はるかなるわがラスカル
Rascal

スターリング・ノース
Sterling North

小学館アウトドアエディション
おすすめ本
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2001/11/26

1918年の春、アメリカウィスコンシン州に住む少年スターリングは森で一匹のあらいぐまの赤ん坊に出会う。スターリングはそのあらいぐまを家に連れ帰り、ラスカルと名付けて手塩にかけて育てる。それからのスターリングはラスカルといつも一緒だった。食事も一緒、寝る時も一緒、親戚の家に行くのもキャンプに連れて行くのも一緒。でも、大きくなったラスカルは近所の作物を荒らし始める。苦情を受けたスターリングは泣く泣くラスカルに首輪をつけ、檻に入れる。野生動物と共に過ごす日々にも限界が近づきつつあったのだった・・・。


「♪シロツメクサの花が咲いたらさあ行こうラスカル〜」とほぼ条件反射的に出てきてしまうのは一定世代以上でしょうか(笑)。昔角川文庫で出ていたこの本を偶然別の版で見つけました。

野生動物の赤ん坊との出逢いと一緒の生活、そしてついにやってくる別れ、と人間と自然との普遍のテーマを少年の目から眺めた王道を行く作品です。少年ならではのユーモアに満ち満ちていて、アメリカの小さな田舎町の生活のスケッチもとても楽しめます。

ところは自然に囲まれたウィスコンシンの小さな町。理解のある、というよりはずばり放任状態の父親の元で育つスターリング少年は森であらいぐま一家に出逢い、赤ちゃんぐまを連れ帰ります。親が亡くなったとか、行方不明とか然るべき理由など全くなく、これがほとんど略奪状態なんですね(笑)。かなり問題のある行動だと思うのですが、本人にその反省の色というか自覚が全くないのですね。まあ、スターリング少年も、恵まれているとはいうものの、母親を早く亡くし兄姉は年が離れて別生活で何だかんだ言っても寂しいわけです。だから、家には動物がいっぱい。そこに新たに加わったラスカルは、スターリングの無二の親友となります。このラスカルが可愛いのですね。何でも洗って食べるというあらいぐま特有の性質に加えて、光り物が好きとかグルメでソーダが好きとか、次々と愛すべき性質を披露していきます。おまけに何とでも友達になれるという特筆すべき性格の持ち主で、仲良しは人間は勿論犬から馬に至るまで。競争に勝ったお隣の馬が、次の瞬間友達のあらいぐまに駆け寄ってなでてもらうところなど、笑えながらもジーンと来てしまいます。

時は1918年、第一次世界大戦真っ最中で、スターリングのお兄さんはヨーロッパ戦線で戦っているご時世です。幾度となく戦争に関する記述が出てくるのですが、やっぱり遠く離れたアメリカの平和な田舎町で過ごすスターリングたちは基本的には脳天気です。アイリッシュフェスティバルと呼ばれるお祭りでの、パイ食い競争や馬と自動車との競争!馬と自動車とを、ハンディをつけつつも競わせるという考え自体が面白いですね。もうすでにかなりT型フォードに代表される自動車が普及している頃で、自動車マニアもいる反面、自動車大嫌い=馬至上主義派もいてこの二人の競り合いが面白い。やっぱり馬を応援してしまうのは仕方がないことですね。
しかし、戦争のさなかのやりとりにしてはいかにも呑気なことが多すぎて、本土を攻撃されたことがないアメリカ(いや、なかったというべきか)という事実を、今となってははっきりと認識させてくれる話でもありました。

スターリング少年のお父さんという人は、よく言えば自然主義、悪く言えば非常識放任ですね。昔はこんな風には思わなかったので、やはりこれは年齢のなせる考え方の異変でしょうか。子供にとってはありがたいくらい不干渉で、何でも好きなことのし放題でもあります。特にスターリングのような自然児には。本人はありがたくそれを受け入れる反面、母親を懐かしく思う心の端々には、もうちょっと父親らしくして欲しいというような願いも込められている気がしてきます。風邪を引いたからといって突然兄嫁に連絡もせずにスターリングを預けに行ったりするのは、何なのでしょう?自分で看病しようという考えは頭の中に湧かない人のようです。奥さんが苦労して47歳で逝ってしまったというのが凄く納得できる、女性にとっては困った男の典型ですね(笑)。悪い人ではないんですが、学者肌の典型なんですね。母の苦労を見て育ったからか、娘たちはとても常識派のようで、ラスカルにベッドに忍び込まれた時のセオの驚愕は同情にあまりあります。何だかお父さんの悪口になってしまいました。決して嫌いではないんですけれどね、この人。

ラスカルに噛まれた悪童の狂犬病の疑い騒ぎや、前述馬のレースにパイ食い競争。あちらこちらの映画やドラマ、小説で扱われた題材をお徳用に大盛りにしたようなエピソードの数々は、やっぱりこれがアメリカという国の原風景なのだな、と思わせてくれます。

「平和はかならずしも財布をふくらませてくれない」というのも心に残った台詞です。それまでジャコウネズミなどを捕ってその毛皮でお小遣いをもうけていたスターリングが、ラスカルとふれあうことによって「野生動物と協定を結び」もう毛皮を捕らないことにします。するといきなり財政ピンチ。町では戦時景気で結構懐具合の良い人々を見てきているだけに、なおさらそう思ったかもしれませんね。でも生きてるマフのようなラスカルと一緒にいては、もう毛皮は捕れないって思う気持ちが痛いほどわかります。


最後のラスカルとのお別れのシーンは、まるで思い立ったら吉日がごときあっさりしていて拍子抜けしてしまいました。このパターンには必ずあるはずの野生に戻すかどうかという葛藤がまったくない。野生動物には帰るべきところがある、それぞれの生活があるということをいともあっさり理解しているところがスターリングの自然児たる所以なのですね。そのあっさりさが、お決まりパターンで泣くはずの肩すかしを喰いながらも新鮮で好感が持てるのです。あとはグルメの味を覚えたラスカルがその名の通りの狼藉をどこか人里に近寄って働かないことを祈るのみです。


☆スターリングは家の中の居間でカヌーを造り続け、お姉さんたちの顰蹙をかいます。でも、居間でカヌーを造れる広さって・・・ああ、それだけで壮大なアメリカを抱いた小説なのでした。

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