第8回

                      11

 三年になってクラスは変わった。翠も弥生も、トラップファミリーシンガーズを作った仲間も、みんなバラバラになってしまった。 新しいクラスは、第一印象でなじめない、と翠は思った。今までのクラスが良すぎたのかもしれない。今度のクラスでは、英語の歌をのんびりと歌う雰囲気ではなかった。

 早速、翠は顔見知りだった子と小さなグループを作って、新しいクラスの中で友達作りで乗り遅れないように防御線を張った。新しい仲間は、今までの仲間に比べればごく普通の女の子だった。話すのは男の子のこと、アイドルのこと、ファッションのこと、テレビのこと。特別に才たけた子もいなければ、特別に問題のある子もいない。弥生のように社会や文学を語ることもほとんどなかったし、ロマンや夢の世界に浸り込むこともなかった。適度に現実的で、適度にミーハーなどこにでもいる女の子たちだった。 

 クラスが変わっても、前のクラスの仲間たちとは毎日というほど顔を合わせていた。放課後に、思い出の裏庭に行ってドレミの歌を歌ったこともある。時が経つにつれて、みんな多かれ少なかれ自分のクラスに順応せざるを得なかったが、それでも心のどこかで固い絆で結ばれた前の仲間を求めているようだった。翠もそうだった。人一倍その思いが強かったかもしれない。

 弥生は新しいクラスでも、勿論才覚を発揮して、クラス委員を務めていたが、友達関係となるとうまくいっていないようだった。 日に何度も弥生は翠のクラスを訪ねてきた。放課になって、弥生がドアの所に立って、
「翠ちゃん」
 と呼ぶと、翠は今まで話していたグループの仲間との話を抜け出して飛んで行ったものだった。そして、また以前のように二人の時間が始まる。読んだ本の話、見た映画の話。二人のロマンに彩られた世界は、際限なく広がった。十分間に満たない短い時間ではあったが。

 弥生にとって前のクラスは特別の意味を持つらしかった。弥生はいつも前のクラスのことを口にしていた。翠も大変に前のクラスを愛していたが、弥生の思い入れはそれ以上に思えた。
 弥生には、あの文集の件は忘れられない出来事だった。常に自分に自信を持ち、自分の力で道を切り開いてきた弥生が、初めて知った協力の価値だった。
 ドレミの歌を歌ったときも、オーディションを受けたときも、弥生はいつもリーダーで自分の思い通りに事を運んでいたが、あの時初めて弥生は壁に当たった。その壁を突き崩してくれた友人たちは、今までの弥生が信じていた世界もまた崩してしまったようだった。そして、弥生は今それに心から満足していた。

 だが、弥生は自分のクラスの中ではまた以前の弥生に帰っているらしかった。弥生がクラスの中で孤立しているらしいことに気付くと、翠は一年前の出来事を思い出さずにはいられなかった。あまりに強烈な個性は、悪口の格好の的にはなれど、なかなか理解はしてもらえないだろう。それに、弥生があの例の知識を試すような会話を始めたが最後、秀才の威張り屋というレッテルを張られるに決まっている。
 しかし、当の弥生は翠の様々な心配をよそに、相変わらず我が道を行っていた。翠や前のクラスの仲間といるときだけ、弥生は少し柔らかくなるようだった。もともと、弥生は強い人間で一人でも生きていけるのだ。無駄な心配はすまいと、やがて翠も思うようになった。少し、柔らかくなった弥生と共に過ごす日々は楽しかった。会う時間が少なくなった分、弥生との時間がとても貴重に思えた。
 弥生と翠はクラスが離れても、変わらぬ腹心の友、であるはずだった。弥生はいつも翠を最高の友達として扱ってくれていた。みんなの前でも、弥生は翠のことを立ててくれていたし、翠と弥生が特別な友達であることは、みんなが認めていたことだった。
 弥生と翠を中心にして、トラップファミリーシンガーズを作った仲間たちの輪があると言っても過言ではなかった。弥生は、翠がその輪の中心であるのだといつも言っていた。翠自身もそう感じたことがある。弥生はリーダーだったが、あまりに優秀で立派すぎて、大いなる憧れの対象ではあっても、どこか馴染めないところもあった。いくら以前に比べれば柔らかくなったとはいっても、やはり厳しさを持っていたし、中学生の女の子にはついて行けないところもあった。その点、翠は素朴で、時には弥生が顔をしかめるような話にも加わることがあった。勿論、弥生には内緒だったが。翠は、自分が弥生とグループの他の仲間の緩和剤になっているのだと思っていた。


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 修学旅行が近づいてくるにつれて、翠は憂欝になってきた。修学旅行は、出来るなら前のクラスの仲間たちと行きたかった。
 だが、実際行ってみると、翠は自分でも意外なほど、修学旅行を楽しんだ。クラスの中のグループ単位で行動することから、グループの仲間たちともっと親しくなれた。旅行の間、あまり前の仲間と会うことはなかった。弥生とさえも、あまり会えなかった。

 二日目の夜、旅館の部屋割りで翠たちのグループともう一組のグループが一緒になった。スカートを長くして、ちょっと突っ張った感じのグループだった。翠は彼女たちが苦手で、その夜は早々とベッドに入ったが、彼女たちは夜遅くまで噂話に花を咲かせていた。
「川口の威張ってるったらないよ」
 一人が言った。彼女たちは、いわゆる成績優秀で先生に評判の良い「良い子」を槍玉に挙げていた。
「頭来たよね。宿題ぐらい見せてくれたっていいじゃん」
 翠は眠れぬままに話を聞いていた。彼女たちが話している各クラスの才女たちを翠は個人的に知っていたわけではない。頭が良いとの評判を聞いたことがあるだけだ。頭が良いことは、そのまま悪口の対象となるらしい。自分が才女でなくて良かったと翠は思った。
「十組の舟橋って知ってる?」
 翠はそれを聞いてハッとした。
「アメリカ帰りで英語がぺらぺらなんだって。でさあ、先生がちやほやして大変なんだってさ」
「アメリカ帰りなら、英語が話せて当たり前じゃん」
「そいつが嫌な奴で、頭が良くて威張ってるんだって。それに、裏切り者だって友達が怒ってるの」
「何で」
「そいつ、クラス委員でさ、先生のスパイしてやがんの。友達が漫画読んでたら、取り上げて先生に告げ口したんだって」
「ええっ」
「ほんと、ほんと。それでさ、規則で漫画を学校に持ってきてはいけないことになってますって、涼しい顔して言うんだって」
「そんな規則、誰も守ってないよ」
「でしょ?でも、ああいう堅物には通じないんだなあ。でさ、自分は文学書読んで、あんたたちとは違いますって顔してるんだって」
「ちょっと、最低の女じゃん」

 翠は身動きもしないで聞いていた。
 翠と親しくない彼女たちは、翠が弥生と仲の良いことは知らないはずだ。だから、こういう発言になったのだろうが、翠にとっては並々ならぬショックだった。こんなところで、よりによって弥生の悪口を聞こうとは思ってもいなかった。
 弥生は例によって、自分のポリシーを実行しようとしただけなのだろう。そして、それがまた波風を立ててしまった。他のクラスにまで波及するほどの……。
 噂話はまだ続いていた。翠はまんじりともせずそれを聞いていた。起きて弥生の弁護をするべきだ、と良心がささやいていたが、とても実行には移せなかった。また、弥生への悪口に対して、何も抵抗できなかったのだった。

                      
ドレミの歌を歌った頃


桐生 梓
連載小説
この小説はフィクションです。

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2002/11/24

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