第18回


                      16

 ドアをあけてはいってきたマッコイの顔を見て、キニーの助手たちは目を見張った。よほど血相をかえてとびこんでいったらしい。
「ミスター・ヤング。アントーノフと話がしたい。ディスプレイに出してくれ」
「は、はい」
 マッコイがスツールに腰をおろす。コンピュータがヤングの命令に応じてベッドに横たわる長身のロシア人をディスプレイに映し出したのは、その数秒もあとだった。
「ミスター・アントーノフ。聞こえるか」
「は、はい、ドクター」
 弱々しい声が返ってきた。
「きみに聞きたいことがある。よく考えてこたえてくれ。遺蹟の調査に行ったとき、つまり、きみが発病したときだが、きみはなにを考えていた?」
「とくに、これといったことは――」
「あの球状の遺蹟にたいして、純粋な知的興味を覚えたかね?」
「いえ、というよりも――」
「疫病のことを考えていたか」
「はい」
「きみは恐れていたのだろう? 疫病にたいする恐れが、きみの頭にこびりついてはなれなかったはずだ。あのときもそうだった」
「はい。でも、それはカリーロやバックもおなじです。わたしだけではありません」
「弁解はいい。きみは恐れのために職務を怠ったなどと、報告するつもりはない。ただ、ひとつのことが知りたい。きみはいま、ほかのふたりもおなじだといったが、そこが疑問なんだ。ふたりにもあとで訊いてみるが、きみはあの気密スーツを着ていることで感染のおそれはないと思ったか?」
「――よくわかりません」
「ドクター」モニタリングのグラフを見つめていたヤングが、遠慮がちに声をかけた。「かなり衰弱しています。そろそろこのへんで――」
「きみはすっこんでろ!」マッコイは思わず怒鳴った。「――すまない。もう少しで終わる――アントーノフ、よく考えろ。わたしたちは万全の態勢をととのえてここへおりてきた。防疫スーツも欠かさなかったし、隔離も防疫処理も完璧だった。それでもきみは安心できなかったか?」
「――正直にいえば、イエスです」
「このタイプの疾患は、ウイルス性のものであれば、ほとんどの場合、空気感染だけを心配すればいい。その点では、対策は万全だった。きみはそうは思わなかったのか」
 アントーノフは咳きこみながらこたえた。
「わけのわからない病気ですから。気密スーツを着ていても、まったく安心できませんでした。とくに、遺蹟の調査のときは。カリーロやバックにからかわれましたよ。心配しすぎるって」
「――よろしい。協力に感謝する」
 マッコイは指でヤングに合図した。ヤングがほとんど同時に接続を切る。そのまま彼はモニタリングをつづけた。
 医療センターを出ようとすると、腰でアラームが鳴った。
 マッコイはコミュニケータを取りだした。
「マッコイだ」
「ドクター」スポックだった。「定時連絡の時間です」
「取り込んでいたんだ」
「なにか事態に変化がありましたか?」
「ああ。アントーノフが発病した」
「なんですって?」
「保安部員のアントーノフが発病したと言ったんだ。それだけだ」
「――こちらで対策を協議します。しばらくしたら連絡します」
「どうぞ、ご自由に。だが、わたしはもどらんぞ。期限はあさってだ。以上」
 マッコイは自分から通信を切った。
 頭のかたいバルカン人と議論している暇はない。
 ふたたび通路に出ようとして、マッコイははたと踵をかえし、スツールにもどった。
「ここから遺蹟のデータにアクセスしたい」
「はい」
 ヤングが音声でターミナルに命じた。
 マッコイはあの球状の遺蹟に関するデータを呼びだした。しばらくその外形に見入ったあと、内部構造のグラフィックをひとつひとつ見ていった。
 顔をあげてふたたびヤングを見る。
「考古学のローガン先生はなかにいるね?」
「はい」
「いますぐ呼び出してくれ。重要な話だ」
 マッコイの口ぶりにたじろいたのか、ヤングはすなおにしたがった。
「ドクター・ローガン」
 ディスプレイに同年輩の考古学博士が映しだされると同時に、彼は言った。
「医師のマッコイです」
「――やあ、あなたですか」
「時間がないので、用件だけ言います。都市中央の球状の遺蹟について、あなたの意見をお聞きしたい」
「わたしの所見は読んでいただけたものと思っていたが」
「拝見しました。でも、いまは公式の見解についておたずねしたいんじゃありません。所見に記録なさらなかった、個人的なご意見です」
「――なるほど」
「これはあくまでも医師であるわたしの推測ですが、あの遺蹟はあれを作った先住民たちの解剖学的形態と関係があるのではありませんか? あるいは、そうお考えになりませんでしたか」
「あなたは賢明だ。よくそのことに気づきましたね。だが、彼らの屍体は損傷がはげしく、骨格と皮膚以外に、体組織のデータはほとんど取れなかったのです」
「存じてます。頭部もそうでしたね。でも、その外形についてはどうですか?」
「――なんということだ。こんなことなら、もっとはやくあなたにお話しすればよかった」
「いまからでも、じゅうぶん間に合います」
「おっしゃるとおり、わたしはあれが先住民たちの脳を模したものではないかと推測した。内部構造が、なんらかの情報処理システムを連想させましたからね。しかし、先住民の脳や神経組織を復元できない以上、それを論証することは永久に不可能だ。それに、静電気が生じても、あれがなんらかの、つまり情報処理などの機能を再開したとは考えられなかったのです。アウトプットがなにもありませんでしたからね。先住民が情報処理の機能をあれに付与したのなら、都市にアウトプットがあるはずだと、わたしは考えたのです。しかし、都市にはなにも変化がなかった。なにひとつ、死んだままよみがえらなかった。だいいち、あれはなににも接続されていない。あれ自身だけで存在し、脊髄を持っていないのです」
「そのとおりです。しかし、もしあなたがおっしゃるアウトプットが、もっとべつのものに生ずるとしたら?」
「――人間にという意味ですか」
「この文明が滅ぶ以前には、先住民たちにです」
「彼らがあの球と精神感応をしていたとおっしゃるのですか」
「そして、わたしたちもです」
「――ありえないことではない。待てよ、彼らの残した文献にもそれらしき記述がある」
「そうです。わたしもついさっき、やっとそのことに気づきました。彼らはわれわれの『思考』に相当するものを、非常に重要視し、畏れてもいました。『思考』をほかのなによりもましてまもり、みずからの、ともに住む者の、そして街に住むすべての人びとの『思考』をつねに見張れ、と――」
「――あなたはあれを破壊するつもりですか」
「それしかあなたたちを救う手段がなければね。しかし、結論を急ぐことはありません。あれがそのままでも、わたしたち自身を変えることができるんです。つまり、『思考』をです。簡単なことではありません。しかし、わたしには強力な味方がいます」
「――ありがとう。あなたの心遣いに感謝します」
「すぐ行動に移します。ありがとうございました」
 マッコイは自分で接続を切り、医療センターをとびだした。


奇蹟(ミラクル)のM


弾射音
連載小説
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2002/9/1

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