第8回


 その日最後の授業がおわり、あたしはあわてて部室にとんでいった。秋代と美幸とはるかはすでにきていたが、さおりの姿はない。あたしたちはいらいらしながら待ちつづけた。そのうちに受験勉強で忙しいはずの三年生もちらほらやってきて、あたしたちはあきらめてしぶしぶコートにはいり、練習をはじめた。
 さおりは数十分もたってから堂々とした足どりで体育館にはいってきた。
「おう、遅いぞ」
 顧問の田中にそう言われても彼女は動じるふうもなく、すんまへんと言っただけでレシーブの練習に加わった。なにも言わずに、すました顔で淡々と練習をつづける。ときどき一年生をしごいて楽しんでいた。
 やっと練習が一段落し、あたしたちは体育館のすみにかたまってさおりをとりかこんだ。
「わかったぞ」
 さおりは言った。
「え? ほんと?」
「すっげー。やるじゃん」
「で、なんて?」
「うつなぢこどううきり、いかすみけあぎくせすとけろちり、たろどいくりもれ――だとさ」
「は?」
 みんなは目をまんまるにしてしまった。
「なんだ。あんたら、まだへりろち語をマスターしとらんのか。一度だけでいいから、青島くんがキスしてくれたら、それであきらめる――佳子はそう言ったんだ。いちいち通訳させるんじゃない」
「キス?」
「ふえー」
「あんびりーばぶる」
「あいつ、けっこう大胆なこと言うんだあ」
「感想はいいから」
 あたしは言った。
「じゃ、どうすんのよ」
「きまってるじゃないか。イカスミをひっぱってきて、佳子にキスさせるんだよ。ひひひ」
「そうかんたんに言うけど」
「でも、それしか方法がないなら、なんとかしなきゃ」
「どうやって」
「首に縄つけてひっぱってくるか」
「あいつ、身長が百八十五センチもあるのよ」
「なにか弱みのひとつぐらいあるでしょう。それをネタに脅迫するのよ。だれか、イカスミの弱み知らない?」
「むちゃ言わないでよ。あたしはまだ恐喝罪で捕まりたくありましぇん」
「あのね」
 あたしはみんなをずいっと見まわした。
「いいかげんにしてよ。眠りの森の美女じゃないんだからさ、そんなまじないみたいなことで佳子のノイローゼがかんたんになおるとは思えないわよ。だいいち、イカスミにむりやりキスさせられるわけないでしょう」
「だけど、佳子自身が言ったのよ」
「でも、それはあくまでも彼女の希望であって」
「そうは言うが、やってみるだけの価値はあると思うぞ」
「そうよそうよ。それでだめなら、またほかの方法を考えればいい」
「しかし、どうやってイカスミにキスさせるかが大問題だ」
 あたしは頭をかかえた。まったく、みんな、なにかかんちがいしてるんじゃないだろうか。
「どこにキスさせるかも問題よね」
「眠りの森の美女の場合は、おでこだったっけ」
「ほっぺただったような気もする」
「いやちがう。きっと、口のなかに深くふかあく舌をさしいれたにちがいない。あるいは、頭のてっぺんから足の爪先まで、えっちなところも含めて、ぶちゅぶちゅキスしまくったんだろう。それくらいしなきゃ、魔法かけられて寝てたやつがおいそれと目をさますはずがない」
「眠りの森の美女はどうだっていいのよ。どうせ佳子とは月とスッポンなんだからさ。佳子自身の希望がいちばん肝心なのよ」
「さおり、そのへんはどうなの?」
「どこにキスしてほしいかまでは聞かなかった」
「なんだ」
「すまぬ」
 てなぐあいに、あきれてほっといたら、どんどん話がすすんでしまった。四人はいかにして青島にキスをさせるか、ああでもないこうでもないと画策している。あたしはたまりかねて叫んだ。
「ほんとのことを言えばいいじゃないのよ」
「へ?」
「だから、イカスミのやつに事情をありのままに説明するのよ。そのうえで、説得するの」
「うーむ」
 みんなは腕組みをして考えこんでしまった。
「うまくいくか?」
「姑息な手を使うよりはよっぽどマシよ」
「そりゃ、そうだが」
「だましたほうがいい。どうせイカスミはあわれな少女をかんたんにふるような極悪非道の冷血漢なんだから」
「あのさ。ガキじゃないんだからさ。あたしたちの浅知恵でかんたんにだませると思ってるの」
「それもそうだ」
「このさい、真正面からあたって砕けるか」
「砕けちゃだめだってば」
「よし。そうときまったら、善は急げだ」
「イカスミを拉致しよう」
「なに言ってんのよ、もう!」
 あたしは思わず立ちあがった。それが合図になってしまったみたいに、ふたたび練習がはじまった。
 あたしはちょっとほっとした。
 だが、ほっとするのははやかった。
 秋代と美幸とはるかとさおりは、練習をしながら顧問の田中や三年生たちにわからないように、ひそひそ声で相談をつづけるしまつ。まったく、こういうことだけはうまい連中なんだ。とうぜん、あたしも部外者ではいられない。とにかく部活がおわったら青島を探しだして、説得工作にのりだすことに話がまとまってしまった。
 こうなったら、あたしもやけくそだ。とにかく、さおりの言うとおりにやってみるしかない。だったら、はやいほうがいいにきまってる。すくなくともこの週末のうちにはなんとか実行して、はやいとこ佳子のへりろち語をなおして、来週からちゃんと学校にでてこられるようにしてやりたい。
 あたしたちは体育館を見わたした。男子バスケット部の連中の姿はない。きょうは外で練習になったらしい。街なかをランニングしているか、グラウンドで特訓をしているかだ。
 部活がおわると、あたしたちはあとかたづけを一年生にむりやり押しつけて部室にもどり、信じられないスピードで制服に着替えてグラウンドにとびだした。
 バスケット部はグラウンドにいた。おおかたのクラブは部活をおえて帰宅の準備にかかっているのに、まだ練習している。あたしたちはバスケット部の部室の裏にかくれて、待機した。
 彼らがひきあげてきて帰り支度をはじめるのを、あたしたちはしんぼう強く待った。
 そして、イカスミが部室からでてきたところにとびだしていって、いっせいに彼をとりかこんだ。

へりろち


弾射音
連載小説
(C) 2002 Dan Shannon. All rights reserved



2002/3/30

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