カウンター

『名笛物語り他』

黄金華咲く

『名笛物語り』

壽永三年皐月。

麗らかな浜辺は新緑に包まれていた。

或日の午後、この地に長逗留して居た、平家追討の司令官、源義経の元に、敵軍平家の陣より、一人の密使が訪れた。

何事なるかやと、

雑兵共をば人払いして、

大将義経そして歴戦の部将の前に引き連れたなれば、

密使は平家の部将某と云う若侍であると云う。

この一ノ谷の戦いも、

一進一退。

小競り合いが果てしなく続き、兵共の心も厭世観に苛まれ、平家の今公達もその対策に心を悩ましたもので有った。

兵共の心の慰めに思い立ったのは、戦自慢の源氏の陣営を挑発する事だった。

それは波浪に漂う舟に扇の的を掲げて

「此を射て見よ。」

と難題を吹きかける事で有った。

源氏の兵が成し遂げれば、此を褒め契り、

成し遂げざれば

皆で嘲笑すれば

無念この上ないのは

あはれ源氏の武士のみ。

何れにしろ我等平家の

兵共の慰みにはなろうや。

何ともあはれなるは

もののふなれ。

源氏の武将で

正しく白羽の矢を受けたのは、

あの弓矢では無双といはれたる、

那須の与一であった。

武将人生一番の舞台が

兵共の慰みになるとは思わなかった。

射て取れば花。

しくじれば

武人として思わぬ謗りと

末代の生き恥を晒す事に成ろう。

されど

ご主君義経の熱い期待を裏切る訳には行かなかった。

「南無八幡。この那須の与一の一世一代の武人としての技、

しかとご照覧あれ。」

とばかりに一心不乱で有った事で有ろう。

さて、

平氏陣営から申し出られた遠矢の件は

誰をも熟知したれば、

余りにも詳細を極める事も詰まらぬ故、

話を戻したいと思う。

或日の午後、この地に長逗留して居た、

平家追討の司令官、源義経の元に、

敵軍平家の陣より、一人の密使が訪れた。

何事なるかやと、

雑兵共をば人払いして、

大将義経そして歴戦の部将の前に引き連れたなれば、

密使は平家の部将某と云う若侍であると云う。

「さて某、平家恩顧平某の家来佐々木歌ノ介と申しまする」

「お役目ご苦労に存ずる。」

「さてさて、我が君、この一ノ谷の浦合戦にては、

平家、源家双方、果敢成る果たし合いするも、

埒が付かず、両陣営困憊成り。

よって座興成りと源氏方に申し入れ、

後の鋭気と致したいとの所望でござる。」

それを聞いて大将義経、豪傑笑いをしたと云う。

「かんらかんら?」

近侍の武蔵坊弁慶、

「して、その申し入れは如何なるや。」

我が意を得たりとばかりに佐々木某は言った。

「我等が平氏一門、武芸に秀出たる者も多いが音曲に

名だたる公達も名を連ね居る。

しかしながら源氏の荒武者の中にも

「草刈り笛」とか申される名笛を見事に奏される

御仁がおられるとは平家の陣営中にても、

つとに噂でござりまする。」

それを聞いて、源氏総大将義経は、不思議な表情を見せた。

「平氏の陣営ではその「草刈り笛」の

持ち主を誰か知っての上でござるのか。」

佐々木某は、しらと惚ける様で、

「さあて、某そこまでは存じませぬ。」

平家の使者を残し、

頭領義経と近侍の者は円陣を作った。

「はっはっはっは。如何なものであろう。」

重鎮弁慶が口火を切った。「うむ。」

義経は一人難しい顔をして居た。

当代一の武将ではあり、笛の名手である事は、

家来弁慶と五条での出会いでも有名であった。

しかし今は源平両陣営決戦の時。

座興と言っても、一族を率いる頭領が、

座興如きで侮りを受けては甚だ面白くもない。

家来の佐藤某が

「恐れ多くも申し上げまする、平氏の拙い策に乗じられますな。」

すると梶原某は、

