第17回



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 マッコイは目をこすり、ディスプレイから顔をあげた。
 何度チェックしても、なにもわからない。
 コンピュータが残した、マッコイ以下四人のモニタリング記録が、ディスプレイにスクロールしつづけている。アントーノフのスーツの気密状態に問題はなかった。生命維持システムも、コンピュータの監視によれば、機能不全はまったく起こしていない。条件は四人ともおなじだった。
 はじめて、新しい感染者を出してしまった。
 しかも、エンタープライズのクルーだ。
 最悪の場合、彼をここに残しておかなくてはならないだろう。エンタープライズに疫病の原因をもちこむことはできないからだ。だが、いまのままでは最悪の事態こそが、もっとも起こる確率が高い。
 アントーノフは病室にかつぎこまれると、中で気密スーツを脱がされ、そのままベッドに横たえられた。数時間したいま、かれはコロニストのほかの患者たちとまったくおなじ状態になっている。ウイルス性疾患によく見られる、重度の免疫性低下。
 マッコイは頭をかかえた。
「われわれは即刻エンタープライズにもどったほうがいいのかもしれん」
「ドクターは最善を尽くされました。気を落とさないでください」
 キニーが彼の肩にそっと手をおいた。マッコイは顔をあげて彼に目をやり、力なく微笑んでみせた。
「こんな情況では、あまり慰めにはならないな。つぎの定時連絡でこのことを話せば、船がどんな命令をしてくるか、わかったものではないぞ。もっと力になりたかったが、なにもできなかった」
「こんなに短期間では、だれだって無理です。医療専門の救援船を要請しますよ。でも、それでもこの事態は解決できないかもしれない。だから、けっしてあなたのせいではありません」
「気休めはよしたまえ」
 レナードは立ちあがり、キニーの顔を見おろした。
「――すまなかった。言いすぎたようだ。わたしは疲れた。少し休むことにするよ。きみもそうしたまえ。アントーノフのモニタリングはコンピュータにまかせておけばいい」
「はい」
 マッコイは医療センターを出、通路を自分の個室へ向かってとぼとぼと歩いていった。
 頭の中はアントーノフと、つぎの定時連絡のことでいっぱいだった。
 そのため、むこうから声をかけられるまで、前方から近づいてくる人影に気づかなかった。
「まあ、ドクター・マッコイ――レナード!」
 ミドリが満面に笑みを浮かべ、彼に駆け寄った。
 だが、彼の顔がはっきり見えるところまで来ると、その笑みは消え、歩がゆるんだ。
「まあ、ひどくがっかりしているような顔だわ。なにかあったの?」
「うちの保安部員がひとり、とうとう発病してしまったんだ」
「まあ――」
「すまなかった。きみを必要以上に心配させるつもりはなかったんだ。彼は隔離した。だから、安心したまえ」
「わたしは大丈夫。あなたのほうが心配だわ。ねえ、また新しいお菓子を焼いたの。ぜひ召し上がりにいらして」
 ミドリが彼の両手をとってひっぱりはじめた。
「そうしたいところだが――そうするか。ありがとう。いつもすまないね」
「ドクターだって、いつも楽しいお話をしてくださるわ。さあ、はやく」
 少女にひっぱられたまま、彼は彼女の部屋へはいった。
「さあ、おかけになって」
 彼をリクライニング・チェアにすわらせ、ミドリはキッチンからクッキーをのせた皿を持ってきた。
「さあ、召し上がって。好きなだけ。きょうはたくさん焼きましたから」
「ありがとう」
 ミドリがつまみあげたひとつを、彼は受け取って口にほうりこんだ。
 少しだけ、気がかるくなるような気がした。少なくとも、この少女の存在が、いまとなっては彼の唯一の慰めだった。患者とじかに接することを恐れず、そしてその信念どおりに発病しない少女。なにが彼女をそうさせているかは、もはやどうでもよくなっていた。ただ、ここに、この疫病地獄と化したこの惑星に、いつづけてくれるだけでよかった。
「その人、なぜ病気にかかってしまったのかしら」
「それがわかればね。みんなの病気もきっとなおせるんだが」
 ミドリは自分もクッキーをかじりはじめた。
「理由なんかないけど、わたしのように、その人も病気のことを恐がったりしないで、いいことだけ信じていれば、病気にならなかったかもしれないわ」
 レナードは笑った。
「きみはかわいいね。でも、そんなに単純な問題じゃ――待てよ」
「どうなすったの?」
 レナードは身をのりだし、思わず彼女の手をにぎった。
「いま、彼が病気を恐がったと言ったね」
「ええ。でも、根拠はないわ。ただ、そうじゃないかって思っただけ」
「いや、そのとおりなんだ。わたしたちはみんな、この病気を恐れている。だが、ひょっとしたら――ミドリ、すまない。いますぐ調べなきゃいけないことがあるんだ」
「もっと召しあがってくださらないの?」
「そうしたいんだが――」
「じゃあ、つつんでさしあげるわ。待ってね」
 彼女はベッドわきのボックスからきれいな銀の紙を出して、それにクッキーをいくつかのせ、つつんで端をひねり、マッコイにさしだした。
「ありがとう。じゃあ、わたしはこれで」
「あなたも、おからだに気をつけてね」
 出しなに、彼はウィンクをしてみせた。
「大丈夫さ。きみを見習うことにするよ」
 心配げな表情の少女を残して、マッコイは駆け足で医療センターにとって返した。


奇蹟(ミラクル)のM


弾射音
連載小説
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2002/8/25

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