メダルへの長い道   〜 ダン・ジャンセン

2002/2/10

Dan Jansen

アメリカスピードスケート選手 1965年6月17日生まれ

 ダン・ジャンセンは4度のオリンピックを経験した。長き間に渡って、スピードスケート短距離界のトップ選手でありながら、オリンピックの魔物に魅入られて、オリンピックのメダルだけには縁がなく悲劇のヒーローと呼ばれていた。これはそんなダンの長い道のりを、オリンピックのたびに綴ってきた物をまとめた記録である。


その1 アルベールビルにて

 ダン・ジャンセンは、カルガリーオリンピックの時、男子スピードスケート短距離の優勝候補に挙げられていた。しかし、500メートルのレース当日に姉の死を知らされ、本番で転倒してしまった。ショックの冷めぬまま迎えた1000メートルのレースでも、再び転倒。姉は白血病で闘病生活を送っていたという。弟が金メダルを取る姿をどんなにか見たかったことだろうに、願いかなわず帰らぬ人となってしまった。姉と仲が良かったダンには、どれほどのショックだったことか。アメリカのエースは、一転して悲劇のヒーローになってしまった。

 四年後のアルベールビル。前回の出来事を知る人からは、是非ジャンセンに金メダルを取らせてあげたい、という声が出ていた。私も心からそう思った。
 今季の彼は調子が良く、ワールドカップで優勝を重ねていたし、世界記録も樹立していた。誰が見ても、優勝候補の一番手……。
 だが、彼はオリンピックには縁がないのだろうか。500メートルで思ったよりタイムが伸びない。日本の黒岩や井上がメダルを取って、日本中がフィーバーする中、あと一歩でメダルに手の届かなかった彼の悲哀にあふれた姿がテレビに映った。
 1000メートルでは、風邪による欠場がささやかれていたが、最後に登場。スタートと共に、一気に飛び出した。その速いこと、速いこと。全てを賭けた力強い滑りで、「今度こそ金メダル!」の思いが私の頭をよぎった。そのまま500メートルまでは、一番のタイムだったが、結局無理な滑りは続かなく、みるみるペースダウンしてゴールした。
 「玉砕」という言葉が頭に浮かんだ。彼のラストランはその言葉にぴったりだった。自分の持てる力をフルに出し切って、最後に彼は砕け散った。

 超一流の評価を受けていても、悲しいくらい彼はオリンピックに縁がなかった。彼の心の優しさは、一発勝負の時に裏目に出てしまうのかもしれない。カルガリーの転倒のショックが脳裏から離れないのだろうか。彼の1000メートルのラストランは無謀とも言えるくらいの滑りだったが、彼はそれで全てを振り捨ててしまいたかったのではないだろうか。
 体力やテクニックは彼には十分に備わっている。彼に必要なのは、自分に勝つこと。是非、次のリレハメルでもチャレンジして欲しい。そして、今度こそ金メダルを取って、天国のお姉さんを喜ばせてあげるのだ。



2.リレハンメルにて 500m

 「オリンピックには魔物が住む」と言うけれど、この魔物は特にDJ(ダン・ジャンセン)がお好きらしい。
今季のDJは強かった。いや、強いなどという言葉では足りない。絶好調だった。自らの持つ500メートルの世界記録を35秒台にのせた。さらに、芸術品と言われるほどに高めたテクニック。日本勢の台頭で騒がれていた500メートルだが、彼らは皆「ジャンセンを破らねば金メダルは取れない」と語った。DJは世界が認める世界一の男。金メダルに一番近い選手だった。それなのに、オリンピックの魔物は彼を見染め、どうしても彼から離れようとしなかった。4回も。

 6年前の2月14日、カルガリーの地でDJは優勝候補の筆頭だった。ところが、このレース当日に姉の死を知らされて、ショックで転倒。頭を抱えてうずくまる彼の姿は脳裏から離れない。DJは心の優しい人なのだと思った。実際、気さくな好青年と聞く。だが、彼の心の優しさはスポーツ選手にとってはいささか致命的なものだったかもしれない。
 続くアルベールビルオリンピックでも彼は勝てなかった。この時も彼は好調で、メダルに一番近い男と言われていた。世界スプリントで優勝を重ね、世界記録も塗り替え、それなのにどうしてもオリンピックで勝てなかった。

