第7回


 つぎの日は、金曜日。あしたは学校が休みだ。
 佳子は三日連続で欠席。お昼休みに、秋代と美幸とはるかとさおりとあたしはお弁当もそこそこにして、それぞれの教室からとびだし廊下のすみっこにかたまってひそひそこそこそ相談をつづけた。
「とにかく、佳子もこのままずっと学校休みつづけるわけにゃいかんぜよ」
「でも、あんな状態のままじゃ、先生の話だってぜんぜん理解できないだろうし」
「それ以前の問題よ。みんなの前であんなわけのわかんない言葉しゃべったら、あっというまに大騒ぎになって、うわさがどっとひろまるわよ」
「いじめの対象になるかもね」
「なんとかしなきゃ」
「どうすんの」
「だから、あいつのへりろち語をなおしてやるのだ」
「どうやって」
「知らん。わからん。あんたにわかるのか」
 うーむ。やっぱり収拾がつかない。
「ねえねえ」
 イクラ――じゃなかった、秋代が言った。
「言葉が通じなくてもさあ、とにかくなんでもいいからあ、学校にひっぱってきたら? ショック療法っていうのかなあ、ふつうの日本語の洪水にさらされたらあ、あんがいすぐにもとにもどるかもしれないわよ」
「でも、よけいにノイローゼになっちゃったらどうすんのよ」
「いや、秋代の言うことにも一理あるような」
「病気かなにかで喉を傷めたことにして、あいつ自身がなるべくしゃべんないようにしたら、なんとかなるんじゃないの。すくなくとも、かたちだけは」
「そうよそうよ。とにかく出席だけしてれば、とりあえずいいんだから」
「水銀のんで喉がつぶれたことにするか」
「むちゃくちゃ言わないでよ」
「でも、それ、いい案だな。清田やほかの先生たちにも事情を話す?」
「教師なら、なんとか協力はするだろう」
 あたしはみんなの話を聞きながら、腕組みをして考えつづけた。
 それから、はたと気づいた。
「ちょっと待った」
「どうしたの、美登里」
「ひとつ、気になることがある」
「なんじゃ? 申してみよ」
「あのね」
 あたしが言うと、みんなはあたしにぐんと顔をちかづけてきた。
「へりろち語って、ただ単にわけのわかんない言葉になるだけじゃないでしょう。たとえば、秋代は『イクラ』になっちゃったでしょ?」
「うんうん」
「そうだそうだ」
「さおりは『しかる』だった」
「ほっとけ」
「聞いて! だから、あいつがなにかしゃべって、それがただ意味のない言葉だけだったらいいけど、なにかとんでもないこと口走ったりしたら、ちょっと困ると思うんだ」
「そうだな」
「怒りだすやつもいるかもしれん」
「あいつにまったく口をきかないようにさせるわけにもいかんだろうし」
「うんうん」
「たとえば、先生たちの名前だけど」
「うちの担任の久保は?」
「『けま』だな」
「意味なしね」
「じゃあ、3組の木部は?」
「木部は……『くぼ』だ」
「ひえ。ややこしい。こんがらがりそうだ」
「秋代のクラスの担任のヒステリーばばあの倉知はどうなる」
「『けりつ』だな」
「あ、いやな予感が――美登里と佳子のクラスの担任はたしか清田だったよね?」
「うん。清田は……『くらち』だ」
「混ざる! 頭んなかが混ざる!」
「人間どうしだけじゃないぞ。人間と動物も混ざる」
「たとえば?」
「母は『ひひ』で、兄は『いぬ』だ」
「もうやめて! 脳ミソがぐぢゃぐぢゃになっちゃう!」
「清田と倉知ってさ、たしかすっごい仲が悪かったじゃん? 倉知と名前まちがえられたと思ったら、清田のやつ、お尻ぷりぷり振って怒髪天をついちゃうよきっと。あいつ、ねちねちしつっこいからさ、佳子をいびって、差別して、むちゃくちゃな成績つけて、あげくのはてに自殺に追いこむかもしれない」
「そりゃヤバい」
「ちょっとおおげさな気もするけど」
「いや、清田ならじゅうぶんありうる」
「そうだそうだ。あいつはサドだ。教師にならなかったら、きっとSMの女王様になってたにちがいない」
「佳子に靴をなめさせるってか?」
「んなばかな」
「ありうるってば。清田なら」
「うーん。こりゃ、へりろち語がなおるまでとりあえず佳子は学校に出てこないほうがいいな」
 というわけで、とにかく佳子のへりろち語をなんとかするのが先決ということになった。だが、そこからはなかなか話がすすまない。
「なんとか佳子に理解させて、頭のなかで一文字ずつ変換させるしかないよ」
「ワープロじゃあるまいし。むりよ」
「あの様子じゃ、ぜったいに理解できないぞ」
「ワープロか。それいいアイデアだな。いっそのこと、ふつうの日本語とへりろち語を自動的に変換する翻訳プログラムをつくって、佳子にノート・パソコン持ち歩かせるか」
