第8回



                      8

 エンタープライズは平常を保っている。連邦の各基地から刻々送られてくる通信でも、緊急出動が必要となるほどの事態は発生していないらしい。クリンゴンは中立空域を侵犯せず、ロミュランは地球の貨物船を襲わない。宇宙はいつになく平穏だ。
 ヴェルギリウス第三惑星だけが、未知の疫病との闘いに明け暮れている。
 保安部員のうち二名がコンピュータ記録の調査にとりかかった。レナードはふたたび防疫服に身を包み、医療センターに足を運んだ。
 ドクター・キニーの姿はなかった。ヤングの交代要員の若者が笑顔でレナードを迎え、キニーは自室で休養していることを告げた。レナードはほっとした。いまここでキニーに倒れられたら、非常にまずいことになる。ヤングひとりではマッコイをサポートすることなどまず不可能だからだ。
 すべきことは、山ほどある。
「ミスター・ホーグ」彼はコロニーの前途有望な若者に言った。「臨床検査をしたいのだが。きみはモニタリングはできるね?」
「はい、ドクター。でもその前に、ミスター・トーマスのDNA分析の結果をお知らせするようにとドクター・キニーからことづかっていますが」
「ああ、そうだった。忘れていたよ。モニタに出してくれないか」
「はい」
 レナードはスツールに腰をおろした。仮眠をとる前に採取したトーマスのDNAの分析結果がモニタにあらわれる。
 人類の遺伝子は、何万年ものあいだウイルスの脅威に絶えずさらされつづけ、徐々にその情報を書き換えられてきた。DNAにはその痕跡がいたるところに残っている。現在ではそのほとんどが解読されて、最新のDNAマップにはその位置が明示されている。採取されたDNAとそのマップを照合して、先天的なものを排除したのち、後天的と思われる異常を発見すればいいのだ。理屈でいえば簡単だ。げんに、単純なウイルス疾患はそれで発見されている。そしてその情報をもとにウイルスの特性を判定し、ウイルスそのものを一度も見ることなくワクチンを開発することまでおこなわれているのだ。
 だが、コンピュータはトーマスのDNAについて、後天的異常と思われるものをレナードに提示することはできなかった。彼はエンタープライズのコンピュータを使いたかったが、スポックとまた口喧嘩をするのがいやだったので、それは最後の手段にとっておくことにした。
「ミスター・ホーグ」レナードはモニタに目をやったまま、うしろに立って眺めている若者に言った。「きみは自分が発病しなかった理由について、なんと思うかね?」
「さあ」若者はちょっと困ったような顔をして、肩をすくめた。「たぶん、運がよかったのでしょう」
 マッコイはふりかえってホーグを見あげた。
「きみ、言っておくが、運などというものはないのだ。すべてのことには、理由がある。きみが発病しなかったのにも、明確な物理的理由があるのだ。わたしはそれが知りたい。きみの医療レコードはコンピュータにはいっているかね?」
「は、はい」
「それを見てもかまわないか」
「え、ええ。どうぞ。メイン・オペレーティングからメモリ・センターにアクセスできます」
 レナードはコンピュータにアクセスを命じた。ホーグがパーソナル・コードを入力し、プロテクトを解除する。
 ホーグが席をはずしてべつのモニタにつき、患者の記録をとりはじめた。マッコイは時間をかけて、ホーグの医療記録を検討した。
 ホーグは三年前にちょっとした皮膚の疾患にかかっていた。原因はアレルギー性のものと記録にはある。レナードは彼のアレルギーについての記述に目を通した。つぎに、おなじタイプのアレルギー体質を持つ者が患者の中にいるかどうかを調査した。特定のアレルギーが発病に関係するかどうかを知るためだ。患者のうち、十五名がなんらかのアレルギー体質で、そのうちさらに四名がホーグとおなじタイプのアレルギーに悩んでいることがわかった。アレルギー一般の項目には、キニー自身の所感が記録されていた。彼は再調査の必要ありとしていたが、レナードはこの件に関しては望み薄だろうと思った。
 この未知の疫病は、体質などで人間を差別したりはしないのだ。患者の中には、あらゆるタイプの人間がいる。
 レナードは立ちあがり、透明隔壁のむこうの、病室と化した居住区のほうをふりかえった。
 そして、信じられないものを見た。
 防疫処理ブースにたちこめた霧が晴れ、その中からひとりの少女が居住区の通路に飛び出していった。
 ――白いブラウスと、すこし短めのジャンパー・スカートの少女が。
 防疫スーツも着ず、むき出しの白い腕をふりまわし、髪にふりかかった白い粉を払い落としながら。



奇蹟(ミラクル)のM


弾射音
連載小説
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2002/6/23

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