「貴公は殿に分は無いと思われるか。」

「いや、そうは言っておらん。」

「はっはっはっは。」

話題の主が笑い出した。

「人は力量有ると自負しても敵を侮る勿れだ。」

「そうですとも。」

「しかし、音曲の技を競うと言えども敵に背を見せぬのが源氏武者の心意気。」

「何の平家の青侍。怖れるに足りん。」

「殿。流石、我が殿。」

こうして義経は平家陣営の座興を受けて立つ事となった。

たちまちにして、

厭世観に苛まれて居た源平両陣営にこの噂は広がり

様々な風評を醸し出したのである。

平家の御座船が七隻程並んだ小さな浦が有った。

浜辺の仮御殿と御座船の間を行き来する女房共や、

それに仕える女子衆には、格好の噂話の種だった。

平家一門のたまり場には、遠く都を離れ、親子、

孫の代もが都落ちの悲嘆の中に日々暮らして居た。

「聞いたかい。」

「何の事だね。」

「源氏の田舎侍が平家の公達に笛の音で張り合おうってんですよ。」

「無駄な事だ。」

「戦しか知らない田舎者に笛など吹ける訳がない。」

「い〜や、それが源氏の大将義朝公のお子、義経はんどす。」

「あ〜牛若はんか。」

「それなら話は別じゃ。」

「平家はどんなお方が出られるのかいな。」

「平氏一門やったら誰がお相手かいな。」

「い〜や。平氏の兵は弓矢はともかく芸事には強いぞ〜。」

「だから都落ちなど切ない思いするんじゃ。」

「治に居て乱を忘れず。」

「誠、その通りじゃ。」

此は源氏の陣営奥深く、

小高い丘の上である。

鬱蒼とした山上の木の間越しに瀬戸の穏やかな海が見えた。

遥か先には御座船が豆粒の様に眺める事が出来た。

その日義経は気の利いたる若者を三人従えて、

山中をそぞろ歩いて居た。

すると森の奥から、

普段は耳にする事も無い筈の笛の音が聞こえて来た。

主従は誘われる様に笛の音が聞こえる方へ歩いて行った。

太古の時から茂り人の手付かずの森で有った。

見知らぬ少年が、大切な笛を愛おしむ様に吹いて居た。

その容貌を見た若者の一人が、

「我が源氏の者ではござらぬ。」

「姓名を問い申うさん。」すると義経は、

「問うには及ばん。」

と差し止めた。

暫し笛の音に酔いしれる主従に、

若者は気付いたのか笛は、はたと止んだ。

「これは罪な事を致した様だ。」

若者は華奢な見掛けでは有るが、

利発そうな眼差しは既に相手がどのような人物か

おおよそ見当は着いた様で有った。

「中々良いものをお持ちの様じゃ。」

若者は顔を赤らめると、

義経の容貌に魅せられてか、

まじまじと見詰めると、

非礼と気付いてか、

「源氏の御大将と覚えまする。某…」

「良い。名乗る事も無用と思う。」

「恥ずかしながら拙い調べをお聞かせ致しました。」

年長者の義経はにこやかに笛の音を讃えた。

「戦の場に非ず故、姓名を名乗る事も無用為れば、

せめて掌の笛の名前を聞きたい。」

若者は微笑んでは、

「青葉の笛と申しまする。」

「うむ。良い笛じゃ。」

暫くその余韻を愉しみ主従は若者に別れたを告げた。

季節は皐月も過ぎ、

平氏陣営から提案された笛の調べを競う余興も

梅雨空に流れて行った。

雨の少ない瀬戸と云えど、

流石梅雨時とも成れば、毎日欝陶しいのは仕様の無い事。

陣営の奥にある義経仮の宿も静まり返って居た。

「さて、日がな降り続く雨空に兵共も気が塞いで居るような。」

「殿、晴れ間でござる。」

「おう、月だ。」

暗い梅雨空に僅かでは有ったが晴れ間に月が見えた。

「懐かしい。」

「御意。」

思えば義経が少年だった頃。洛内にはこんな噂が立った。

都では月夜に成ると五条の橋に怪人が現れては、

