第10回


 少女の姿がカメラのフレームから消えた。マッコイは防疫処理ブースに目を移し、固唾を飲んで待った。そのとなりで、キニーが不安げに、組みあわせた手の指を揉んでいる。
 通路に少女の姿があらわれた。髪にはまだかすかに白い粉末が付着している。少女はブースの開いたドアをはいり、ホーグがスイッチを押して彼女を隔離し、防疫処置をはじめた。白い霧が晴れると、少女はこちら側のドアに近づいた。ホーグがドアをあけようとする。マッコイはあわててそれを制した。からだの表面の病原体は除去できたかもしれない。だが呼気による病原体の拡散の可能性にふいに気づいたのだ。
「彼女を検査したまえ」マッコイはキニーに言った。「それがすむまでは彼女を出すわけにはいかん」
「そんな。はやく出してあげないと感染してしまう――」
 泣きそうな表情でそう言ったのはホーグだ。
「健康体をあそこへ出入りさせること自体がまちがっているんだ! ドクター・キニー、まず彼女と話がしたい。いいね?」
「はい」
 キニーがみずから防疫処理ブースのインタコムのスイッチをいれた。
「ミドリ、もうしわけないが、きみを検査して、感染していないことが確認できなければ、きみをそこから出すことができなくなってしまった。そんなに時間はかからないと思う。辛抱してくれるね?」
「はい」少女は呆気にとられたような顔になったが、さからわなかった。
「検査がすんだら、すぐに出してあげよう。それから、いまわたしのとなりにいる人を紹介するからね。そこから見えるかい?」
「ええ、見えるわ」
「よし、いい子だ。脚を肩幅にひろげて、両腕をからだの横に添えて、前進の力を抜いて立ちたまえ。リラックスして」
 キニーはスキャンをはじめた。モニタに少女のデータがスクロールしはじめる。マッコイは彼女の感染あるいは発病を示唆するものを見逃すまいと目を皿にしてモニターを睨んだが、すべてのデータは正常値の範囲内にあった。彼は少女のDNAサンプルをとり、彼女の医療記録と照合したかったが、ブース内にとどめたままでは不可能だ。だが彼女を病室にもどす気にもなれなかった。せっかく感染していないかもしれないのに、その可能性をふやすなんて、ばかげている。彼はキニーに目を向けた。
「率直に訊くがね、なぜきみは彼女を防疫スーツもなしに病室へ出入りすることを許可しているのだ?」
「それは、その――彼女が望んだからです。わたしは許可しませんでしたが、わたしがいないあいだにスタッフのひとりが根負けして、彼女を中へいれてしまったんです。わたしは彼女を隔離して検査をくりかえし、様子を見ました。でも彼女は発病しなかったんです。そのことについては、彼女自身、確信を持っていて、まさにそのとおりになっているんです。それ以上彼女を隔離する理由がなかったので、わたしは彼女を外へ出しました。この疫病の原因をつきとめる一助になるかもしれないと思い、わたしは彼女の望みどおりにすることにしたんです。その――自由に病室へ出入りできるようにです。もちろん、念入りに防疫処置をし、検診を怠りませんでした。記録がありますので、見ていただいてけっこうです。でも、何度出入りしても、彼女は発病しませんでした。彼女は、患者たちとじかに接することによって、彼らを元気づけているのです。気がくじけがちな患者たちにとって、彼女は唯一の生きる希望ですらあるのです。もし彼女が患者たちの手をとって直接話しかけなかったら、ある者は失望のためにとっくに――」
「だが、彼女が病原体のキャリアになることだってあるだろう」
「それはもちろんです。その点では弁解のしようがありません」
 マッコイはブースの中で所在なげにしている少女を見つめた。
 あのまま一生ブースの中に閉じこめておくわけにもいくまい。
「くそ! わたしはいったいどうしたらいいんだ」
 マッコイは少女のスキャンの記録を呼びもどした。彼女が患者たちとの接触からなんらかの影響を受けたことを示すものはなにもない。キニーは間違ってはいないのかもしれない。ひょっとしたら、この疫病は過去の一時期に発病した者だけにとどまり、その後は感染しないものなのかもしれない。
「もうしわけありませんでした」
 キニーがうなだれ、そして少女に心配そうな目を向けている。
「しょうがない。彼女を出してあげなさい。ただし、もう一度防疫処置をしてからだ」
「はい」キニーがホーグに指示した。ホーグがスイッチをいれ、ミドリはふたたび白い霧の中にのみこまれた。霧が薄れ、ドアがひらく。少女はくしゃみをしながら飛び出してきて、キニーとマッコイのところへ駆け寄った。
「ドクター、ひどいわ。あの消毒の霧、だいっきらい。二回もするなんて――」
「ミドリ。こちらはドクター・マッコイ。連邦のエンタープライズ号から、わたしたちのためにわざわざ来てくださったんだよ」
 ミドリは髪に付着した白い粉末を払い落とすのをやめ、目をまるく見ひらいてマッコイを見上げた。
「まあ、エンタープライズ号って、あのカーク船長の?」
「そうだよ」マッコイは無理に笑顔をつくった。
「はじめまして、ドクター・マッコイ」少女は白い手をさしだした。「ミドリ・コバヤシです。エンタープライズ号のこととか、いろんな星のこととか、ぜひお話ししてほしいわ」
「あのね、ミドリ、ドクターはコロニーのみんながかかっている病気の原因をつきとめて、みんなを治すためにきてくださったんだよ。そんな話をするためにでは――」
「あら、でもちょっとぐらいいいでしょ」マッコイを見上げる少女の目が輝いている。「わたし、いろんなお話を聞きたいの。ね?」
 マッコイは笑った。
「ミス・コバヤシ」
「まあ、ミドリって呼んでください」
「ではミドリ――きみは怖くないのかい? その――そんな恰好のまま病気の人たちと接して」
「いいえ。だって、みんないい人たちばかりですもの。わたしに病気をうつしたりしないわ」
「いい人からでも、病気はうつるんだよ。質問をかえよう。なぜきみは防疫スーツを着ようとしないのかね?」
「だって、あんなもの着てたら、手を握ってあげられないわ。それに、お話ししても、マイクを通してだから、つまんないもの。そんなの、みんながかわいそうだわ」
 マッコイは反論しかけたが、なにをどう反論したものか見当がつかなくて、キニーに目を移した。
「ドクター――ええと、マッコイ。もう行っていいですか。これからみんなにお菓子をつくってあげるの」
「あ、ああ。そうしてあげなさい」
 少女はふたたび駆け足で医療センターを出ていった。マッコイは呆気にとられるよりほかにしようがなかった。

 
奇蹟(ミラクル)のM


弾射音
連載小説
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2002/7/7

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