第4回


                      6

 夏休みが終わり、新学期が始まると、翠と弥生は公然の仲良しになった。秋江たちも、もうずっと前から気がついていたらしく、翠がグループを離れようとしていることに何も言わなかった。のどかな翠と仲良くなったからか、弥生も以前のきつさが少し緩和されたかのようだった。それにつれて、弥生に対する悪口も少しずつ下火になりつつあった。
 
 やがて、何となく気が合った子たちも集まってきて、小さなグループを作った。秀才タイプの知子、おとなしい道子、おっとりした理恵子たちだった。一緒にお弁当を食べ、やがて一緒に歌うようになった仲間だった。だが、その中でも特に翠と弥生は仲良しとしての絆を日に日に強めていった。教室の中で、帰り道で、二人は二人だけの時間を大切にした。

「ニューヨークの日本人学校では、私はマーチって呼ばれていたのよ」
 弥生は言った。目にはいたずらっぽい光が宿っていた。翠は自分が試されているのだと思った。
「三月、弥生でマーチ?」
 翠が言うと、弥生は朗らかに笑った。
「そうよ。その通り」
 弥生は満足そうだった。弥生にはレベルの高い物を愛するところがあった。文学でも、芸術でも、勿論人間でも。

 弥生と仲良くなっていく過程において、翠は自分が試されているのだと思われる場面に何度も出会った。そんなときの弥生は決まって、いたずらっぽい光を目に浮かべていた。からかっているようでもあり、挑戦しているようでもあった。
 ウィットの効いた遠回しの表現を弥生は用いた。文学や社会や歴史など、様々の知識を動員しなければ、的を得た受け答えはできなかった。
 翠は弥生の目にあの光が宿るのを見るとき、いつも面接試験を受けているような気になった。今度はうまく受け答えできるだろうか。弥生のウィットを理解することが出来るだろうか。
 幸い、本の好きな翠は、大体弥生の意図することを読みとることができた。弥生は翠を合格と判定したようだった。
 いつも試されているようで、最初のうちは翠も落ち着かなく、時にはムッとすることもあった。だが、やがて翠は自分がそのやりとりを楽しみ始めたことに気が付いた。弥生の独特の言い回しはいつしか翠の身にもついてしまい、二人は知的ゲームを楽しむようにそのやりとりを楽しんでいた。


                    7

 ある秋の日に、弥生は教室に飛び込んでくると、翠の手を引っ張って窓際に連れて行った。
 朝日がさんさんと窓から入り、そこだけが光に包まれていた。弥生は窓から空を仰ぎ見た。抜けるような青空が広がっていた。
「きれいな空でしょう。こんな空は見たことがないわ」
 翠も空を見て言った。
「本当。雲一つないわね」
「今日は特別の日よ。こんな日に誓いをたてなくちゃ」
 弥生はそう言うと、翠の手を取った。
「翠ちゃん、私の永遠の友になるって誓いをたててくれる?」
 翠はびっくりした。どこかでこんな場面を見た気がした。また、弥生のお得意の「試験」なのだろうか。
「誓いってどんな?」
 翠が尋ねると、弥生はウィンクしてみせた。「アンとダイアナみたいに」
 そうだった。「赤毛のアン」の中にこんなシーンがあった。ダイアナと出会ったアンが、腹心の友の誓いをするのだった。

 翠は一瞬考えた。自分と弥生は、今や確かに仲良しだけど、腹心の友にまでなれるだろうか。弥生は自分のような凡人には余りに崇高すぎるのではないか。
「ねえ?」
 弥生が返事を促すように尋ねた。弥生がこうと決めていることは明白だった。翠には、逆らえなかった。それに、ロマンティックな場面に対する憧れもあった。
 翠がうなずくと、弥生は嬉しそうに力を込めて翠の手を握った。
「私が先に言うわね。言い終わったら続けてね。」
 弥生は目を閉じて深呼吸をした。やがて目を開けると、翠の目をまっすぐ見つめて言った。
「太陽と月のあらん限り、我が腹心の友、大島翠に忠実なることを、我、おごそかにここに誓う。」
 言い終わって弥生はにっこり笑った。良い笑顔だった。翠も軽く深呼吸をすると、弥生の方を見て言った。
「太陽と月のあらん限り、我が腹心の友、舟橋弥生に忠実なることを、我、おごそかにここに誓う。」
 太陽の光を浴びて、弥生の顔は輝いていた。神々しいばかりの気品に満ちていた。こんな人と友達なのだと思うと、翠の心の中にたまらなく誇らしい思いがこみあげてきた。


                      
ドレミの歌を歌った頃


桐生 梓
連載小説
この小説はフィクションです。

(C) 2002 Paonyan. All rights reserved



2002/10/27

Ads by TOK2