第4回


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 エンタープライズからの指示を忠実にまもって、ドクター・キニーはコロニーの居住区を隔壁で完全に遮断していた。時間がたたなければ確実なことはわからないが、逆ビームによるエンタープライズ内の汚染はどうやら避けられたようだ。キニーは挨拶もそこそこに、マッコイら一行をとりあえず健康な者たちが寝泊まりしている一角へ案内した。
 防疫処理室を通過し、調度がじゅうぶんにそろわない、狭い部屋にはいると、キニーはヘルメットをとった。
「まあ、おかけください」
 おなじようにヘルメットをとったマッコイと保安部員たちに、椅子を指し示す。彼らはテーブルにヘルメットを置いて腰をおろした。
 マッコイはなかばうなだれて髪を掻きあげたドクター・キニーの顔に目をやった。やつれているせいで彼より年上に見えるほどだが、まだ三十代なかばだ。疫病が発生してからの三十日は、キニーにとってこれまでの人生よりも長く感じられたにちがいない。
「なにかお飲みになりますか」
 キニーがふらつく足で立ちあがって部屋のすみのカウンターへ行こうとするのを、マッコイは手で制した。
「どうか気を遣わずに。それより、現状を報告していただきたい」
「通信でお話しした以上のことはありません」キニーはしぶしぶ椅子にもどった。「今回の疫病の全記録はコンピュータで呼び出せますが、概略はすでに報告いたしました。率直なところ」彼はマッコイに身を乗り出し、深刻な目で彼を見据えた。「どうお考えですか、ドクター。つまり、ドクターのご診断は?」
「まだなんとも言えませんな。実際に患者を見せていただかないことには。それより、ドクター・キニー自身の診断はどうなんです?」
 キニーは肩をすくめた。
「なんとも。免疫性の低下以外、なにもわかりません。体液サンプルの分析、神経系走査、循環器系のチェック、DNA分析、その他あらゆる検査をしてみたんですが、なにひとつでてきません。ウイルスかバクテリアなら、見逃すはずはないんですがね。つまり、われわれの医学知識からすれば、彼らは健康体そのもののはずなんです」
「ふむ」
「ご自身で記録をチェックなさいますか?」
「いや。それよりもまずこの目で患者を見ておきたい」
 マッコイがそう言うと、キニーはさっそく立ちあがった。ふたたび少しふらついたのでマッコイは心配になったが、疲れているだけの人間より患者のほうを心配しなければならない。キニーにはひととおり患者を見せてもらってから休息をとらせることにして、彼はキニーのあとにつづいて部屋をでようとした。保安部員たちはいちおう立ちあがったが、ためらっている様子だった。マッコイは彼らにしかめ面を向けると、手振りですわっていろと指示し、ヘルメットをかぶって通路をキニーのあとについていった。
 隔離された居住区のとなりに、臨時の医療センターが設置されていた。大急ぎで機材を搬入し、その後も治療に忙殺されたと見え、室内はひどく雑然としていた。機材自体も、旧式のものだったり、必要なものがなかったりした。
 医療センターには防疫スーツを着た三人の若者が患者をモニタしたりコンピュータで分析をしたりしていた。
「健康な者は、あとふたりいます。いまは非番ですので、自室で休んでいますが。医学知識があるのはヤングだけです。ロジャー、ちょっときてくれ」
 スキャナのディスプレイを覗きこんでいた若者がふりかえり、こちらへ歩いてきた。
「助手のロジャー・ヤングです。こちらはエンタープライズのドクター・マッコイ」
「どうも」
 ヤングがさしだしたグローブを、マッコイは握りしめた。
 キニーが言った。
「患者はすべてモニタしていますが、コンピュータの容量が小さいので完全にカバーしきれているとは言えません。数人の患者をサンプリングして完全な記録を作ってはいますが。ご覧になりますか?」
「ああ」
「こちらです」
 ヤングが指し示したコンソールに、マッコイは近づいた。マルチスクリーンで患者の顔と全身を映しだしたディスプレイと、その下にその患者の状態を示すグラフを表示するディスプレイ。マッコイはスツールに腰をおろしてそれをしばらく見まもったが、表面的な症状以外はなにもわからなかった。居住区にはいっていって直接この目で患者を診断し、あらゆるチェックをこの手でしないことには、なんとも言えないだろう。それでもなにか新しい事実が発見できるかどうかは、はなはだ心許ない。いちおうの機材はもってきたが、キニーだって医者としては有能なはずだ。彼の記録と照合しても、なにかがでてくる可能性は少ないだろう。
 マッコイは患者のモニタもそこそこに、準備してもらった居室へ案内してもらうことにした。調査のプランを立てなくてはならないし、キニーにも休息をとらせる必要がある。保安部員の精神衛生も考えなくてはならない。患者たちの発病前の行動記録と、健康な者たちとの比較も含め、まずはありとあらゆるデータを調べるつもりだった。

 
奇蹟(ミラクル)のM


弾射音
連載小説
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2002/5/19

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