第10回


                     15

  次の日の帰り、久しぶりに翠はたまり場に行った。帰りになると前のクラスの仲間が何となくみんなそこに集まってきて、一緒に帰るのだった。道子や理恵子たち数人がいた。 翠は懐かしさでいっぱいになった。たまり場にこそ、ここ数日御無沙汰していたが、道子や理恵子にはほとんど毎日会って言葉を交わしている。それなのに、改めてたまり場で会うとこんなにも懐かしいのだ。
「今日は翠ちゃんの好きな抜けるような青空の日よ」
 理恵子が言った。翠は空を見上げた。雲一つない青い青い空が広がっていた。ここ数日、何となく気分が沈んでいて、空の青さに無頓着だったことに翠は気付いた。
「本当。抜けるような青空ね」
 翠はさわやかに言った。この空を見て、今日は弥生との気まずさも吹っ飛びそうな気がした。そういえば、弥生と腹心の友の誓いをしてから、もうすぐ一年になる。あの時も、こんなに青い空が広がっていた。
 翠はたまらなく弥生が恋しくなった。この空の下で弥生と会いたいと思った。
「弥生さんは?」
 翠は尋ねた。
「最近、あまり現れないのよ」
 道子が言った。翠の顔が曇った。何となく気まずくてたまり場を避けていたのは自分だけではなかったらしい。今日弥生に会えたなら、心からの喜びを込めて話せるだろう。いや、そうしなければならない。弥生は大事な腹心の友なのだから。あんな素晴らしい友人にはもう絶対に会えないだろう。 翠はたまり場で楽しくおしゃべりをして過ごしたが、なかなか弥生は現れなかった。

「そろそろ帰ろうよ」
 道子が言った。今日こそ、楽しい時を取り戻せると思ったのだが、明日に順延になりそうだ、と翠は思った。その時、道子が言った。
「弥生さん」
 翠はとっさに振り向いた。弥生が小走りにこちらにやってきた。
「弥生さん」
 翠は嬉しそうに声をかけた。弥生は、一瞬足を止めて、顔を上げ言った。
「あ・・・」
 弥生は翠の姿を認めたはずだった。見上げた目は真っ赤だった。ハンカチを持つ手が震えていた。びっくりして、翠が見ていると、弥生は再びハンカチを目に押し当てながら、足早に教室の方へ行ってしまった。翠たちは呆然とそれを見送っていた。
「どうしたんだろう」
 理恵子が翠の方を見て言った。
「さあ」
 翠が首を振った。
「泣いてたよね」
 理恵子が再び同意を求めるように言った。 翠はうなずいた。返す言葉がなかった。弥生の教室に行ってみようかと思った。そして、何があったか聞いてみようか。
 だが、翠の足は動かなかった。ここ数日間、弥生と疎遠だったことが気になっていた。青い空の下で、さわやかに再会するはずだった。まさか、弥生の泣き顔にお目にかかるとは思ってもいなかった。翠の心は重くなった。
「少し待ってみましょうよ」

 翠は言った。理恵子たちがうなずいた。弥生が出てきたら、何があったのか聞いてみよう。きっと話してくれるはずだ。
 しばらくして弥生は帰り支度をして出てきた。手にはまだハンカチを持って時々顔に当てていた。翠は、弥生の方へ足を進めようとした。このたまり場に弥生を温かく迎えるつもりだった。と、弥生は道子に近づいた。そして、二言三言ささやくと、さっさと歩きだした。道子は困ったように翠たちの方をちらっと見ると、弥生を追って歩きだした。翠たちは、すっかり無視された形になった。理恵子が、驚いた表情で翠を見た。翠は唇を噛んだ。
「帰りましょう」
 翠は低い声で言った。理恵子たちは、翠と一緒に歩きだした。
 翠たちは、少し間をあけて弥生と道子の後を歩く格好になった。歩いている間中、弥生はしきりにハンカチを目に押し当てながら道子に話しかけていた。決して後ろは振り返らなかった。
 翠は、一言もしゃべらずに歩いた。異常な雰囲気に気押されたのか、理恵子たちも全くしゃべらなかった。まるでお通夜の行列だった。
 いつも別れるところに来ても、弥生は振り向くこともせずに道子にだけさようならを言い、去って行った。道子が途方に暮れたような顔をして、翠たちを待っていた。
「先生とトラブルがあったんですって」
 道子が言った。それに答える者はいなかった。

 翠ははらわたが煮えくり返るようだった。 弥生は完璧に翠を無視した。しかも、みんなの目の前で。いつも、みんなの前で翠のことを恥ずかしくなるくらい持ち上げていた弥生なのに。それが、今日は見事に翠を無視したのだ。
 腹心の友の誓いをしようと言ったのは弥生だった。腹心の友は何でも語り合うのだといつも弥生は言っていた。それなのに、泣いていた理由を語るどころか、心配していた翠の心を踏みにじったのだった。
 翠のプライドはズタズタだった。人間はプライドを持たなければ駄目だと弥生は言っていた。翠の良い点を見つけて、弥生は翠に過剰なくらいのプライドを植え付けてくれた。そして、今日弥生はその手で翠のプライドを切り裂いた。

ドレミの歌を歌った頃


桐生 梓
連載小説
この小説はフィクションです。

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2002/12/8

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