第20回


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「だれが最初に疫病に対する恐れをいだいたかは、追求しないことにするよ」マッコイは言った。
 隔壁は撤去され、防疫スーツは無用の長物となった。医療センターから機材が運びだされ、病室はもとの居室にもどった。
 人びとは涙を流して抱きあい、踊り、肩をたたきあった。親は子を抱きしめ、恋人たちは際限なくキスを交わした。
「ドクターにしては論理的な意見ですね」
 コミュニケータを通じてそう言ったスポックに、さすがのマッコイもまったく腹がたたなかった。
 彼はひどく上機嫌だった。この宇宙のすべてのものがすばらしく、輝かしいものに思えるほどだった。
 たったひとつのことを除けば。
「その者に責任を帰すことはできないでしょう。連邦の規約は人びとの思考にまで制限を設けてはいませんからね――それにしても、驚きました。まさか、その遺蹟が巨大な頭脳だったとは」スポックが感情のこもらない声でつづける。
「ローガン博士によれば、正確には頭脳そのものではなく、単に彼らの脳を模して作られた、シンボルに近いものらしいがね」
「でも、それは人びとの思考に感応して、思考の現実化能力を増幅できるわけですね」
「そうとも。だから、疫病に対する単なる恐怖心が、コロニー全体に現実化してしまったわけだ。しかし、肯定的な考えを持った者には、肯定的な事物が現実となるのだ」
「ミドリという少女のことですね?」
 マッコイはこたえなかった。
「非常に興味のある対象です。今回はすぐにべつの任務がありますから無理ですが、できれば近いうちにここへもどってきて、この目でその球を見てみたいものです」
 もどってくることに関してはわたしも賛成だ。マッコイはそう思ったが、唇はまったくべつの言葉を発していた。
「きみがそいつに感応したら、宇宙全体がコチコチの論理のかたまりになって、人間の感情まで数字で表現されるようになってしまうだろうよ」
「それこそ、わたしの理想とするところです」
 あいかわらず、スポックにはまったくマッコイの皮肉が通用しない。
「滞在期限に一日の余裕をのこして解決してくださったので、こちらとしては大助かりです」スポックは平然とつづける。「そちらの準備がととのいしだい、転送したいのですが」
「――準備することなどなにもないよ。医療機材は転送してしまったからね。だが、もう少しだけ待ってくれ。そんなに時間はとらない」
「できるだけはやくお願いします」
 マッコイはコミュニケータを閉じた。
 もし事情をありのままに説明したとしたら、スポックはいまとおなじ返事をしただろうか――マッコイは考えた――考えるだけ無駄か。なにしろ、感情のかけらもない、論理のかたまりだからな。




奇蹟(ミラクル)のM


弾射音
連載小説
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2002/9/15

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