第1回



 きょうはホリデイ。ぼくの小学校は休み。パパも家にいる。でもパパは朝はやくからおちつかなげに家のなかを行ったり来たりするばかりで、ちっとも朝ごはんを食べようとしない。ぼくはひとりでコーンフレークを食べながらママに言った。
「ママ、モンローって、ジェームズ・ディーンと結婚してたんだっけ」
 リヴィングにつけっぱなしになっているテレビは、ぼくが生まれるずっと前はセクシー女優だったマリリン・モンローが出る新作映画製作のニュースをやってた。それも、ジミー・ディーンとの三十年ぶりの共演とかで、すっごい話題になってるんだ。
「あら、そうだったかしら?」
 ママはキッチンでそわそわはたらきながらこたえる。足が地につかないみたいだ。ぼくをふりかえったその顔は妙にひきつっていた。
「ディマジオっていう野球選手じゃなかった?」
 ママの声はなんとなくうわずっている。
「ちがうよ」ぼくは言った。
「もぐもぐ。ジミー・ディーンだよ。ジミーの前には、たしかケネディ大統領と結婚してたんだ。でもすぐ暗殺されたけどね」
「アンソニー、口に食べ物をほおばったまましゃべるのはやめなさい」
 きょうのママはいやにいらいらしてるな。
「ケイトはどこなの?」
 ケイトだって? 一瞬、ママの言うことが理解できなかった。だけどすぐにそれがぼくの妹の名前だということに気づいた。どうもきょうは頭がぼけてるぞ。
「庭にいるよ。いると思ったけどな」
 ママは手に皿を持ったままキッチンの窓から庭へ目をやった。ぼくも首をまわして外を見る。ケイトの姿はなかった。
「おかしいなあ」
「ちょっと見てきて。道路にとびだして事故にでもあったらたいへん」
 ぼくは立ちあがって庭へでた。ケイトは見あたらない。どこへ行ったんだろう? 朝ごはんの前に庭で遊んでいるのを見たような気がしたんだけど。
 きょろきょろしていると、ふいにケイトの姿が目にとまった。庭のいちばんすみっこの柵のところにいたので、見落としていたのかもしれない。ぼくは妹のほうへ駆けよった。
 どきっとして、すぐに立ち止まる。
 ケイトのからだが半分すきとおって、そのむこうがぼんやりと見えたような気がしたのだ。でも一瞬あとには妹のからだは全然すきとおっていなかった。
 ぼくは首をかしげ、それから気をとりなおして彼女に歩み寄った。
 ふと、うしろをふりかえる。
 ママがキッチンの戸口に立って、なんだか泣きそうな顔でぼくたちを見まもっていた。


 みんな、どうぶつさんのかっこしてるんだよ。
 おにわにたっておもてどおりをみてたの。たくさんのひとがあるいてた。みんな、どうぶつさんのぬいぐるみをきてるの。ペンギンさん、シロクマさん、ワンちゃん、ねこちゃん、うしさん、イルカさん。あたまからあしまですっぽりかぶって、かおだけだしてるの。でもってみんな、すっごくまじめなかおしてる。あたちはぴょんぴょんジャンプしながらみんなをみてた。


 エレン――あんときのきみったらなかったな。まるで世界が破滅するみたいに取り乱して、こう言うんだから。
「で、あたし調べてみたのよ。そしたら、やっぱりジェームズ・ディーンもマリリン・モンローも生きてるのよお! いまだに映画に出演してるのよ! しかも昔は夫婦だったっていうんだから!」
 ハンカチにぎりしめてほとんど泣いていた。
 ま、わたしもあまり冷静じゃなかったけど。
「朝から世の中がどうにかなってしまったことには、ぼくも気づいてる。エレン、おちついて、よく聞いてくれ。考えたんだが、結論はひとつしかない」
「言って」
「ここはパラレル・ワールドだ」
「なに、それ」
「ここはぼくたちの世界じゃない。よく似ているが、ちがうんだ。異次元世界なんだ。SF小説ではよく出てくるんだが、世界はひとつじゃない。となりあって、無数の世界が存在しているんだ。ぼくたちのいた世界も、そのうちのひとつにすぎない。つまり、なんらかの原因で、ぼくたちはその無数に存在する世界のひとつからべつのひとつへ、スリップしてしまったんだ」
「そんな、おとぎ話みたいなこと」
「だけど、じゃあどう説明するんだ。ジェームズ・ディーンは車の事故で死ななかった。マリリン・モンローも生きている。だがこの世界はたしかに存在していて、きみもぼくも、そしてアンソニーもケイトもいる」
「ほかに変わったところはないのかしら」
「そりゃ、ぼくたちの世界とは微妙にちがうんだから、ほかにもあるだろう。たとえば、ヘプバーンだってまだ生きてるかもしれない」
「そうじゃなくて。あたしたち自身のことよ」
「ぼくたちの仕事とか?」
「そうよ。それからあの秘書のことも」

 わたしは思わず舌打ちをしそうになった。会社の若い女秘書と浮気してるんじゃないかって、いまだに疑っているらしい。だがわたしは反応しなかった。
「わからんな。慎重に調べてみないと。この世界のきのうまでのぼくたちが会社でどんな状態にあったのか、もとの世界とおなじなのか、どこかちがうところがあるのか、ぜんぶ手探りで進まなきゃいけない」
「じゃ、もともとこの世界にいたあたしたちはどうなるの? あたしたちがふたりずつ存在するってこと?」
「いや、そうじゃないらしい。肉体ごとこの世界にきたんじゃなくて、精神だけ入れ替わったんだろう。でなきゃ朝からすでにぼくたちがふたりずつになって、大騒ぎになったはずだから」
「じゃ、この世界のあたしたちの精神はどうなったのかしら」
「さあね。ぼくたちと入れ替わったのなら、いまごろぼくたちのもとの世界で大騒ぎしてるはずさ。ぼくたちとぎゃくに、ジミー・ディーンとモンローがとっくの昔に死んでるとか言ってね」
「リック、だけど、そんな、そんなこと」
「事実なんだからしょうがないじゃないか」
 わたしがそう言うと、エレンはきゅうに目をまんまるにして身を乗りだした。
「アンソニーとケイトはどうなったの? あたしたちのもとの世界の子どもたちは」
「どうもならんさ。もとのままだよ」
「でも、あたしたちがいなくなったら」
「いるさ。この世界にぼくたちがいるように、むこうにもこの世界からスリップしたぼくたちがいるのさ」
「でも、心配だわ」
「同感だ」
「もどらなきゃ。もとの世界に」
「どうやって? 電車や飛行機に乗ってここへやってきたわけじゃないんだぜ。なにか、ぼくたちにはわからない原因でスリップしてしまったんだ。コントロールできないんだよ」
「だけど」
「おちつけよ。まずはここの世界のことを知らなくちゃ。あせったところでどうしようもない。いいかい、冷静になって、慎重に行動するんだ。そして、希望を持って」
 エレンはうなずいた。
「ああ、でもアンソニーとケイトは」


リアル・モンロー
  トゥルー・ディーン



弾 射音
連載小説
この小説はフィクションです。

(C) 2003 Dan Shannon. All rights reserved



2003/1/5

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