第6回


                      6


 ひととおり考えがまとまったので、つぎの定時連絡までにキニーと詳細な打ち合わせをしておこうと思い、休憩中にかわいそうだとは思ったが彼を呼びだした。おどろいたことに、彼は居室にいなかった。医療センターに連絡すると、キニー自身がでた。どうやらほとんど休憩しなかったらしい。あるいは、休憩できなかったかだ。ドクター・マッコイはふたたび防疫スーツに身を包んで医療センターに足を運んだ。
 ただついてきただけでは気がひけると思ったのか、保安部員たちも躊躇しながら彼のあとにつづいてセンターにはいった。ドクター・キニーがふりかえって彼らを迎えた。彼のほかに、助手のヤングと、もうひとりの若い男がモニタについていた。
 マッコイとキニーはその場で詳細な打ち合わせにはいった。キニーは万策尽きたとでも思っていたのか、マッコイのプランには全面的に賛成だった。プランの修正はまったく必要がなかった。
 打ち合わせが終わると、マッコイは言った。
「ところで、よろしければ、とりあえず患者を直接診察したいんだが」
「ドクター、大丈夫ですか」すかさず、保安部員のひとりが不安げな顔を彼に向けた。
「大丈夫だ。すくなくとも、きみには感染しないよう、じゅうぶん注意させてもらう」
「いえ、そんなつもりで言ったんでは……」
「ドクター・キニー」それ以上なにかを言うと本気で腹を立てそうな気がしたので、マッコイは彼を無視して若い医者に向きなおった。「よろしいかな?」
「ええ、どうぞ。わたしが立ち会いましょう。ご安心ください、ヤングたちが細心の注意を払っていますので。患者との接触で発病した者はいまのところひとりもいないんですよ」
「第一号の名誉にあずかることのないよう願いたいですな」
 キニーは力なく笑った。ふたりは防疫スーツを再チェックし、防疫処理ブースにはいった。ブースが密閉されると、噴霧処理がはじまる。スーツを防疫剤でコーティングするのだ。噴霧がおわり、霧が晴れると、保安部員たちが心配そうに見まもっているのがガラスごしに見て取れた。マッコイはぶすっとしたまま彼らに手を振ってみせた。
「あけますよ」
 キニーが言い、マッコイがうなずく。キニーが指示をだすと、ヤングら助手がモニタをにらみながらスイッチを入れた。
 軽い音とともに、ブースの隔壁は仮設の病室に向かって開放された。
 短い通路を行き、隔壁に突き当たる。自動ドアがあいて、ふたりは最初の病室にはいった。
 ベッドが六床。痩せこけ、皮膚に斑点の浮きでた男女が力なく横たわっている。レナードは部屋の入口に立ち止まり、彼らをざっと見わたした。
 最初の印象では、ごくありふれたウイルス性疾患に見えた。人類の歴史は、ウイルスとのいたちごっこの歴史だったと言ってもいい。人類はその英知を傾け、つぎつぎに繰り出される新手のウイルスとまさに死闘を演じ、膨大な犠牲者をだしながらありとあらゆるウイルスに勝利をおさめてきた。だが、ひとつのウイルス病が克服されると、すぐにつぎの、もっとやっかいなウイルスがどこからともなくあらわれる。黒死病はいつの時代にもあったし、いまでもそうだ。ヴェルギリウス第三惑星を襲った病がウイルス性のものだとすれば、さほどめずらしいタイプのウイルスではなさそうだ。免疫性を低下させるウイルスは過去にもいくつかあった。エイズしかり、ラピードしかりである。それらはすべて過去のものとなったが、いままた、おなじタイプの効果を持つウイルスがあらわれたのだ。医学は進み、たとえ免疫性が低下しても、人工免疫などの生命維持サポートシステムのおかげで、このタイプのウイルス性疾患は死病ではなくなったが、患者の苦しみがかるくなったわけではない。そして、ウイルスを発見してとことん調査しないかぎりは、はたして免疫性低下だけがその効果であるとは断言できないのだ。ひょっとしたら、こんなものはほんの序の口かもしれない。
 ドクター・キニーがいちばん奥のベッドを指さした。
