不機嫌なメアリー・ポピンズ 
   〜イギリス小説と映画から読む「階級」


新井 潤美

平凡社新書
おすすめ本
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2006/8/26

 実に面白い本でした。イギリス小説を読む上で、階級意識は切っても切り離せないものです。どの階級の話なのか、登場人物がどの階級に属する人なのか。古い小説であればあるほど、こだわりが強いことはイギリス小説を何冊も読んでいる皆さんならおわかりのことでしょう。ミス・マープルにしても「ああした階級の人たちは」と言うくらいですから。その階級あれこれを映画や本を通して解説した書です。

 イギリスの階級は大きく分けて、アッパー・クラス、ミドル・クラス、ワーキング・クラスとなるそうです。アッパー・クラスは貴族などの上流社会。ミドル・クラスはさらに細かく分けられます。アッパー・ミドル、ミドル・ミドル、ロウアー・ミドル。アッパー・ミドルは、聖職者、研究職、法律、医者、軍隊の士官クラス、金持ちの商人などから成るようです。Sirという称号で呼ばれる准男爵も、ここに入るそうで、私などから見ればハイソとしか思えない方々がここに含まれているのですね。で、このアッパー・ミドルクラスにもさらに階層があって、上層が准男爵など、下層が商売で富を築いた土地持ちや事務弁護士、医師だそうです。何とまあ・・・。ちなみにロウアー・ミドルクラスといえば、事務職や小規模な商店経営者を指すようです。何だか、どんどんこんがらがって来ませんか(苦笑)。

 この中では様々な小説や映画から、階級を読み解いています。
 まずは、ジェーン・オースティン。『高慢と偏見』や『エマ』。時代を超えても古びることない恋愛小説の数々を書いている彼女ですが、登場人物たちは階級に当然敏感です。特に、エマ。若いくせに縁結びの神様を志願するエマですが、あの階級とあの階級の二人を結びつける、という掟の遂行には抜かりはないわけです。さらに、『ブリジット・ジョーンズの日記』と『高慢と偏見』の共通点なんて話も出てきます。

 個人的に特に面白いと思ったのが、ガバネス、ナニー、コンパニオンの3大女性職業。ガバネスは、ご存じ家庭教師ですが、アッパークラス、及びアッパー・ミドルクラスの子女の教育を任されるこの仕事は、同じような階層の出身者が多く、経済的に困窮した良家の娘の唯一の仕事だったようです。例とされるのがお馴染み『ジェーン・エア』。他の使用人とは一線を画し、食事も別、使用人の世話も受けます。でも、どちらにも入れない一抹の淋しさといったものがあったようですね。ナニーは、ご存じ乳母。ここで登場するのがメアリー・ポピンズであります。ナニーは、ワーキング・クラス出身の女性が多いということで、これがイギリスのまか不思議の一つらしいですね。何故に、子供の世話を階層が下(これが大事なことであるわけですから)のワーキング・クラスの女性に任せるのか?ワーキング・クラスの女性は母性愛が強いと思われていたらしいですが。そして、コンパニオン。この代表格が『レベッカ』です。コンパニオンは言うなれば、ガバネスの相手が子供から大人に変わったようなもの。やはり似た階級出身の女性ということで、『レベッカ』に於けるヒロインとマキシムの結婚もさして身分違いというわけではない、といったわけです。

 イギリスに於ける淑女教育というのも変わっていて、一番重要視されることが発音らしいのです。だから、『ピグマリオン』『マイ・フェア・レディ』のこだわりが成り立つのですね。フランスやドイツの貴族の子女が読書や芸術に造詣を深めるのが当然と考えられているのに反して、イギリスでは読書をしないことを寧ろ誇りにするのだとか。これも、私の感覚からはびっくりしたところです。

 さすがに今は階級意識も少しは薄れてきたようですが、やはり口を開けばその人の階級がすぐにわかるというイギリス社会。『ハリー・ポッター』では、あの世界では下層とされるハーマイオニがアッパー・ミドルクラスの綺麗な英語を話し、お金はないけれど由緒正しい家の出身であるロンがワーキング・クラスの英語を話すという・・・そこまで考えたことはなかったですが。

 まあ、とにかく目からポロポロ鱗が落ちることは請け合いです。イギリス小説や映画を少しでも見たことがあるか、読んだことがある方なら、絶対成る程と思うシーンが出てくるでしょう。言い換えてみれば、こうした原則を知っていると、映画を見る目も変わりますね。


☆万が一、イギリスに行くことがあるとしたら・・・怖くて一言も口がきけなくなりそうです。


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