第19回


                      17

 保安部員に召集をかけた直後に、ふたたびコミュニケータが鳴った。
「ボーンズ」
 カークだった。
「いま忙しい。あとにしてくれ」
「事態を改善できる見込みはあるのか」
「あるとも。だから忙しいんだ」
「スポックもわたしも、きみたちを呼び戻すことで意見が一致した。もちろん、アントーノフはべつだ。だが、素直にしたがうようなきみじゃないだろうな」
「だったら好きにさせてくれ。やっと原因がつかめかけているんだ。責任なら、あとでいくらでも取る」
「わかった。帰還命令は撤回する」
 マッコイはすかさず通信を切った。いまのカークの言葉で感情がたかぶってしまい、なにを口走るか自分でもわからなかったからだ。
 カリーロとバックがやってきた。
 全員、気密スーツに身をつつんでいる。
 マッコイ自身は連邦のユニフォームだけだった。
 数秒後に、ミドリがドアをあけておそるおそるはいってきた。
「ドクター、わたしにご用って、なんですの?」
 いかめしい恰好の保安部員たちを見て、少女はさすがにおじけづいたようだった。
「ミドリ、きみの助けがどうしても必要なんだ」
「まあ、わたし、なんにもできないわ」
「できるとも。ここにいるだれにもできない、すばらしいことをね。わたしたちはこれから遺蹟のところへ行く。きみもいっしょに来てほしい」
 カリーロとバックはその言葉に目を剥いたが、マッコイは彼らを手で制した。
「わたしが責任を取る」
「ドクターがおっしゃるなら」
 ミドリがこたえた。
「ありがとう。見てのとおり、このふたりは気密スーツを着ている。ほかに、きみとわたしの分もあるが、きみはどうする? 外の空気は、病気の心配を除けば、まったく無害なものだ」
「――たぶん、いらないと思います」
「よし。じゃあ、わたしも気密スーツはなしにしよう」
「ドクター、無茶ですわ!」
 さすがに、カリーロが大声をあげた。
「わたしは医者だ!」マッコイの声はそれより大きかった。「わたしを信用しろ。わたしはこの少女の生命をまもる義務を放棄するつもりはないし、自殺するつもりもない。きみたちはその仰々しい服を着たまま黙ってついてくればいい!」
 カリーロはそれ以上反論することができなかった。四人は――気密スーツのふたりと、肌を剥き出しにしたふたりが、通路を遺蹟へと向かう。ミドリとマッコイのうしろでバックがしきりにぶつぶつとカリーロに話しかけていたが、マッコイは無視した。というより、ほとんど耳にはいっていなかった。それどころではなかったのだ。
 マッコイは自分の達した結論が正しいことを確信していた。
 しかし、この少女は彼のその確信のために命を投げ出す覚悟で臨んでいるのだ。もしほかにだれもいなかったら、彼はミドリを両腕でしっかりと抱きしめてやりたかった。
 居住区画を抜けて、作業ベースに達する。外界へつづくドアをあけるとき、マッコイはさすがに恐怖を覚えないではいられなかった。だが、かたわらの少女はごくふつうに息を吸い、吐いている。彼は一度深呼吸をしてみずからを鼓舞した。
 バックがヴィークルを始動させた。マッコイはリアシートにおさまり、手を取って少女を横にのせた。
 ヴィークルは都市遺蹟の幹線道路をゆっくりと走りはじめる。
 乾燥して冷たかったが、空気はなんの抵抗もなく肺にはいってきた。マッコイはいつのまにかはげしくなっていた自分の鼓動がふたたびおさまっていくのを感じた。となりでは、顔に畏怖の表情を浮かべたミドリが、超古代の異星人がのこした街並に目をみはっている。カリーロとバックは押し黙っていた。あきらかにこれを狂気の沙汰と思っているのだ。
 ヴィークルは中央広場の手前で止まった。
 マッコイはふたたび手を取ってミドリが車からおりるのを助けた。少女は彼につかまりながら堅い地面にとびおりた。マッコイは三人をうながし、まっすぐに陶器の球の下へ足早に歩いていった。
 土台の岩の手前で立ち止まる。
「ミドリ」彼は少女をふりかえった。
「はい、ドクター」
 緊張のせいか、彼女の声はうわずっていた。
