第14回


あと三日。
 ミドリの心理的能力を探るため、マッコイは心理学者の派遣を要請した。期待はしていなかったが、カークによってそれ以上のいかなる人員の派遣も禁止されていることを告げられると、彼はますます怒りを感じざるをえなかった。専門外だが、彼自身の手でやっていくほかに方法はなかった。
 保安部員たちは、ひきつづき遺蹟の実地探査と文献の調査をおこなっている。
 試験治療はいまのところ、なんの効果も見せていない。対象となる疫病によっては、数時間で効果があらわれるものばかりだが、患者たちの様態にまったく変化はなかった。むしろ、様態が悪化することのほうが心配だった。対症療法ではなく、DNAやその他の生体組成に直接作用する強力なものばかりであるだけに、場合によっては本来の生体そのものを改変してしまうおそれがあるからだ。今後もまったく効果がないようなら、中止して様子を見る必要があるだろう。
「じゃあ、その怪物は、わたしの姿にもなることができるのね?」
 ミドリは病室の飾りにする紙に花のかたちを切り抜いていた手を止めてマッコイを見つめた。
「もし、きみを見る機会があればね」
「おそろしいことだわ」肩をすくめて身震いする。「みんな、だまされたのね。死んだ人たち、かわいそうだわ。でも、レナード、あなたがいちばんかわいそう」
「わたしは平気さ。死ななかったんだから」
 彼は笑った。
「でも、その怪物はナンシーさんの姿に……あら、ごめんなさい。ますますつらい気持を思い出させてしまって」
「いいさ」
「ねえ、もっと楽しいお話を聞かせてくださればいいのに。エンタープライズ号はいろんな植民星へ行くんでしょ? わたしのような女の子もいる?」
「いるとも」
「みんな、どんな暮らしをしているのかしら。つらいこともたくさんあったりするんでしょうね」
「そりゃそうさ。みんな、過酷な条件を克服するためにがんばっているんだからね。でも、つらいこととおなじくらい、楽しいこともあるはずだよ。いまのきみみたいにね」
「まあ、そうだといいけど。いままで行った星で、いちばんかわっていたのは、どんな星?」
「そうだねえ――植民星じゃないけど、不思議の国のアリスの世界とそっくりの星があったな」
「まあ、どういうことかしら?」ミドリは目を輝かせた。
「最初おりていったとき、そこはまるで楽園のようなところだったんだ。空気は澄んで、鳥がうたい、花が咲き乱れてね。遠くからは小川のせせらぎが聞こえてきた。まさに、天国のようなところだった」
「わたしも行ってみたいな」
「ところが、おりてすぐに、小道をこちらへ走ってくるものがいたんだ。ずいぶん図体のでかい奴でね」
「なんだったの? ひょっとして――兎?」
「よくわかるね」
「だって、アリスのお話は何度も読んだもの。でも、ほんとに、ほんとに兎が駆けてきたの?」
「そうとも」
「チョッキを着て? 手に懐中時計を持って?」
「ずいぶん急いでいたな。女王様のお茶会に遅刻しちゃうって、ぶつぶつ言ってね」
「まあ――でもなぜ? なぜそこはアリスの星だったの?」
「兎やチェシャ猫だけじゃない。クルーのそれぞれが、さまざまなものを見たんだ。きれいな女の人とか、妖精たちとか。まったくわけがわからなくて、わたしたちは翻弄されてしまった」
「で、じつはどういうことだったの?」
「そこには高度な文明を持つ人たちが住んでいてね。地球人のことをよく知っていて、私たちを歓迎するためにそれらのものを見せてくれたんだ。地球人だけじゃない。バルカン人には、バルカン人がなつかしいと思うものが見えたものさ」
「おもしろいわ。でも、現実じゃないものね」
「ああ。そんなものが現実だったら大変さ。しかし、気晴らしにはいいかもしれないがね」
「うふ。まるで本の世界にはいっていくようなものね。一度行ってみたいな」
「その星の人たちは、いつでも歓迎してくれると思うよ。きみなら、大よろこびで迎えてくれるさ。わたしが連れて行ってあげたいくらいだね」
「まあ、ほんと?」ミドリは椅子の上で飛び上がってよろこんだ。「ほんとに、レナード、あなたって、やさしいかたね――でも、いまのままじゃ行けないわ」
「――いつか行けるさ、きっと。いつか、みんな病気が治って、元気になって――きみは信じているんじゃなかったのかね。みんながきっと治るって」
「そうね。そうだったわ。あきらめちゃだめね。これから、楽しいことうんとたくさんしなくちゃいけないのに」
「そうさ。みんながよくなって、この星がもっと整備されて、正規の港が開設されれば、きみはどこへだって行くことができるさ」
「あなたも、ときどき遊びにきてくださるわよね?」
「もちろんだとも」
「よかった――」少女はうつむいた。「どっちにしても、あなたはあと三日で行ってしまうんですもの」
 少女がふたたび手を止めてうつむく。マッコイは何気なく彼女の顔をそっとのぞきこんだ。
 少女の頬に涙がひと筋流れていた。
「――元気をお出し」
「つらいのよ、ほんとは。いつもにこにこしてるけど、心の中は悲しみでいっぱい」
「きみが泣いてたら、みんなの気持だってくじけてしまう。さあ、もう泣くのはおやめ」
 ミドリは彼の胸にとびこみ、上着をつかんで泣きじゃくった。
 頭を撫でてやる以外に、なにもできなかった。
「きっと、きっと、また会いにきてくださるわね?」
「ああ」
「約束してくださる?」
「するとも。シリウスの七つの惑星に誓って」


 
奇蹟(ミラクル)のM


弾射音
連載小説
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2002/8/4

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