路行く武士の刀剣を奪うと云う話で有った。

「はっはっはっは。」

「笑い話でござる。」

「はっはっはっ。」

「牛若様は強うござった。」

感慨深げに語ったのは

弁慶で有った。

「昔の事じゃ。」

無邪気だった頃の話は甚だ面映ゆい。

主は、やおら母常盤の片身の笛を取り寄せると

、神妙な顔をして吹き始めた。

笛の音は静寂の闇を衝いて遥か遠く迄響いた。

「聞いたかや。」

「一体何のこっちゃ。」

「何もかも偉いこっちゃ。」

「判らんなぁ。」

「三日後の月夜の晩にのう。」

「ちょっと待ち。」

「何じゃ。」

「月夜は晩に決まっちょる。」

「話の腰を折るんじゃない。」

「面目ない。」

「いよいよ源氏平家の決戦が有るらしい。」

「うむ。いよいよか。場所は何処か。」

「一ノ谷は栄螺ガ浜じや。」

「で対戦相手は。」

「平家は未だうら若い、何でも敦盛とか申す公達。」

「うむ。名前は知っとるぞ。」

「相当、笛の名手らしいが。」

「源氏は誰じゃ。」

「はて、」

「わしが聞いた話によると源氏の白羽の矢は、あの総大将らしい。」

「嘘だ。わしを謀る気だ。」

「何の、嘘なものか。」

「源氏の大将は敵に背中を見せないものさ。」

「お前、何時から源氏方に…。」

「はっはっはっ。そこが平氏の姑息な処よ。」

「いいや、お前は敦盛様の技量を知るまいて。」

さてさて上は裏なりの公達から下々、

荒武者迄その一大事件に大騒ぎなそうな。

と或る、穏やかな初夏。

強い陽射しに瀬戸の海を渡る風は凪て居た。

昼過ぎころには何やら雲行きが怪しく成り、

黒雲に被われた空には電光が走った。

「うわぁ。こりゃ酷い降りで御座る。」

「うむ。今宵は無しか。」暫く驟雨が続いたが、

一時もすると晴れ間が見えて、

かつて有り得なかった源平両軍による音曲調べの宴が始まりつつ有った。

「はっはっはっはっ。」

「ほっほっほっ。」

久々に笑い声が聞かれた。

前座として平家方の女房どもが、鼓と舞で場を賑やかせると、

久方の都ぶりに涙する者も少なくは無かった。

「良いものよ。」

「ほんに。」

そして初めに仮舞台に登場したのが、若い平氏の平敦盛で有った。

既に月は天上に高く昇り、昼間の雨で欝陶しい澱んだ大気も澄み、

篝火も舞台の奏者を赤く照らした。

ざわめきも消え、しわぶき一つ聞こえず、一ノ谷一帯は無人の様相を現して居た。

静かに細い笛の音が聞こえ始めた。

ひょうひょうと

長く長く

この静かな浦に鳴り響いた。

時にはりょうりょうと

平氏の運命の落日を

哀しむように

笛の音が泣いて居た。

黙して只、

無心に笛の音を聞く人々の中には涙する人々も居たと云う。

ふと気が付くと笛の音は、

はたと止んで居た。

敦盛の姿が消えると、

舞台には、かつぎに身を隠した小柄の武将と見ゆる姿が現れたかと思うと、

敦盛にも勝るで有ろうか、

不思議な調べを奏でるではないか。

遠い懐かしい都の華やぐ様、

名も知らぬ鳥達の囀り、

びゃうびゃうと

ひようひよう

ひようと

聞く人々の心を慰めた。

彼の吹く笛は、

吹く者に

力を与える魔笛か

否、否正しく

彼こそ、天性の笛の達人なのであろう

聞く者には

飛ぶ鳥も

野の山も

吹き渡る雲も

竜神の降流の様も

思い描かされた

と気が付くと

舞台の上は誰も居らなかった。

皆々、陶然とした様で有ったそうな。

「や、やはり烏天狗か。」

源氏平氏の命運をかけた戦も

多くの人々の心を

荒ませたが、

今宵の笛の音の

競いが

些かでも

兵どもの

心を

和ませらるれば

また、良きかな。

『ヴォルフの旅』