「採掘技師のトーマスです。最初に発病したグループのひとりですが、診察なさいますか」
「ああ」
 キニーがさきに立って、トーマスのベッドに近づいた。四十代なかばぐらいの、痩せこけた男が首をめぐらし、ふたりにどんよりとした目を向ける。顔の皮膚はかさかさで、おびただしい数の細かい赤い斑点が浮きでていた。顔と首に刻まれた深い皺が、まるで亀裂のようだ。
 枕もとに立つと、彼はシーツの下から手をだして、キニーにさしのべた。キニーはごついグローブでそれをぎゅっと握った。
「気分はどうだね、トーマス」
 マイクを通したキニーの声よりもくぐもった不明瞭な声で、トーマスはこたえた。
「ひどい。すごくひどいよ。毎日どんどんひどくなっていく。いまじゃ、死ぬのが待ち遠しいくらいだ」
「弱音を吐いてはいけない。いいニュースがあるんだ。こちらはドクター・マッコイ。連邦のエンタープライズ号から派遣されて、ここへいらっしゃったんだ。とても優秀なお医者さんだよ。そして、すばらしい医療機材ももってきてくださったんだ。きっと、きみたちのこの病気の原因をつきとめてくださる」
 トーマスはマッコイに目を移した。
「ドクター……」
「マッコイです」
 彼はトーマスの手を握った。力をいれないよう注意しないと、グローブのなかで粉々になってしまいそうな手だった。
「いちおう診断をさせていただきますが、よろしいですね」
 トーマスがかすかにうなずいた。頭上のグラフディスプレイを一瞥してから、レナードはサイド・パックから医療用スキャナをとりだし、まず彼の頭から走査をはじめた。高熱による機能低下以外に、異常は認められない。鼻、喉、胸へと、スキャニングしていく。典型的な熱病以上のなにも、スキャナは表示しなかった。熱分布にも、とくにかわったところはない。骨髄もひととおり走査したが、免疫性低下のほかに関連するものを見つけることはできなかった。
 マッコイはスキャナのスイッチを切ってパックにしまった。
「ドクター」彼はキニーに言った。「ミスター・トーマスのDNAサンプルを採取したいのだが。つまり、最新のものという意味で」
「ええ、かまいません。トーマスはサンプリングされていますので、あとでデータと比較なさるといいでしょう。しかし、これまでのところはなんの変化も見つかってはいませんが」
 なるほど。ではやはり、ウイルス以外の原因を考えておく必要があるということか。だが、すべてのセクタが走査されたわけではないだろう。時間はかかるが、スタッフにもういちど徹底的に分析させる必要がある。
 キニーがトーマスの耳たぶから細胞を採取し、シリンダーを部屋のすみのコンソールのプラグにさしこんだ。
「ヤング」キニーがマイクに話しかける。
「はい、ドクター」
「トーマスの新しいDNAサンプルだ。さっそく分離して、走査してくれ」
「わかりました」
 キニーはマッコイをふりかえった。
「ほかの患者もご覧になりますか」
「ええ。そうさせていただけるとありがたい」
 もういちどトーマスの手を握り、元気づけて、ふたりはさらに奥の病室へ進んだ。
 だが、何人患者を見ても、キニーが調べあげた以上のことはなにひとつ発見できなかった。
 これはほんとうにやっかいなことになったぞ。医療センターにもどり、ブースで念入りに防疫処置を施されながら、ドクター・マッコイは思った。こうなったら、健康な者を含めて、入植者をひとり残らず調べる必要がある。そして、リチウム坑道や遺蹟も調査するのだ。
 だが、たった八日では、そんなことはとうてい不可能だ。マッコイは途方にくれながら居室へひきあげ、スーツを脱いでベッドにからだを投げ出した。
 つぎの定時連絡の時間が迫っている。彼はカークとスポックの顔を思い浮かべ、自分がますますいらいらしはじめたのに気づいた。


奇蹟(ミラクル)のM


弾射音
連載小説
(C) 2002 Dan Shannon. All rights reserved



2002/6/2

Ads by TOK2