第15回

                      14


「ここから幹線道路のひとつにはいれます」機密スーツのマイクを通じて、アントーノフが言った。「どの幹線道路も、だいたい規模はおなじです。まっすぐ行くと、都市の中央広場にでますよ。あの球のところにね」
 アントーノフにつづいて、レナードは隔壁のむこうに保護された遺蹟に足を踏みいれた。ほかのふたりの保安部員があとにつづく。
 試験治療は中止された。患者たちの様態にまったく変化はない。免疫補完システムで現状を維持しているだけだ。あと二日。なにもわからなくてもいいから、彼はこの目で遺蹟を調査しておきたかった。万にひとつでも、なにかが発見できるなら、なんでもやらずにはいられなかった。
「居住区画です」
 アントーノフが説明する。まるで観光案内だなと思いながら、マッコイは幹線道路の両側にたつ建造物を眺めた。
「気象システムさえととのれば、このままわれわれだって住めますよ。彼らは現在のわれわれとあまり背丈がちがわなかったようです。腕も二本、足も二本。循環器や消化器系も、形態だけは似てますからね」
「岩を食べて生きていたなんて言わないでくれよ」
 アントーノフは笑った。
「動植物を食糧にしていたそうです。作物と、家畜ですね」
 重いスーツのまましばらく行くと、植民者たちが設置した作業ベースに着いた。そこで地上ヴィークルに乗り込む。カリーロがバッテリーを交換して、車は都市の中央めざして時速十数キロで走りはじめた。
「このへんは工業施設が多いんです」
 アントーノフが観光案内をつづけた。
「大規模なものはありませんけどね。製品そのものも、日常生活で使われるものがほとんどだったようです。あまり文明が発達しなかったようですね」
「情報処理や、通信手段もほとんど未発達らしいな」
「そうなんです。十九世紀の地球とおなじですよ。でも、そのほうがのどかでいいかもしれませんが」
「いずれにせよ、それ以上に優れたものを彼らは知らなかったんだ。おなじことだよ」
 しばらくして、道路の果てに巨大な球が見えてきた。データによれば、直径二百メートルほどの円形の広場の中央にそれは設置されており、この都市のものは、長径が二十八メートルの、白い楕円の球だ。土台は正方形に切り出された岩石で組まれている。
 ヴィークルは広場の端でとまった。
「ここからは歩いてください」
 バックが言う。マッコイはセキュリティたちとともに車をおり、球をめざして歩きはじめた。
 球の下に、調査チームが放置したままの作業機械が見える。
「それにしても、よくもあんなに巨大な瀬戸物の球をつくったものだな。彼らの技術で、あんなことが可能だったのか」
「人工のものであることはまちがいありません」
 バックがマッコイの疑問にこたえた。
「そのようだな。あんな模様がひとりでにできるとは思えないからな」
 近づくにつれ、球の表面がはっきりと見えはじめる。全体的には、鶏の卵を横に置いたような、楕円の球で、まるでイースターの卵のように、縞模様が描かれている。地球の古代文明にも、似た模様の遺蹟をのこしているものがあるが、偶然の一致だろう。
 だが、それらはあくまでも遠くから見た場合にすぎない。縞模様は、もっと近くで見ると、おびただしい数の細かい文様の集まりであることがわかる。象形文字のようにも見えるが、彼らが残した文献にある文字とはまたべつのものだ。学者たちはそれを文字として解読しようと試みたが、果たせなかった。断定できるわけではないが、いまの段階ではただの文様と考えざるをえない。
 だが、驚くべきことに、トモグラフィと音響探査によれば、それらはただ表面に描かれているのではなく、球の内部の複雑な構造に直接つながっているのだ。いいかえれば、内部構造の複雑なパターンが表面にあらわれたものが文様として見えているということだ。学者たちはそれも調べたが、その内部構造がいったいどんな機能を持つものなのか、まだわかってはいない。動力源を見つけることもできなかった。内部の気体も、この惑星の大気とほとんどおなじ成分だ。観測ではたえず細かい静電気が内部のいたるところに発生しているらしいが、それがなんらかの機能をはたしているようには思えない。いわばこれは、数千万の陶器の細かい部品によって構成された、巨大な構造物なのだ。学者たちはこれを崇拝の対象としていちおう結論づけているが、それはきっとよくわからないからお茶を濁しているだけなのだ。
 これだけのものをつくるのに、いったいどれだけの労働力と時間を要したことだろう。数万の職工を使ったとしても、十年や二十年でできたとはとうてい思えない。おそらく、数世代にわたったことだろう。その前に、これをプランし、そしてひとつひとつの部品が全体を支えあって崩壊しないように設計する才能が必要だったのだ。
 残念なことに、ほんのちょっとした言及を除いて、文献の中にこの球の製作を記録したと思われる部分は特定されていない。都市の中央にかならず据えつけられているのだから、多くの記述が残っていてもよさそうなものなのだが。あるいは、あまりにも日常的なので言及されなかったのか。
「あれについて、なにか意見のあるものは?」
 マッコイは近づきながら、保安部員たちに訊いた。
 彼らは肩をすくめただけだった。
 四人は放置された作業機械のところで立ち止まった。ヘルメットのジョイントをひとつひとつ折るようにして、マッコイは球を見あげた。そのなめらかな輪郭と、表面のおびただしい数の微細な文様を眺めるうちに、彼は畏怖の念に似たものを覚えた。たしかに巨大だが、規模の点だけから言えば、もっと大きなものはほかの惑星にいくらでもある。地球のピラミッドもそうだし、ワイリ星系に点在する文明は、高さ数百メートルにおよぶ、ほとんど山のような大きさの遺蹟を残している。それでも、この球は見る者を圧倒せずにはおかなかった。
 その内部構造の複雑さを知るゆえかもしれないが。
 だれかが咳払いをしたのがヘルメット内のスピーカに聞こえて、マッコイはわれにかえった。
「この機械についている探査装置はまだはたらいているのか」
 マッコイはアントーノフに訊いた。
「使用許可はとってあります。作業記録を残してくださいとのことでした」
「病気で寝たきりなのに、いちいち細かい奴らだな」
 アントーノフは笑い、そして二、三度咳きこんだ。さきほどの咳払いも彼だったらしい。
奇蹟(ミラクル)のM


弾射音
連載小説
(C) 2002 Dan Shannon. All rights reserved



2002/8/11

Ads by TOK2