赤毛のアン
ANNE OF GREEN GABLES

ルーシー・モード・モンゴメリ
Lucy Maud Montgomery

新潮文庫他多数
おすすめ本
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2001/11/18

あまりに有名なお話ですから、もう解説の必要もない気がしますが、ざっとあらすじを。
カナダのプリンス・エドワード島アボンリーのグリーンゲイブルスと呼ばれる家に住むマシュウとマリラのクスバート兄妹は、農場の手伝いをしてくれる男の子を孤児院から引き取ることにします。しかし、手違いからやってきたのは女の子。アンという名の赤毛の少女は、会った早々持ち前の想像力とおしゃべりを発揮し、無口なマシュウをびっくりさせます。結局グリーンゲイブルスに落ち着くことになったアンは、ずっと二人だけで暮らしてきたクスバート兄妹の暮らしを一変させます。近くにダイアナという親友も出来、アンはアボンリーでの生活を満喫しながらも、数々の騒ぎを起こします。それらに苦笑し、時には怒りながらもマシュウとマリラにとってアンはとても大切な存在になっていくのでした・・・。


本国カナダは別にしても、日本ほどアンシリーズが愛されている国はないのではないでしょうか。勿論、私も大ファンです。初めて読んだのは小学校2年か3年の時で、それももっと大きい子向けに書かれた本だったので、実はその時はどこが良いのかさっぱりわかりませんでした。アンの言うこともピンと来ないし。そのまま忘れ去って、再び同じ本を手に取ったのは小学校6年か中1の時。今度はすっかりはまりました。こんな面白い本をどうして理解出来なかったのか、それまでの自分に悩みました。本に出会うには、適した年齢があるというお手本のような話ですね(笑)。その時、再度この本を手に取ったことをとても幸せに思っています。


滅多に主役を好きにならない私ですが、アンは別格ですね。彼女の魅力は強烈でした。
何と言ってもそのあふれ出る想像力。「恋人たちの小径」「輝く湖水」「お化けの森」なんてどこにでも素敵な名前を付けてしまう豊富なアイデア。私も真似して、通学路のあれこれに名前を付けようとしましたが、敢えなく挫折しました。良い名前が浮かばないし、第一アボンリーみたいに美しい所なんてありませんでしたから。

アンがこんなに想像力豊かなのは、勿論天性のものではありますが、それまでの彼女の生活にも関係するのではないでしょうか。それまで決して幸福とは言えない孤児としての生活を強いられてきたアンは、想像することによってしばし過酷な現実を離れ、夢の世界に遊び、そこで得た栄養を生きる糧にしてきたのでしょう。

自分の名前が気に入らなくて「コーデリア」と呼んでという彼女の気持ちもわかりますね。ややこしい名前の好きな私としては、やっぱりコーデリアの方が良いな。でも、この作品以降世界中の少女がアンという名前に憧れたでしょうね。勿論eのついた。アンという名前を聞くと、いつでもそして今でも特別の感慨が湧きます。日記に「Dear Anne」なんて書き出しで綴っていた繊細な時期もあったなあ(遠い目)。

アンは美しい物を愛する心がとても強い女の子です。多分人並み以上に。アボンリーはとても美しいところですから、咲き乱れる花々、湖や並木道など美しい情景には事欠かないのですが、それだけではなく美しい服や装飾品を愛するごく普通の世俗的なところもしっかり持ち合わせているところが、アンをこれまた身近に感じさせてくれるのですね。
マリラがくれたあまりに実用一点張りの美しくない服を見ながら、ふくらんだ袖でレースがついた美しいドレスだと想像しようとするシーンには思わず同情。女の子だったらわかりすぎるくらいわかりますよね。ましてや他の女の子たちが皆、流行のふくらんだ袖のドレスを着ているとあらば。ふくらんだ袖に対する憧れは、これからしばしアンの大事なテーマになります。
この頃の小説って、まだ見ぬ服地に対する猛烈な好奇心も沸き立たせてくれたものでした。ギンガム、更紗、オーガンジー、タフタなどなど、ああどんな服地なんだろう、どんな手触りがするんだろう、と想像するのも楽しかったものです。

