ぱおにゃん日記     →100への質問はこちら
パンのおどり食い               2001/01/15
優雅なイギリスのお茶の時間。アンティークな椅子に腰掛けて、ウェッジウッドのティーセットなどで静かにロイヤルティーを楽しむ至福の時。お茶のお供に出てくるのは、そうバタつきパン!

 バタつきパン、バタつきパン、必ずと言って良いほど、お茶の時間に登場するこの食べ物。イギリスの小説を読んでご覧なさい。特にアガサ・クリスティなんか。ミス・マープルが安楽椅子に腰掛けて食べているかも。
 バタつきパン、こんなホラーな食べ物があるだろうか。バタつきなのだ。バターではない。いや、塗ってあるのはバターなのだ。でも必ずバタと表記されている。これが不思議だ。私はスーパーの特売チラシ信奉者だが、○○バタの特売は見たことがない。必ず日本ではバターなのだ。スーパーに行って見てきてご覧なさいまし。バタとは書いてないでしょ?それが、パンに付けてお茶の時間に出すとなるとバタつきパンになるのだ。バターつきパンではなく。
 バタつきなのだ。バタつくのだ。パンがバタつくとかしか思えない。食べようとするとパンが「食べないで下さい、食べないで下さい!」とジタバタするのだ。これがホラーでなくてなんであろう。
 かくて、白いテーブルクロスが敷かれた年代物のテーブルの上は食べようとする人間と、逃げようとするパンとの闘いの場と化すのだ。

 広い庭を見渡す白いガーデンセット。真っ白なドレスを着たレディと白いスーツを着て、コールマン髭を生やした殿方との、洒落た会話で彩られるお茶の時間の始まり。しかし、レディの手につままれたバタつきパンは今日も悲鳴を上げている。
 あなたは平気でバタつきパンが食べられますか?

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昏時の魔女たち               2001/02/19
 久しぶりに先日のVリーグのTV中継を見ていたら、ホロホロしてきた。日立対パイオニア戦。最後にアナウンサーが言ったのだった。「日立チームの試合をお送りするのはこれが最後になるかもしれません」。

 女子バレーボールの名門中の名門日立がバレー部解散を決めたのは20世紀も終わろうとする頃だった。既にダイエーや日立と並ぶ名門ユニチカが廃部していて、日立は残った最後の老舗と言っても良かった。日立だけは、と思っていた。それが廃部・・・。

 これが企業スポーツとして発展してきたバレーの現状なのだった。先のシドニーオリンピックには男女とも出場すら出来なかった。明らかに人気も落ちている。強化もままならない。バレーを取り巻く環境はどんどん悪くなっていた。今まで企業がバレー部を丸抱えで運営してきたが、その費用は膨大なもので、不況の昨今運動部が次々消滅しているが遂に日立バレー部にもその時が訪れたのだった。

 日立といえばバレーだった。モントリオール五輪の金メダルをはじめ、当時の3冠メンバーの多くが日立の選手だった。それからも全日本=日立の時代が長く続いた。オリンピック時には、全日本に選ばれなかった日立の選手も全日本の練習相手として現地に行った、という時期もあった。

 名選手にも事欠かない。モントリオールの白井や松田、人気があった江上や三屋、中田や大林の時代はリアルタイムでずっと試合を見てきた。今の福田がデビューした頃のことは良く覚えているし、多治見や江藤も彼女たちが高校生の頃から見てきた。
 日立はまた常に世界を意識していた。その昔、セッターは小さくて当たり前の時代、中田を早々にセッターとして育て上げたことがそれを如実に語っている。それぞれの時代、日本の中では大きい選手を多く抱えているのもやはり日立が一番だったろう。
 だが世界は変わってきた。アメリカやヨーロッパがバレーに力を入れ始めた80年代頃から日本は世界で勝てなくなった。大きくてパワーのある外国選手のスパイクを拾うだけでも至難の業。高さとパワーでねじ伏せられる場面が多くなった。それでもまだ女子は世界のトップクラスの位置を維持し続けたが、90年代に入ってさらに世界は遠くなった。 奇しくも日立を率いてきた山田監督のカリスマ性が壊れた時期に重なり、その後の山田さんの急逝に併せるかのように日立は坂道を転げ落ちていった。全日本はもう日立の天下ではなくなっていたが、昔日の面影もなく敗戦を重ね続けていた。

今サッカー人気が熱い。かくいう私もサッカーファンだが、だからといってバレーの凋落はあまりに悲しい。バレーボールはどこに行くのだろう。20世紀に残してきたスポーツにはなって欲しくない。人気を盛り返すためには強くなるしかないが、強くなる術は今のところ見あたらない。唯一思うのはバレー協会の古い体質を改め、サッカーがトルシエで成功したようにバレー界にも各企業の思惑が通じない外国人監督が就任することだと思うのだが、その人材もゲット出来ない。出口の見えない迷路の中にはまりこんだバレー界に日立が最後の引導を渡したのはあまりに悲しい。

 今も心に残る試合がある。ソウルオリンピック後の日本リーグ(Vリーグと改称する前)の優勝決定戦。日立対ユニチカ。女子バレーの両雄の激突だった。勝てば優勝のその試合、両チームは素晴らしい試合を繰り広げた。あの頃の日立はエースの杉山、中田、広、大林・・・。ソウルで後一歩届かなかったメダルへの思いをぶつけた激闘だった。そして得た勝利。抱き合う選手達の姿に涙を覚えた。
 その頃の私は圧倒的に男子バレーのファンで(それもアメリカチーム)、女子バレーへの関心はそれほど高いとは言えなかったが、ソウル五輪、そしてこの試合は女子バレーへの関心を高めてくれた。あの頃はまだまだ強かった。
 今客席で眉をひそめて強くなれない日立を見つめているOGの姿を見ると、過ぎし日を思い出す。
 体格も素質もある選手が多いのだから、現日立の選手達の移籍先が早く決まってこれからも世界を目指して頑張ってくれることを祈っている。
 何だかんだ言っても、やっぱり日立が好きだった・・・。
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