ハリスおばさんパリへ行く
Flowers for Mrs.Harris

ポール・ギャリコ
Paul Gallico

講談社(絶版) ブッキング
おすすめ本
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2005/10/23

 ロンドンで、人の家の掃除を請け負っているアダ・ハリスは、もうすぐ60に手が届こうという年齢のご婦人。その彼女が、たった一人でパリの街に降り立つ。行き先は、クリスチャン・ディオールのブティック。彼女には、絶対ディオールのドレスを手に入れるという夢があったのだ。しかし、行き着いたディオールの店は、とまどうことばかり。果たして、ミセス・ハリスは夢を果たせるのだろうか。

 夫を亡くしてから、ハリスおばさんは人の家の掃除をする仕事を請け負ってきました。お金持ちの家が多かったのですが、独身男性の家や売れない女優の家もありました。住人が好き放題に散らかした部屋を片づけ、綺麗に掃除することがハリスおばさんの仕事。とても大変な仕事ですが、間違いなく人を助ける仕事であり、彼女がいないとお得意さんたちは大パニックになってしまうくらい、彼女は人の役に立っていました。質素に堅実に生きてきたハリスおばさんは、ある日お得意さんの家で見せてもらったクリスチャン・ディオールのドレスに感嘆します。そのドレスは450ポンドという気が遠くなるような値段。でも、ハリスおばさんはその素晴らしいデザイン、夢のようなシルエットが忘れられません。もうまさにドレスに一目惚れ状態。そして、彼女は決心するのです。自分もパリに行って、ディオールのドレスを買うことを。それから、ハリスおばさんは必死にお金を増やそうとします。倹約に次ぐ倹約、いちかばちかの博打にまで手を出して、必死にお金を貯めて、遂にやってきたパリ。エッフェル塔もルーブル美術館もハリスおばさんには目に入りません。行くところはただ一つ、ディオールの店なのです。しかし、お世辞にも洗練という名にはほど遠いハリスおばさんが、上流社会の人ばかり集まるディオールの店で歓迎されるわけもありません。ディオールの店のマダム・コルベールは、一見してハリスおばさんが店に相応しくない人と見て取るのですが・・・。

 女性はいくつになっても美しい物への憧れが衰えるものではありません。夫を亡くして生活のために必死に働き続けてきたハリスおばさんも、この世のものとは思えないくらい美しいドレスを見た途端に理性が吹っ飛んでしまいます。とにかく高い。それにそんなドレスを着る機会などあるわけもない。理性で考えれば、そのドレスの必要性の薄さはわかりそうなものなんですが、ハリスおばさんは「ただ欲しい」のです。何故なら、そのドレスが美しいから。失笑しそうな場面ではあるのですが、でも彼女の気持ちってわかってしまうのです。例えば、雑誌やカタログや店頭で見た服が頭を離れなくて、自分に似合うかどうかは考えることもなく、凄く欲しくなってしまって夢にまで見るという経験は、私にもあります。ディオールのドレスは、その後のハリスおばさんにとって大きな大きな目標となりました。生きる目標といっても良いくらい。それがあったから、ハリスおばさんは頑張れたし、たった一人で「わけがわからなく、恐ろしい」と聞かされていた外国人の中に飛び込んでしまうという大変な勇気も持てたのです。

 登場人物はみんな素敵です。主人公のハリスおばさんの、豊かな人生経験を通して人の心を見通してしまうところも素敵だし、そうかと思えばポロポロ涙を流してしまう純粋な心もとっても素敵。お友達のバターフィルドさんも半ば呆れつつも、ハリスおばさんの壮大な夢を決して馬鹿にしません。そして、フランスで知り合った人々。お洒落でしっかり者のマダム・コルベール、品の良い老紳士シャサニュ侯爵、会計係で恥ずかしがり屋のアンドレ・フォーベル君に、ディオールの花形モデル、ナターシャ。華々しい世界に生きている彼らが、華やかさには一生縁のないだろうハリスおばさんに感激し、やがて癒されていく様は感動的です。そして、ハリスおばさんも思うのです。外国人って、全然恐ろしくないと。

 ディオールのファッションショーの華やかさを想像しながら、ただただ溜息が出るような展開。私には、それこそ一生縁のないディオールの店のオートクチュールが出来上がっていく様子を読んでいくだけでもとにかく楽しいのです。そこに、素敵な人たちの心優しきエピソードが詰め込まれていて、思わず涙も出てきます。人の親切や愛を信じたくなる素敵な物語です。


☆ディオールのドレス「誘惑」。黒い裾を引きずるドレス。とても素敵そうで、溜息が出ます。



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