第12回


レナードは折り畳みの椅子に浅く腰をおろした。あわせた両手を膝のあいだにはさむ。
 ミドリは両手に皿をのせてもどってきた。
「なんとか焦げずにできたわ」
 さまざまなかたちに焼いた、クッキーだった。
「お味見してくださるかしら?」
「よろこんで」
 ミドリがさしだした皿に、マッコイが手をのばす。皿の端にあったひとつをつまんで、口にいれた。
 熱かったが、ちょうどいい焼き加減だった。適当な甘味が口全体にひろがる。
「いかが?」
「うん。これはいける」
「よかった!」
 少女は笑顔になり、皿をテーブルに置いて自分もひとつ口にほうりこんだ。
「みんな、わたしのお菓子を楽しみにしているの。病気で寝たきりだから、なにもすることないでしょ?」
「きみはとってもやさしい女の子なんだね」
「まあ、照れちゃうわ」
 少女はリクライニング・チェアに腰をおろし、うれしそうに微笑んで身をのりだした。
「ドクター・マッコイ――レナード、エンタープライズ号のお話を聞かせに来てくださったの?」
「それはまたの機会にね。みんながかかっている、あの病気のことできみの話を聞きたいんだ」
 ミドリは少し目をまるくして身を引く。
「まあ、病気のことはなにもわからないわ。ドクターのほうがよほど詳しいはずよ」
「いや、そういうことじゃなくて」マッコイは唇だけで笑った。「きみは、その――怖くないのかい? 病気の人たちの手を直接握ったり、おなじ空気を吸ったりして」
「――ドクター・キニーとおなじことをおっしゃるのね」
 少女は紙製の赤い箱にクッキーを詰めはじめた。
「つまり、感染が心配じゃないかって、おっしゃりたいんでしょ?」
「あ、ああ」
「ねえ、ドクター」ミドリは手を止めてマッコイをまっすぐに見据えた。「とても不思議なの。ほんとはね、わたしはとても恐がりなの。病気はきらいだし、うつされることを考えただけでからだがふるえてくるわ。でも、今度のことでは、全然怖くないの。恐怖を感じないの。なぜだか自分ではわからないけど、この病気だけはぜったい大丈夫だって、そんな気がするの。どうしてかしら? 自分でもわからないわ。いままでのわたしだったら、病室につづく通路にすら近寄らないはずなのに」
「どういうことか、よく説明してほしいね。なにが、どんなふうに大丈夫だと思うんだい?」
「つまりね、あの病気でだれかが死んじゃうことなんて、ぜったいにないって気がするの。それから、ドクターやほかのみんなみたいに、あんな重い服を着なくても、病気をうつされたりしないって」
「どうしてそう信じることができるのかな?」
 そう訊きながらマッコイは、ひょっとしたらこの少女はなんらかのESP能力を持っているのかもしれないと思った。記録にはなかったが、思春期にはじめてその芽があらわれるといったことはよくあるのだ。その能力が、彼女の確信や、感染しないことに関連があるのではないだろうか。
「ですから、それは自分でもぜんぜんわかりません」
「以前に、おなじようなことがなかったかい?つまり、なにかをわけもなく信じて、けっきょくうまくいったってことが」
「あら、そんなのしょっちゅうだわ」そういって彼女は笑った。無邪気な笑顔だった。「わたしね、いつもみんなに、人のことを信用しすぎるって言われるの。そんなふうだと、いつかひどくだまされるよって。それから、本で読んだことはなんでも信じちゃうの。でも、当然でしょ? いまのところ、だれかにだまされたことなんて一度もないし、本に嘘が書いてあるなんてこと、めったにあるはずもの」
 信念か――マッコイは思った。地球でも、昔はよくそんなことが信じられていた。自分はかならず治ると信じて、不治の病を克服した人びとの話や、成功を信じて努力をつづけ、その信念のとおりのことを成し遂げたエピソードだ。たいていは根拠のない信念であり、偶然の一致や本人の努力など、原因は信念以外のところにじゅうぶん求めることができた。
 だが、この点について少し調べる必要がある。
「今度もそうよ」少女がつづけた。「じっとしていられないの。あの人たちのために、なにかしてあげなくちゃいけないって。からだが勝手に動いてしまうんだわ。ちょっとでもまともに考えたら、ぜったいにできないことなのにね。でも、考えること自体、考えつかなかったわ」
 マッコイは言葉をうしなった。
「ねえ、ドクター――レナード、わたしはこれからもいままでどおりにしていいんでしょ?」
「え? どういうことかな」
 ミドリは心配そうな目でマッコイを見つめた。
「つまり――もう病室へ出入りしちゃいけないって、おっしゃらないわよね?」
「そりゃまあ、その、正直なところそうしたいが、いまのところは大丈夫なようだし――それにきみはきっと、わたしが禁止したくらいじゃやめないんじゃないかな?」
「あら、よくわかるのね。うふ、わたしってそうなの。たとえパパやママにいけないって言われても、こうしたほうがいいと思ったことはやめられないたちなの」
「――パパとママのことは、心配じゃないかい?」
 少女は笑うのをやめてうつむいた。
「そうね。ちょっとだけ。でも、ほんとに心配してるわけじゃないわ。いつか、きっとよくなるわ。ただ、かわいそうなだけ。はやくよくなってほしいだけ」
 ミドリはうつむいたまま箱にリボンをかけはじめた。マッコイの手が知らぬ間に伸びて、少女の頭をそっと撫でていた。
「きっとよくなるさ」
 マッコイが手をひっこめると、彼女は顔をあげた。目をかすかにうるませながら、微笑んでいた。
「みんなのところへ、クッキーを持っていかなくちゃ」
「そうしてあげなさい。わたしは仕事にもどるとしよう」
「またいらしてね。今度はきっと、エンタープライズ号のお話をなさってね」
「いいとも。約束しよう」


 
奇蹟(ミラクル)のM


弾射音
連載小説
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2002/7/21

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