この話しは實は或日、

唐突に思い付いた、現実の天才モーツァルトの話しでは有りません。

強いて言えば三・五次元世界の話しで、史実と検証する次元のものでは有りません。ネタが詰まれば即刻最終章に成り得る極めて危険な作品で有ります。

著者記すー

「ヴォルフ、ヴォルフ。起きなさい。」

街道の宿場街に有る小さな煉瓦造りの宿が有った。

三階の窓の扉の隙間から、明るい陽射しが漏れて居た。

未だ幼い幼児の顔が光りに浮かび上がって居た。

天真爛漫な寝顔は、罪と云うものなど、

あ全く知らぬ気で、高貴なものさえ感じさせた。

「いつまで寝てるんだ。」

ドアを開けたのは一家を支える大黒柱モーツァルト氏で有った。

「食事をしたら早々にこの先の寺院に行かねばならんのだ。」

「眠いんだ。」

「眠いだと。それは許さん。」

又欝陶しい一日が始まった。

壮年の彼にとって一家を引き連れて、旅周りの日々はきついものだった。

長い流浪の人生であるが、

彼にとってこの未だ幼い息子が、今は人生の宝物で有った。

「眠いけど、お腹が空いた。」

「はっはっは。子供がいつまでも夜更かしして居るからだ。」

「だって、子犬のマリーが…。」

「お前がいつまでもお節介するからだ。」

いつでも朝から大騒ぎなので、

さすが子煩悩のモーツァルトも苦笑いで有った。

「モーツァルト様。寺院からお迎えでございます。」

時遅しとばかりに迎えが来てしまった。

『蒼い革手袋』

ブダペストは著名なピアニストであるリストが

活躍した音楽の聖地でした。

そのリストの暮らした建物は「リスト記念館」になっています。

或る霧の深い早朝、新聞配達の少年は

記念館の裏口から慌てて立ち去る人影を見た。

その日、当地の夕刊三面記事に「リスト記念館に賊が侵入、

被害は見当たらず。」と云う小見出しが有った。

数週間後、市のセントラル公園は大勢の人混みで溢れ返って居た。

公園の広場には大きな大木が有り木陰では

一人のアーティストが古びたピアノに向かって

リストの小品集をメドレーで弾いて居た。

その音の軽やかさ、鮮烈さは人々を酔わせるに十分でした。

「ブラボー、ブラボー。」

ひとしきり喝采が続きやがて人々の

アンコールを希望する熱烈な叫び声に変わりました。

「ら・かんぱねーら」

「ら・かんぱねーら」

「ら・かんぱねーら」

熱情の沸き上がる特設のステージに奏者も

戸惑いを隠せませんでした。

彼は愈決意せざる負えなくなり、

強く唇を噛み締めると、

リストの名曲「ラ・カンパネーラ」

を弾き始めたのでした。

或る女性が目を止めました。

未だ若い新鋭のピアニストの手が

蒼い革手袋に包まれて居た事を。

つづく

メアリーは七歳。ある日メアリーは公園でママと遊んで居ました。

しばらくして、

「ママ。これ欲しい。」

母親が見るとベンチの上に蒼い革手袋が忘れ去られて居た。

母親は手袋を見ると、

「メアリー。あなたの大切なお人形を無くしちゃったら悲しいでしょう。」

「判った。」

一週間後メアリーは公園でまた蒼い革手袋を見つけた。「ママ。これ欲しい。」メアリーの願いにママは笑って答えました。

「しようが無いわね。」

明くる日、メアリーのママは、驚いてめざめました。二階のメアリーの部屋からピアノの音が聞こえました。

「誰かしら。」

早い旋律の曲は、とても素人のものには思えませんでした。

それはメアリーの部屋から聞こえました。

「メアリー、そこに誰かいるの。」

ドアを開けると、

「ママ、弾いちゃった。」「そんな訳無いでしょう。」

母親が思わず見たメアリーの手には蒼い革手袋がはめて有った。

Ads by TOK2