それからもう一つ憧れたのは食べ物の数々。「赤毛のアンのお料理ブック」まで出てるんですから、みんなそうだったんでしょうね。アンがダイアナに飲ませた(笑)いちご水や、プラム・プディング、ゼリー、レモン・パイ、あんずの砂糖漬け、そしてアラン夫人がご賞味されたレヤー・ケーキ(勿論塗り薬入りではないものです)!どんな外観なのだろう、どんな味がするのだろう。これまた想像が広がりました。アンが初めて食べて大感激したアイスクリームは食べ慣れていたのにね(笑)。

好きなシーンは数々ありますが、まずダイアナとの腹心の友の誓いのシーンですね。芳しい花々となごやかな夕日に照らされて、流れている水の上に立った気持ちになって「太陽と月のあらん限り、わが腹心の友、ダイアナ・バーリーに忠実なることを、われ、おごそかに宣誓す」。勿論ロマンティックな思春期に真似しましたとも。
それから、何と言ってもマシュウとふくらんだ袖のエピソードですね。ここを選ぶのはあまりにありふれているかもしれないけれど、好きだから仕方がない。無口で恥ずかしがり屋で、女性のファッションや流行などにはアボンリーで一番遠い人物なのではないかとさえ思わせるマシュウが、アンが他の女の子たちとはあまりに違う格好をしていることに気づいて意を決してドレスを買いに行くシーンは笑えて、でもジーンと来てしまいます。ドレスが欲しいって言えなくて、熊手と砂糖を買ってきてしまうんですよね。
「そうさな〜」が口癖で、余計な口出しはしないけれどきちんと物事を見ているマシュウ。洗練からはほど遠いけれど、純朴で働き者で、とても温かい心の持ち主で、ちょっと世間を超越した感さえあったマシュウが大好きでした。

それから、マリラ。心は温かいけれど、それをなかなか表せないでちょっ
と突っ張ったり冷たい言い方をしてしまう彼女も大好きです。アンのよう
な大げさな感情の表し方とは今まで縁がなかっただけに、面食らったのでしょうね。でも、アンの影響を受けて段々変わっていくところがとても愛らしい・・・と言ってはちょっと変でしょうか。

素敵な恩師ミス・ステイシー、アンの憧れアラン夫人、やかまし屋のリンド夫人に、アンの天敵ギルバート。ダイアナ、ジェーン、ルビーの遊び仲間とジョシー・パイ。個性豊かな人々の一人一人が長い月日を経て鮮やかに蘇ります。

アンはそれまでの少女ヒロインたちとは明らかに違う個性的で活発で最高に頭が良くて、優しいけれども見栄っ張りの等身大のヒロインでした。女性は一歩退くどころか、ギルバートと成績の一番を争う負けん気の強さ。どこまで行ってもギルバートはライバルで、クイーン学院でもメダルとエイブリー奨学金を賭けて争うのですよね。パートとしては短いけれど、アンのクイーン生活のところも好きです。


何もかも素晴らしいアンの世界だけれど、そこに小さな差別のいくつかが潜んでいることにも、ある程度の年になって気づきました。アメリカ人はヤンキーと呼ばれ新参者扱いだし、フランス人のジェリーはグリーンゲイブルスの雇われ小僧として、ちょっと役立たずみたいな表現もされている。カナダは英語圏とフランス語圏に別れているのはご承知の通りですが、プリンスエドワードはイギリス系が取った土地ですから、フランス系の立場が弱かったことに起因するのではないでしょうか。そういえば、ずっと後で日本も?な言われ方をされていましたね。これはモンゴメリ本人の偏見というより、時代、そして彼女の受けた教育やその地方の慣習などによって培われたものなのでしょう。

それでも多少の偏見も欠点も全てひっくるめて、アンとアボンリーとグリーンゲイブルスにはたまらない郷愁を感じてなりません。行ったこともないのに。かつて少女だった女性の方々、もう一度あの頃に戻ってアンと「恋人たちの小径」を歩いてみませんか?



☆「緑の髪の少年」という映画と歌があるのですが、どうもこのタイトルを聞くと「緑の髪の少女」を思い出してしまうんですね(笑)。

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