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新・そろ〜り

黄金華咲く

堺は未だ未だ小さな街であった。
町中に矢鱈に子供達が、うじゃうじゃ走り廻っていたが、
大人たちは、そんなものには目もくれず、
日々の方便(たつき)に大忙しであった。
先年関白さまの大阪城普請が始り、
旧来の漁師村がいつの間にか
活気着いて来たものだ。
しかし永かった。
応仁の乱以来、日本国中が下克上の世が続いて、
商売など専念出来る時代では無かった。
それにしても関白さまは偉い。
ま、考えて見れば、信長さまはもっと偉い。
しかしその関白様が、信長さまに対抗(太閤)して安土城にも
勝る大阪城を普請すると聞いた時は日本中が沸き立った。
「そげんこつ、出来ますかいな。」
「いいや、天下人のやる事に出けん事はなか。」
堺の街も大阪城景気で大騒ぎだ。


せせこましい路地に汚い土塀の家が有った。
「此処か。」
突然商家の用人が尋ねて来た。
「そろりとか申すお宅は此処でっか。」
外で洗濯物を乾かして居た年増女が、
「あんた。客が来たようだね。」
粗末な衣装に身を包んだ壮年の男が出て来た。
「儂がそろりだが。」
抜け目の無さそうな、そしてからっと陽気そうな男であった。
「ああ、お宅様で。ととやからのお使いで…」
「ほお、利休どんのお使いさんで。」
「まあ、狭い汚い家じゃが遠慮のう。」
「へい。」
あばら家同然の我が家に久々の客であった。
「どうぞどうぞ。」
「へい。」
「飛ぶ鳥落とす太閤さまのお伽衆の利休さんが、
何ぞご用で。」
「はあ、わては話は良う判りませんが、
一度お尋ね下さいとの事で。」
「では、二、三日致しましたら、
ととやさんへ魚でも買いにお伺い致しましょうか。」
「それは主人がお喜びでございましょう。」
男は早々に帰った。


曾呂利新左衛門の名前は御年配のお方は、
とうにご存知の事と存じます。
太閤秀吉に使えたお伽衆の一人だったそうです。
しかしこの話しの中で出てくる「そろり」氏は史実では全く有りません。
太閤はお伽衆(主人に仕え様々な情報を提供したり、
適度なアドバイスを試みる今で云うネット端末のような存在)
何でも八百人も居たとか申します。
(嘘八百と云う言葉も有りますが、沢山居たと云う事でしょう)
二、三日して新左衛門は、こざっぱりとした身繕いで家を出た。
汚い形をした子供達が十五人程、竹馬遊びで駆け廻っていた。
其れを横目に未だ整備されていない道をぶらぶらと歩いて居た。
新左衛門がこの地に住まい始めたのは五、六年前であった。
堺は地の利が良く、九州、地方と都を繋ぐ要衝であり、
商いも盛んに成り始めて居る。
幼い頃から師に付いて鞘師の技を身に付けて来た。
その技能もあろうが、目利きと生まれもっての磊落さと
頓智の効いた人物に、周囲から一目置かれて居た。

堺でも「ととや」の店の前は、こ綺麗に整い流石に主人の人柄を窺わせるものがあった。
店は中々繁盛して居るようで、客の出入りで賑わって居た。
新左衛門は店の脇で、何とはなしに、ぶらぶらして居た。
やがて「ととや」の小僧さんが、
「新左衛門さま。でございますか。」
「へ、へい。」
少し驚いて居ると。
「主人がお待ちしています。」
店の者に案内されてしずしずと中に通された。
特別に華美な拵えは無いが、
質素さと、清潔感を感じた。
裏側の小さな小部屋に通されると、
「ととや」の主人が、
小さな釜に湯を湧かして控えて居た。
「いつぞやは。」
「ご機嫌は如何でしょう。」
小部屋の戸を開け放つと、
初夏の裏庭に木漏れ日が差し、
馥郁たる何かの花の香りが漂って来た。
「良い季節に成りました。」
「手前は作法など、とんと…」
「宜しいのでございますよ。」
二人は昔からの朋友のように
にこやかに語らった。
「時にお伺い致します。」
「はい、何ぞ。」
「久々のお持て成しに寛いでしまいましたが、今日お伺いした目的は。」
「ああ、この間使いを遣りましたが、
実は。」
「何でございましょう。」
「永い永い戦の世も、恐らく仕舞いと思いますが、実に恐ろしいものでした。」
「手前は鞘師結え、戦も行く行くは飯の種。お恥ずかしい次第で。」
「いえいえ、そんな話ではござらん。」
「太閤殿下の辛苦のお陰で永い戦国の世も終始符が打たれた。」
「はい。」

天下の名城「大阪城」は
未だ未だ普請の最中で有った。
城郭内は巨大な岩の山があちらこちらに
堆く積み上げられて居た。
遠くに五間幅程の大きな岩を、
「ころ」に載せて大きな牛二十頭程、
人足五十人に引かせて居るのが見えた。
利休に従って足元の覚束ない新左衛門だが、
驚く事ばかりで有った。
「ご覧なさい。」
利休が指指す大きな岩の上で、
作業の音頭をとる大丈夫が居た。
「賤ヶ岳七本槍のお一人加藤様でございます。」
新左衛門もその武勇は耳にして居た。