 DJにとって実に4度目のオリンピック。北の国リレハンメルの冷たい氷も彼に微笑んではくれなかった。過去の重なる失敗と、世界中のマスコミの期待と注目、そして何より彼自身のメダルにかける熱い想いが、彼に大きなプレッシャーとなってのしかかってきたのだろう。速さでも、テクニックでも、DJは誰にも負けない。ただ一つ弱かったのは、プレッシャーをはね返せなかった精神力。
 DJに一番似合うのは勿論金メダルだけど、何色でもいい、とにかくメダルを取らせてあげたかった。誰もが認める世界ナンバーワンの地位を10年近く占めながら無冠の帝王に終わった自分のスケート人生を、彼はいまから10年後,どのように思い返すのだろうか。……でも、きっと天国のお姉さんだけは言ってくれるだろう。「たとえメダルを取れなくてもDJは世界一。世界一速くて、世界一うまくて、何度も世界記録を塗り替えて。金メダルのことより、私の死を悲しんでくれたあなたの優しい心も世界一。」


その3 リレハンメルにて 1000m

 He did it!
 DJはメダルには縁がないものと90%諦めていた。彼はトップスケーターではあるけれど、1000メートルというと、まずアルベールビルでの玉砕シーンが目に浮かぶ。1000メートルは彼にとって得意種目ではないと聞く。500メートルの終わったあと、彼の引退記事が出た。間違いなくスケート史上に残る素晴らしいスケーターなのに、オリンピックのメダルだけが取れないままスケート人生を終える彼が可哀想でならなかった。

 でも、最後の最後、DJはメダルをつかんだ。彼に一番似つかわしい金メダル。それも世界新記録のおまけつき。 オリンピックのスケートリンクで今まで見てきたDJの顔は、いつも緊張した顔、悲しげな顔、打ちひしがれた顔……。世界新記録は彼にとって何度でも更新できるものだったけれど、オリンピックのメダルだけはいつも彼の手から滑り落ちた。サラエボ、カルガリー、アルベールビル、そしてリレハンメル。4度目のオリンピック。そして、彼にとって最後の種目。500メートルで負けたことで、むしろ彼は気持ちを吹っ切れたのだろうか。自分はどうしてもメダルだけは縁がない、と諦めたのだろうか。オリンピックで初めて、彼は自分らしい滑りを見せた。彼の全てを出し切った。その結果待っていたのは、彼の実力通りの金メダル、そして世界新記録。この滑りをもっと早くに見せていれば、彼はオリンピックの金メダルコレクターになっていただろう。だが、土壇場での大逆転で得たメダルだけに感慨一汐のはず。

 コングラッチュレーション、ダン!あなたの胸の金メダルと同じくらい、あなたの顔は輝いていた。苦しんで苦しみ抜いて得た金メダルは、他のどんなメダルより尊い。苦しみを知って、地獄を見て、そこから立ち上がった者だけが持つ王者の風格を、あなたはすっかり身につけてしまった。そんなあなたの優勝シーンは何度見ても涙が止まらない。
 人生、諦めてはいけない。最後まで何があるかわからないのだから。プレッシャーを克服したDJは大きな教訓を与えてくれた。
 ジェーン、天国のDJのお姉さん。彼は金メダルを取りましたよ。スターズアンドストライプスの流れる中、彼の胸に金メダルが光りましたよ。やっと……。
 

ソルトレークオリンピックの開会式、自分自身とは対照的に滑れば金メダルだったボニー・ブレアと一緒にダンは聖火を運んでいた。柔和な顔は相変わらず。でも、もう2度と彼は悲劇の王者とは呼ばれない。正真正銘の金メダリストして人々の胸に記憶されるのだ。




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