フランダースの犬
A Dog of Flanders

ウィーダ


新潮文庫、岩波少年文庫他多数
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2002/1/20

ベルギーのアントワープ郊外の小さな村に暮らす少年ネロは、おじいさんと犬のパトラッシュと大変貧しいながらも心満ち足りた生活をしていました。パトラッシュは、アントワープで荷車を引いてこき使われた挙げ句、病気で捨てられているところをジェハンじいさんとネロに救われたのです。それからは家族の一員。特にネロとは切っても切れない親友になってどこに行くにも一緒でした。ジェハンじいさんとネロは村の人々の家でとれた牛乳をアントワープに運ぶことで、わずかなお金を得ていました。ジェハンじいさんが病気で寝込んでからは、牛乳運びはネロとパトラッシュの仕事になりました。アントワープの大聖堂には、この地が生んだ有名な画家ルーベンスの絵が飾ってありましたが、お金を払わないと見られません。ルーベンスの絵を見ることはネロにとって大きな夢でした。幼なじみのアロアは、村一番の金持ちの娘ですが、ネロとは大の仲良し。ネロはアロアの肖像を描きながらいつか画家になる日を夢見ます。しかし、アロアの父コゼツはただネロが貧しいというだけでアロアとの付き合いを禁じます。コゼツの風車小屋が火事になったことから、ネロに放火の疑いがかけられコゼツの怒りを買うのを恐れた村の人々はネロに牛乳運びを頼むのをやめてしまいます。折悪しくおじいさんも亡くなって、ネロとパトラッシュは家賃を払えなくなって住むところさえ奪われてしまうのです。今やネロの望みは、アントワープの絵画コンクールに出品した絵が受賞することだけだったのですが。


今まで読んできた本は数知れませんが、この本は私の心の中で特別な場所を占める一冊です。小学校2年生の時にこの本を読んで大感激した私は、読書感想文でこの本のことを書きました。それが学校代表でコンクール(どんなコンクールだったのか小さくて覚えていないんですが・・・)に出してもらえることになって、体育の時間を1人休んで隣で先生につきっきりで指導してもらって清書したことを今でもはっきり覚えています。それきり音沙汰なかったってことは、結局コンクールでは賞を取れずってことだったんでしょうけれどね(苦笑)。でも、幼心に書くことの楽しみと、正直なところちょっぴり優越感を覚えさせてくれた出来事だったのです。そんな一連の出来事も関係して、やっぱりこの本は物心ついて以来、心の中の特等席に置かれるようになりました。

「フランダースの犬」と言えば、私たちの世代では反射的に出てくるフレーズがありますね。「♪LALALA LALALA ZINGEN ZINGEN KLEINE VLINDERS LALALA LALALA ZINGEN VLINDERS LALA」。アニメの世界名作劇場で描かれた「フランダースの犬」。ネロとアロアはこの顔で、パトラッシュはこのセントバーナード。心に焼き付いてしまってどうあがいても取れないイメージです。

ジェハンじいさんもネロも、心清く優しいのに、とにかく貧しいのです。おじいさんは80をとうに越した高齢で出来る仕事も限られているので仕方ないのですが、食べる物が満足にあったためしはないという貧しさです。昔のことですから、公的支援などあるはずもなく、村の人々の善意で牛乳運びをしてわずかなお金を得ている日々です。それでもネロはその現状に決して不平を言わないんですね。パトラッシュに至っては、大変幸福だと感じている。それまでの主人がひどい人でしたから。おじいさんも現状をそのまま受け入れている感じです。私たちは貧乏なのだから・・・と。でも、ネロは幸運なことに絵の才能に恵まれていました。いつかルーベンスのような偉大な画家になるのだという大きな夢が、ネロの毎日を支えていました。画材さえまともに揃えられない状況の中で、一生懸命に書いた絵をコンクールに出して全ての希望を託すネロの気持ちは痛いほどわかりますね。せっせと書いた小説を、今度こそと思って新人賞に出す作家志望の動物たちと同じです(ため息)。もし、ネロがもう少し恵まれた家に生まれていたら、そうでなくてももし誰か絵のわかる人がもっと早くネロの才能に気づいていたら、ネロの人生にはバラ色の光が見えたことでしょう。
でも、ネロの絵を見たコゼツはうまいとは思いつつも、絵を描くことに時間を費やすのは怠け者のすることだという何とも前時代的な意識の持ち主なので困ります。悪い人ではないのだけれどとにかく思いこみが激しい。アロアとつき合うのに断固反対する父親としての気持ちはわからないことはないのですが、勝手に放火犯のように扱って良いはずはありません。コゼツとの確執が結局ネロを追いつめていくのです。

そして、世の中の厳しさ。今までネロに親切だった人々でさえ、村一番のお金持ちで権力者のコゼツの機嫌を損ねたくないがためにネロとの関係を断ち切ろうとします。その結果、仕事はなくなり家もなく食べるものもなく・・・。ないないづくしのネロなのに、雪の中で見つけたコゼツの財布を家に届けて、そのまま立ち去ってしまう。やっぱり彼は芸術家だけあってプライドの高さも人一倍だったのでしょうか。自分を拒絶するコゼツに恩を売ろうという気にはならない、どんなに困っても。もし、財布の中の一枚の硬貨でもあれば・・・勿論正直者のネロにそんなことが出来るはずもないし、第一に考えもしない。若いのに人間が出来ていることと言ったら、聖者のごとしです。

人は手のひらを返しても、パトラッシュだけは最後までネロの友達でした。1人極寒の中に飛び出したネロをパトラッシュは追いかけます。2人はいつまでもどこまでも一緒なのだとばかりに。そして、涙涙の伝説のラストへ・・・。

あまりに切なく哀しい物語です。時代故の貧しさなのか。人々の心も無知故の日和見主義なのか。ネロが純真であればあるほど、その世渡り下手なところも目立ってしまって、まただからこそよりネロを応援したくなるのですが、世の中というものは・・・。可哀想なだけでは済まない、子どもにも世の中の非情さをありありと見せてくれた物語としても記憶しています。パトラッシュがあくまでネロと一緒の道を選んでくれたことが、哀しいけれどせめてもの救いでもあります。ひとりぼっちでは淋しすぎるけれど、ネロとパトラッシュが一緒だったらどこに行っても楽しく暮らせるものね。

♪忘れないよ この道を パトラッシュと歩いた 空に続く道を

ネロもパトラッシュも打算だらけのこの世で生きるには、あまりに透明な心の持ち主だったのかもしれません・・・。


☆「そうさな〜」が口癖の「赤毛のアン」のマシュー。ネロのおじいさん。ハイジのおじいさん。この3人は私の頭の中で、「世界3大おじいさん」として君臨しています。

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