「流石天下一の大阪城じゃ。」
その城普請に寄せる太閤の情熱に
新左衛門も肝を潰したものだ。
長い板張りの廊下を、
どう歩いたかは覚えてはいなかった。
「こちらでございます。」
利休が先導して広間へ着いた。
部屋の奥の日だまりに、
小柄な男が横たわって居た。
「利休。待っていたぞ。」
二人は小姓の導くままに、
畏みつつ侍った。
太閤に近づくと、
利休はちらと目をやり、
「太閤殿下には、少しご機嫌が優れませぬが。」
「ふんっ。」
利休は太閤の不機嫌な訳を既に知って居た。
「如何為されました。」
「ん。誰じゃ。」

太閤が半身を興すと。
「堺一の鞘師でございます。」
「ふんっ。天下一では無いのだな。」
「はっはっはっはっは。」
「…。」
「それは殿下がお決めなさる事でございましょう。」
「ふははははっ。」
そんな、おだてには乗るものかと言いた気に笑い捨てた。
「名は。」
「世間は、そろりと申します。」
聞いて太閤は面倒臭さそうに笑った。
利休が気を利かすと、
「新左衛門どのと申されます。」
「例の無駄口の鞘師であろう。」
利休の顔が僅か赤くなった。
「ふつつか者でござりまするが新左衛門にござりまする。」
「ウム。」
「殿下、何か浮かない話でも…」
「ふんっ。」

利休は太閤が大切にしている松が
枯れている事をすでに知って居ました。
太閤が浮かない顔をしているのはそれが原因らしい。
「私、そろり奴が殿下に祝い歌を、
お詠み差し上げたいと存じます。」
太閤は、ちらと二人を見返して頷いた。
新左衛門は、居住まいを正すと
「ご秘蔵の 常盤の松は 枯れにけり 
おのが齢(よわい)を 君にゆづりて」
太閤は驚いた顔をして、
「はっはっはっはっ。」
久々和まれたそうな。


「これは、加藤様。」
「利休殿か。」
「お役目お疲れ様でございます。」
「太閤様、清正只今戻りました。」
「おう。大義で有った。」
子飼いの武将清正の活躍に秀吉は満面の笑みで有った。
「こちらは新しいお伽衆でござるの。」
「例の無駄口の鞘師で御座ります。」
先程の太閤の毒舌を復唱した新左衛門に、
「はっはっはっはっ。」
大笑いの太閤で有った。

「これ、新左衛門。」
「はっ。」
突然機嫌の良く成った太閤だった。
「何か望みか。」
それは、見る者の腹の中をしっかりと見抜くような恐い、
そして魅力溢れる眼差しだった。
平伏した新左衛門は、
「いいえ、望みなど…。」「望みなど、何じゃ。」
「そう云えば、無い事も無いようで…。」
「ほうれ、見よ。そこな強欲奴め。」
「…」
「云うて見よ。」
「これだけは僭越な願い故…。」
「なんじゃ、金子か。」
すると新左衛門は、そっと周囲を見回して、
「殿下のお耳を…」
「日毎、殿下のお耳の臭いを嗅ぐ事お許し下さいませ。」
「ん。何と申した。」
「日毎、殿下のお耳の臭いを嗅ぐ事お許し下さいませ。」
これには一同、何の事か全く想像出来なかった。
「はっはっはっはっ。」
流石、切れ者の太閤。
直ぐに新左衛門の意図が判ったらしい。
「良かろう。許してつかわそう。」
「有り難き幸せに存じまする。」
もう一人切れ者の利休は渋い顔をして居た。


明くる日、
大阪城に出仕した大名達は見馴れぬ男の出現に、
あちこちで噂話が起きて居た。
「何者じゃい。あ奴は。」すると、
「曾呂利新左衛門とか抜かすお伽衆じゃないか。」
諸大名が登城すると、いつの間にやら、
太閤の脇には新左衛門が擦り寄って、
何やら告げ口して居るようでも有る。
歴戦の腕に些か自信の有る男達も、
何とはなしに尻がむずむずして来る。
従って新左衛門の本業である刀の注文も、
付け届けも増えると云うもの。
太閤の腹も痛まないと云うもの。
「くそっ、姑息な事を。」
清正等はこんな魂胆が一番大嫌いで有った。
一人心を悩ますのは利休で有った。

或日の午後、
広間の片隅で太閤、政所のねね様が寛いで居ると、
そろりの不在を確かめて利休は持ち出した。
「太閤さま。ご機嫌宜しゅうございますが。」
「何じゃ。」
「差し出がましい事ではございまするが…。」
「…ならば云わずとも良い。」
「利休、忠心より申し上げずば…。」
「そろりの事であろう。」
「新左衛門にあのような振る舞いを許されましては、
大名共も疑心暗鬼で、他に示しが付きませぬのでは。」
太閤の目が妖しく光った。
「わしの取り巻きずれが口を挟む事では無い。
大名共に馴れ合いは要らぬ。」
「いにしえの政ごとに、
和を以て貴しと云う教えも御座ります。」
「わしに指図を為すつもりか…。」
太閤は烈火の如く怒った。
どうやら新左衛門の申し出を利用し、
大名達の関心を引き付けるつもりらしい。
利休は暫く謹慎を願い出たとか。

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