「だれがプログラムをつくるのよ」
「あたしたち、だれひとりできないわよ」
「美登里のアニキはどう? たしかパソコンやってたし」
「そうだそうだ」
「だめよ。うちのアニキはゲームやるだけで、プログラムなんかできないみたい」
「なんだ。ただのSFおたくだとは聞いていたが、パソコン・ゲームおたくでもあったのだな」
「うちのアニキのことはほっといて」
「専門のプログラマーに頼むか」
「でもそいつがへりろち語をネタにあたしたちをゆすったりするかもしれないぞ」
「いやらしいことを迫られるかもしれない」
「ブルセラ?」
「いや。それだけはいや」
「あんただけはだいじょうぶだ」
「だいいち、お金かかるわよ」
「却下」
 てなぐあいだ。
「ちょっと。バカ話はいいかげんにして、もっと真剣に考えようよ」
「じゃ、どうする」
「とにかく、へりろち語をなおすことだけ考えよう」
「とは言っても」
「美登里のアニキが言うように、病院へつれてく?」
「医者も困りゃしないか?」
「なにしろ、前代未聞の病気だからな」
「でも医者なら、とりあえずはなんとかしようとするでしょ?」
「いや、待って。考えてもみてよ。たぶんこれはものすごくめずらしい病気だと思うのよね。だからさ、医者のやつがめちゃくちゃ興味示して、ひょっとしたら研究対象にしちゃうかもしれないわよ」
「あ、そうか」
「論文書いて? 学会で発表して?」
「ノーベル賞かなんか、とろうとするかな」
「佳子は一躍有名人になってしまう」
「脳みそを解剖されるかもしれない」
「それはいかん」
「じゃ、病院も却下だ」
 あたしはうんざりして、全身の力が抜けてしまった。
「じゃ、とにかく、病院は最後の手段ということにして」
 あたしは言った。
「そうなると、あたしたちだけで彼女をなんとかしてあげなくちゃならなくなるわよ」
「そりゃそうだ」
「友だちだもんね。鬼のような先輩たちのシゴキにいっしょに耐えてきた仲だ」
「でも、いったいどうしたらいいの」
「美登里が言ってたじゃん。ほら、美登里のアニキの話。青島が原因なんだから、青島に責任とらせるっての」
「イカスミに? これ、あいつの責任かなあ」
「とにかく彼女にショック与えたんだから、いちおう責任あるわよ」
「ただの横恋慕じゃないのか」
「じゃあ、どうやってイカスミに責任とらせる?」
「佳子とくっつけよう」
「いまのガールフレンドと手を切らせて?」
「そうだそうだ」
「それがいやだってイカスミが言うなら、このさい、ふたまたでもいい。佳子はきっと、それでもいいと言うにきまってる」
「うう。これはきっと略奪愛に発展するぞ」
「血を見るぞ」
「地獄だ。修羅場だ」
「だめだめ!」
 あたしは両腕をふりまわして叫んだ。
「略奪愛も却下!」
「だったらもうどうしようもないじゃないのよお」
「そうよそうよ」
「あのな」
 さおりがドスのきいた声で言った。あたしを含め、みんなが思わず彼女に注目する。
 彼女は両手を腰にあてて怖い顔をしていた。
「なにが望みなのか、佳子本人に訊けばいいだろが」
「へ?」
「あたしたちがここで勝手にいろんなこと想像してごちゃごちゃ言ってたって、なんにも解決せんだろう。あんたら、そんなこともわからんのか」
「うぐ……」
「じゃ、その、佳子本人からどうしてほしいのか聞きだして、そのとおりにしてあげれば、へりろち語もなおると」
「百パーセント確実とは言わん。だが、ここで勝手なこと言いあってるよりははるかにいいんじゃないのか」
「なるほど」
「そ、それもそうね」
「あんた、たまにはいいこと言うのね」
「だてに水戸黄門を毎週見てはおらん」
「もうちょっとはやく言ってほしかったけどね」
「むりだ。たったいま思いついたんだから」
「がくっ」
「だけど、どうやって聞きだすのよ。あいつ、へりろち語のままなのよ」
「いまから拙者が佳子に電話して聞きだしてまいる」
「へ?」
「まかせとけ」
 そう言うなり、さおりはすたすた廊下を歩き去りはじめた。
 彼女はあたしたちに背を向けたまま、手を振って言った。
「もうすぐ授業がはじまるから、おぬしらは教室にもどれ。結果は放課後にクラブで報告する」
 みんな、唖然として彼女のうしろ姿を見送るばかりだ。四人とも、もうなにも言うことができなかった。
 始業のベルが、廊下にけたたましく鳴り響いた。





へりろち


弾射音
連載小説
(C) 2002 Dan Shannon. All rights reserved



2002/3/23

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