「これがなにかわかるかね」
「はい、この星に住んでいた人たちが建てた、なにかのシンボルだって、両親は教えてくれました」
「ある意味で、それは正しい。だが、これはそれだけのものじゃないんだ。説明している暇はない。ぜひともきみに、これに触れてみてほしい。そして、いったいなにを感じるか、わたしに教えてほしい」
「はい」
 いまひとつ腑におちない表情のまま、少女はうなずいた。マッコイの指示で、カリーロが彼女を土台の岩の上へひっぱりあげる。
 ミドリは白い喉を見せて球を見あげながら、そろそろと近づいた。だが、その顔に恐怖はほとんど見られなかった。ただ、自分の理解を超えたものにたいする畏怖の念が彼女を支配しているようであった。
 そして、マッコイへの全幅の信頼が。
 少女が人差指をのばし、球の表面にそっと触れた。
「あったかい――」
 彼女はもう少し近づいて手のひらを触れた。
「少し、ふるえてる――ピリッと、しびれるような感じだわ」
「静電気のせいだ。怖がることはないよ」
「はい」
 ミドリはさらに近づいて、両手を触れた。
 そして、目を閉じた。
 マッコイは固唾をのんでそれを見まもった。
「――どんな気持だね?」
 ミドリはそれにはこたえなかった。こわばっていた頬の筋肉がいつしかゆるみ、少女はさらに球の表面に近づいて、両腕でそれにもたれかかった。
 かすかな微笑みを浮かべ、それに頬を触れる。
「いい気持――」
「ドクター、これは――」
「しっ!」
 口をひらきかけたバックを制して、マッコイは少女を見まもった。だれにも彼女の邪魔をさせてはならない。そして、もはや彼にもなにひとつできることはなかった。
「なんてやさしい――」
 微笑み、さらに球へもたれかかりながら、ミドリはうっとりと呟いた。
 自分自身を感じているのだ――マッコイは思った。
 球にもたれかかったまま、ミドリは岩の上にすわりこんだ。まるで母親にあまえる赤ん坊のように、彼女は球に全身をゆだね、目を閉じて、ゆったりとした呼吸をつづけた。
「探査装置で内部をモニタしてくれ」
 マッコイがささやくと、バックはすかさず作業機械にのりこんだ。
 数秒で彼はドアから顔をつきだした。
「ドクター、内部は静電気の嵐です! ディスプレイが真っ白になってしまって、なにひとつ――」
「しっ、静かにしろ!」
 バックは顔をひっこめた。
 カリーロが目をまるくして、数歩前へ歩みでた。彼女もミドリを通じて球に感応して、なにかを感じているのかもしれない。マッコイは少女を見まもりつづけた。
 ほとんど眠るように、彼女は両腕で巨大な球にしがみついている。
 それからしばらくして、マッコイは無線で医療センターを呼びだした。
「ドクター・キニー」彼はささやくように言った。「患者たちをモニタしているかね?」
「はい――」
「様態はどうだ」
「こう申しあげても信じていただけないでしょうが――」
 キニーの声は興奮気味だ。それをなだめるように、マッコイは低い声で言った。
「急速に好転しているのだろう?」
「――はい」
「患者たち全員に伝えなさい。この疫病の原因は取り除かれた。あなたたちは数時間したら、まったくもとの健康体にもどっているだろう、と」
「ドクター、いったいなにがあったんですか」
「説明はあとだ」
 彼は通信を切った。
 いつのまにかバックが作業機械から出てきて、彼とともに少女を見まもっていた。
 マッコイは岩をよじのぼり、彼女に近づいた。
 少女は瞼をひらき、彼を見あげた。彼はひざまずき、彼女に顔を近づけた。彼女は微笑んだ。そして、彼の手をとり、球の表面にそっと押しあてた。
 もう一方の手のひらを、マッコイはミドリの頬に触れた。
 いつのまにか、涙がひと筋流れはじめた白い頬に。


奇蹟(ミラクル)のM


弾射音
連載小説
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2002/9/8

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