第2回

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ヴェルギリウス星系に到着するまでのあいだ、ドクターはミスター・スポックが用意してくれた当該惑星に関する資料を検討した。個人的感情がどうあれ、カークは彼の上官であり、職務は職務だ。もっとも、いやなことを忘れるために強いて職務に没頭しようとしたのも事実ではあった。
 だが、資料を読み進むうちに、彼本来の野次馬根性に似た好奇心と職業的興味がふつふつとわきおこり、苛立ちと当惑が少しは薄らいでくれたのも事実である。
 ヴェルギリウス第三惑星は三十年ほど前に発見された、貴重な地球型惑星のひとつだった。数次の探査を経て、コロニーが開設されたのは十四年前だ。入植はこれまでのところ四度にわたっておこなわれ、現在の入植者は二十五家族、七十二人である。エコー診断などによる物理探査では、地下深くリチウムの鉱脈があるとされており、第一次入植後ただちに採掘が開始された。
 だが、地下七百メートルまで掘り進んだ時点で採掘は中断された。広範囲にわたる遺蹟が発見されたのだ。遺蹟に関する膨大な資料に目を通す時間はマッコイにはなかったが、当時、遺蹟の発見が大きな話題になり、彼もおおよそのことは憶えていた。遺蹟を築いた先住民たちの化石も発見されている。地球人によく似た、炭素系のヒューマノイドだ。もっとも、損傷がはげしいので詳細まではわかっていない。
 遺蹟自体は、彼らがごく単純な機械文明まで到達していたことを示している。ただ、地球人とは思考形態や習慣などが著しく異なっていたようで、用途を特定できないものが遺蹟の大部分を占めていた。たとえば、どの都市の中央にも数千万の断片で形成された陶器質の巨大な卵型の球が設置されており、それがどんな機能や意味をもっていたのか、まだはっきりとは解明されていない。彼らがのこした文字はとっくに解読されているが、それでも地球人にとっては意味不明の内容が多く、その球に言及している部分すら、まだよくわかっていないのが実情だ。
 第三、第四の入植の際には、惑星考古学者、言語学者、比較人類学者、古生物学者たちがおおぜいはいっているが、研究は思うようにはかどってはいない。逆に、遺蹟調査のせいで採掘技術者がじゅうぶんな数だけ入植しないまま現在にいたってしまい、本来の目的であるリチウム鉱山開設も遅れに遅れているありさまだ。加えて、過酷な気象条件と地理的要因が、入植者たちを気象改造と居住環境整備にしばりつけてしまっている。
 とどのつまりは、遺蹟のなかのさまざまな構造物や先住民たちの滅亡の原因は、まだほとんどわかっていないのだった。
 そして、報告によれば、原因不明の疫病は三十日前に発生し、入植者たちのあいだにまたたくまにひろがり、現在では七十二人のうち六十五人が冒され、高熱と嘔吐と下痢のためにベッドの上でなすすべもなく苦しみながら衰弱しつつあるとのことだった。
「スポック」マッコイはUSSエンタープライズの副長に言ったものだ。「この古代の遺蹟と、今回の疫病の流行とのあいだには、なにか関係があると思うかね?」
「論理的に言って、その可能性はじゅうぶんにありますね」
 バルカン人は無表情でこたえた。
「つまり、先住民の唐突な滅亡の原因は、いまコロニーの連中がかかっている病気だったということか?」
「そうです。あくまでも可能性ですが」
 マッコイは唇の片方を歪めて笑った。
「じゃあ、なぜその病気が何万年もたったいまごろ流行しはじめたんだ? しかも、連中の古参の者たちは入植して十四年にもなるんだぞ」
「彼らが遺蹟のある部分を調査したことによって、病原体を解放あるいは活性化させてしまったと考えることができるのではないでしょうか。そして、潜伏期間も考慮にいれる必要がありますね」
「なるほど」レナードは眉間に皺を寄せて顎を撫でた。「だが、いちばん新しい者たちは入植して五年もたっていないんだ。古い者も新しい者も、ほとんど同時に発病している。潜伏期間を考えるにしても、あまりにも差がありすぎるんじゃないかね?」
「では、最後の入植ののちに感染がはじまったと考えるべきではないでしょうか。もっとも、これがウイルス性あるいはそれに類似したものとした場合の話ですが」
 マッコイはふたたび皮肉な笑みを顔に浮かべた。
「それはあまりにも御都合主義だな」
 スポックは片方の眉をあげただけで、まったく表情を変えずにこたえた。
「いいえ。ごく論理的に推論した結果です。いずれにせよ、これはわたしの専門外のことです。病気のことなら、ドクターのほうがはるかに詳しいのではありませんか? すくなくとも、地球人がかかる病気に関してはね」
 ドクターは右手を下に振った。
「きみならウイルスのほうが逃げていくだろうよ。ああ、地球人専門の医者でよかった」
 これで、スポックとのやりあいはおわりだった。ヴェルギリウス星系が近づき、ミスター・スポックは天文チェックに両目と両手をふさがれてしまった。スポックとのやりあいにうんざりしたときにレナードをほっとさせてくれる、地球人的な意味でいつも冷静さをうしなわない主任機関士のスコッティも、いまはメイン・エンジンにかかりっきりだ。ドクターは防疫システムや医療機材の最終チェックと、通信で送ってもらった入植者たちの病歴の再検討にとりかかることにした。



奇蹟(ミラクル)のM


弾射音
連載小説
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2002/5/5

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