ、アンソニー。どうしてなにも言わないの。なにかあったの?」
「あ、ううん。べつに」
 とっさに、ぼくは嘘をついた。ママを心配させちゃいけないと思ったのかもしれない。でもほんとはすっごくどきどきしてた。
「じゃあね。いい子にしてるのよ」

 電話が切れた。ぼくは受話器をもどし立ちあがってふらふらとキッチンへ歩いていった。
 にせもののパパとママが、まだ言いあいをしている。
 にせもの――だと思う。だけど、どう見てもほんもののパパとママだった。声も、しゃべりかたも、着ているものまでそのまんまだ。頭がおかしくなるんじゃないかと思った。
 ママ――のにせもの――がぼくに気づいて、パパにむかってまくしたてるのをやめた。
「どうしたの、アンソニー」
「――あんたたち、だれなんだ」
 ぼくは低い声でこたえた。
「ああ、なんてこと」
 ママが叫び、おでこに手をあてて倒れそうになった。パパがとっさに抱き止める。


 その瞬間、あたしはすべてを理解した。
 リックはまちがっていたのだ。精神だけが入れ替わったんじゃない。リックとあたしは肉体ごとこの世界にスリップしてしまったのだ。この世界にはこの世界のリックとあたしもちゃんと存在している。つまり、あたしたちがふたりずついるということだ。
 あたしはほんの数秒、気をうしなってしまったようだ。


 パパとママがあたちをよんだの。いやだったのに、むりやりおうちのなかにいれられちゃった。ソファにはアンソニーもいた。パパもママもすっごくこわいかおしてるの。そいでもっておはなしをはじめたんだけど、あたしにはよくわかんなかった。でもとってもしんこくなはなしみたいで、あたちはちょっとわくわくしちゃった。


 パパはぼくとケイトの前で揉み手をして、しどろもどろだ。ママはソファにからだを投げだして、まだおでこに手をあてている。
「すまない。アンソニーの言うとおりだ。わたしたちはおまえたちのほんとのパパとママじゃない。いや、パパとママにはちがいないんだが、その、ちょっとちがうんだ。アンソニー、パラレル・ワールドって知ってるか?」
「コミックで読んだことある」
 ぼくは相手をにらみつけたままこたえた。
「なら話ははやい。じつは、パパとママはべつの世界からやってきたんだ。そこにはちゃんとアンソニーとケイトもいる」
「いったいなんのジョーク?」
「ジョークじゃない! さっきママから電話があったんだろう。あれがこの世界のおまえたちのほんとのママだ」
「でもそんなばかなこと――」
「ばかじゃないの!」
 ママが顔をあげて叫んだ。
「パパの話はほんとなのよ! あたしたちがいた世界では、ジミー・ディーンもマリリン・モンローもとっくの昔に死んでるわ」
「そんなばかな」

 信じられなかった。だけど、ふたりとも真剣な顔だ。嘘を言ってるとは思えなかった。
 すくなくとも、どろぼうではないようだ。
 つけっぱなしのテレビは、ジェームズ・ディーンのインタビューを放送している。
「その、アンソニー、そしてケイト、きみたちに迷惑をかけるつもりはない。というより、わたしたちはわたしたちの本来の世界にもどらなくてはならない。できるだけはやく、きみたちのほんとのパパとママが帰ってくる前にここを出ていく」
「でも、どうやってもどるの。この世界にやってきたのは、偶然だったんでしょ」
「そうだ。どうしていいかまったく見当がつかない。だが、それはきみの問題じゃない」
「コミックで読んだこと憶えてるよ。もとの世界にもどる方法も書いてあったような気がするんだ」
「協力してくれるの?」
 ママが興奮してからだを起こした。
「ちょっと待ってよ。まだこの話を信じたわけじゃないんだ。ただ、もしほんとならって思っただけなんだ」
「アンソニー、参考になることなら、なんだっていい。迷惑をかけるつもりはないんだ。そのコミックをパパに見せてくれないか」
「ビルに借りたんだ。ここにはないんだよ」
「あなた、まだあの悪ガキとつきあってるの!あんなにつきあうなって言ったのに!」
 ぼくは目をまんまるにした。思わずあやまりそうになった。でも、これはぼくのほんとのママじゃないんだから、それもへんな話だ。
「エレン、そんなことを言ってる場合じゃないだろう。アンソニー、いまわかることだけでいい。なにか憶えていないか」
 ぼくは首をひねった。
「えーと」
 ぼくは必死に思い出しながら話しはじめた。ところが、パパはいつのまにかテレビのほうを向いてしまって、ぼくの話なんか聞いていないんだ。
「どうしたの? ヒントを知りたくないの?」
 パパは手でぼくを制した。ぼくも思わずテレビに目をやる。
 ジミー・ディーンが静かなしゃべりかたでなにかを話している。

リアル・モンロー
  トゥルー・ディーン



弾 射音
連載小説
この小説はフィクションです。

(C) 2003 Dan Shannon. All rights reserved



2003/1/12

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