ライディング・フリーダム 
〜嵐の中をかけぬけて〜
RIDING FREEDOM

パム・M ・ライアン
Pam M.Ryan

ポプラ社
おすすめ本
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2002/2/26

19世紀の半ばにニューハンプシャーで生を受けたシャーロットはとても丈夫な子どもだった。2歳の誕生日を過ぎた時、両親と馬車に乗っていたシャーロットは馬車の事故に遭い、自分は助かるが両親を亡くす。その後、孤児院に送られたシャーロットは、調理場の下働きとしてこき使われる。そんなシャーロットの楽しみは、厩舎で働くヴァーンの手伝いをして馬の世話をすることだった。シャーロットは馬が何より好きで、素晴らしい馬の乗り手でもあったのだった。孤児院でのたった1人の親友であるヘイワードが養子にもらわれていくことになり、意地悪な院長から厩舎への出入りも禁じられたシャーロット。彼女を待っているのは一生調理場に閉じこめられた人生だった。耐えられなくなったシャーロットは孤児院を脱走することを決意する。その時、シャーロットはまだ12歳。長い髪を切り落とし、男の子の格好をして、新しい人生に踏み出した・・・。


19世紀のアメリカ。女性の権利がまだ確立されていなかった時代に、男装して男として西部を駆け抜けたシャーロット・ダーギー・パークハーストの実話です。

シャーロットは天性の丈夫な体を持ち、馬を扱う天才的な力を持っていました。ただ1人助かった馬車の事故の時、シャーロットをかばうようにして馬たちは立っていたと言います。生まれながらにして馬に好かれる素質を持っていたのでしょう。そして、少女期を過ごした孤児院で出逢った様々な馬たち。ジャスティス、ホープ、チャリティ、フリーダム。これは厩舎で働く、元奴隷だったヴァーンがやっと勝ち取った自由に感謝してつけた名前の数々だったのです。そこで、ヴァーンに馬の扱いを習い、草競馬では男の子を負かしての優勝。シャーロットがいかに馬の扱いに優れているかの実証なんですが、女の子であるがために彼女にあてがわれる仕事は調理場の仕事ばかり。養子を欲しい人が見に来て、シャーロットを気に入ってもシャーロットを調理場の下働きとしてこき使わなければならないために、「この子は私の姪なんだ」と言う調理場の人。どの子どもも、養子に行くことを夢見ていることからこの頃の孤児院にはかなり劣悪な環境があったことがはかりしれます。

でも、シャーロットはたった12歳で自分の新しい人生を切り開いていくことにチャレンジします。孤児院を脱走して、男装して潜り込んだ厩舎で出逢ったエベニーザ親方に見込まれ厩舎員として働き、やがて大きくなると駅馬車の御者になります。勿論女性であることは隠したままで。でも、女性特有の繊細さや気遣いでシャーロットの駅馬車は大評判となるのです。

子どもの頃に親友のヘイワードと夢見た自分たちの土地を手に入れる為に、シャーロットは知り合いの誘いを受けてカリフォルニアの新しい駅馬車会社で働くべく旅立ちます。しかし、そこで襲った不幸な事故。それでもシャーロットは負けないのです。この強いバイタリティ。シャーロットには徹底的に自分の運命を自分で切り開く能力が備わっているのですね。この強さには脱帽。

馬が好きで、誰よりも馬の扱いがうまくて、でも女性であるままだったらシャーロットは御者という天職にはつけなかったでしょう。女性が大事にされていた時代でもありましたが、それはまた女性を無力なものとして認識していたからとも言えるでしょうね。西部では、女性でありながら男性の格好をして暮らす人が結構いるという医師の言葉もかなりショックでした。夫を亡くしてから、夫の服を着て夫になりすまして家を守った女性。ならず者を追い出したことも一度や二度ではないとか。映画や本で見たり読んだりしている分には、ほのかな憧れを抱く遙かなる西部ですが、実際の女性の生活の厳しさを物語るエピソードです。

女性の殻を破ったシャーロットは、当時勿論認められていなかった選挙の投票にもチャレンジします。全く、あっぱれな人です。

6頭立ての馬車を駆っていくシャーロットは本当に格好良い。彼女を女性と知りつつ彼女の天性を認めてそれを伸ばしたエベニーザ親方や、彼女に馬の扱いを教えてくれた孤児院のヴァーンなど、味方にも恵まれてはいました。でも、やっぱり彼女の成功の秘訣は不屈のチャレンジ精神以外の何物でもないでしょう。


☆東部からカリフォルニアへ行くとなると当然のごとく幌馬車での大西部横断を想像してしまうのだけれど、アトランタからパナマ運河を通って船で行くというルートがあるということに興味をそそられました。そう言えば、「風と共に去りぬ」のレッド・バトラーはアトランタのお船の船長さんでしたね。

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