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『はは。航海王の後悔』

黄金華咲く

法螺ふき男爵海洋編

流れ流れて行き当たりばったり、老いて尚ろまんの法螺日記その01


(この話は現実の事件、人物の話ではございません。只思いつきで都度書いて居る為、いつ突然最終章に成るやも知れない、危険な、いい加減な作者の無駄話しでございます。余り期待しないで下さい。即断筆になるかも知れません。)
儂は今ポルトガルのリスボン沖合いを南下中である。一週間前にベネチアングラスで有名なベネチュアを出港した。と云う我が輩の乗船は驚く勿れ、ベネチアングラスの職人が精魂込めて造ったワインボトルであった。
此処迄書くと諸君は、眉唾ものと、瞞着されまいと用心するに決って居る。
儂のボトルシップは全長13.5メートルの巨大なワインボトルである。
宙吹きを知っとるかね。食器等の成形法の一つでのう。型を使わず吹き竿に巻き取ったどろどろの赤いガラスを宙空で吹いて成形する、其れは大変な職人芸じゃ。儂の依頼したグラス工房の職人、サンチョ爺さんが、熱風の中で三日三晩、寝ずに造った代物さ。そりゃ、嘘だってニヤリと笑い居ったな。
まあ、信じたく無い奴、騙されたく無い御仁は、さらばじゃ。
と、何を話して居ったか忘れてしまいおった。
そうそう、儂の永年の夢だった、巨大なワインボトルに乗って、世界を旅するのが男としての夢。七十路に成って到頭叶いよった。
ベネチュアを出港したのは、ヨット型牽引ロボット(GPS内蔵《globalpositioningsystem》汎地球測位システム。国防総省のGPS衛星から専用ターミナル電波を受信し、自身の位置を知るシステム)に牽引されて、リスボン沖合いまでは、悪童クラブの連中と、ワインパーティの真最中。
皆非情に興奮したらしい。特にリスボン沖合いでは街の夜景や、漁船の漁り火が、半水面下のボトルの中で何とも言えない幻想的な煌めきでねぇ。
皆、疲れも忘れて見入ったものじゃ。今夜は、お休み。
「ZZZZZZ…。」


流れ流れて行き当たりばったり、老いて尚ろまんの法螺日記その02
「ツーッツーッツーッツーッ。」
二日酔いの生欠伸と共に緊急警報ブザーの騒がしい音に目を醒ました。
一瞬此処が何処か全く判らなかった。
ああ、此処は海の中。
そう、儂は今独り後悔…。いや違った。航海を始めたんじゃ。
「只今、北大西洋航路の客船の航路を横断中。コンピュータの誤作動により、あと、30秒で、進行中の客船と接触の可能性あり。」
「ひゃっ。こりゃ不味い。未だ死にたく無い。」儂は大慌てでヨット型牽引ロボット(GPS内蔵)を手動に切り替えた。
ワイヤーを通して、牽引ロボット(GPS内蔵)の進路を変更。
すると、船内に耳を劈く超大型スクリュウの音が鳴り響いた。
「た、助けてくれ〜。」
巨大客船の船腹を、ぎりぎり擦って我がボトルシップは二回程大きく回転した。
齢七十路の我が輩は、大きくすっ飛ばされるや、船底やら、天上やら、訳の判らぬボトルシップ内の壁に押し付けられて何度も回転しおった。何時間経っただろうか。
漸く我がボトルシップは平静を保った。
ヨット型牽引ロボット(GPS内蔵)は自動サポートシステムの作動で、全動力をストップして居た。
「……。た、助かったらしい。」
流れ流れて行き当たりばったり、老いて尚ろまんの法螺日記その03
我がボトルシップは、一段と紺色に沈むカナリア海流に乗り、しずしずと南下し始めた。
一日蒼い世界に包まれて、そう。今日の午前中は、我が艇に寄り添って、十数頭のバンドウイルカがはしゃいで回った、ボトルシップの周りを上から下。右から上へと回転して、大変優雅なパフォーマンスを見せてくれた。その時遥か彼方から、何やら海藻に包まれた岩の様な物が流れて来た。
「はて、何じゃろう。」
儂は身を乗出してそいつを見つめた。
ああ、どうやら海亀の死骸らしい。
「土左衛門か。」最近の若い連中は、土左衛門と云っても良く判らんじゃろう。
決してネコ型ロボットの事ではない。
【土左▽衛門】とは
《ふくれあがった水死体を、享保(1716〜1736)ころの江戸の力士成瀬川(なるせがわ)土左衛門の色白の肥満体に見立てて言いだしたものという》おぼれて死んだ人のからだ。水死体。
「はっはっはっはっはっは」儂は一人で笑ってしまった。
こんな事迄、解説せにゃならん世の中に成り居ったか。
「なんだ。」儂は其の亀の土左衛門をじっと見ると、何やら亀の口の辺りに見なれた物を目にした。「こんな所迄厄介な。可哀想に。」大きな海亀はビニール袋、レジ袋を海月か何かと勘違いしたらしい。亀の旺盛な食欲が災いしたと云うより、間違い無く環境汚染の仕業だ。
最近はビニール袋が深海底まで沈んで居るのを見つけるそうだ。「……。」
《海の博物館》より
http://www.muse-tokai.jp/publish/umihaku/2002/v32n3p2.html
深海底の買いもの袋
深海にすむ生きものは、その環境下で生き残りをかけ、様々な工夫をしているのです。ところで、環境破壊は、さまざまなところで問題になっていますが、残念ながら、すでに深海にも人間による環境破壊が進んでいるのです。例えばここ駿河湾の水深2200m地点では、海底にビニールの買い物袋が山のように堆積していて、視界はわずか2mほどしかありませんでした。私が調査してきた日本周辺の中では、駿河湾が一番汚れていました。東北の6500mもの深海でも海底はゴミだらけです。これを見たときは大変ショックでした。これらのゴミは、非常に長い時間をかければ分解されますが、それまでの問に様々な有毒物も発生し、深海生物に非常に悪い影響を及ぼす可能性が高いのです。


No.90101:突然
どっしい〜ん。
突然、突き上げる振動に思わず目を醒ました。
目の前のガラスを通して、暗い穴蔵が迫って居た。
「なんだ、こりゃ。」
桃色の巨大な魔物の口が痙攣して居た。
「抹香鯨。」
嫌な奴に襲われちまった。
儂の愛するボトルシップをガリガリ齧って居る。
口の脇にじっと見つめる目玉が有った。
そうだ、一瞬閃いた儂は、カメラを手に取ると一発フラッシュを焚いた。
がばっと巨大な口が閉じた。
後は逃げるしか無いが、元々風来坊のボトルシップは逃げ足もとろとろ遅い。
奇跡と云うものかも知れない。
こんな旨くも無いガラス瓶に懲りたのか。
巨大鯨は、以外と諦めが早かった。
【アンカレジ(アラスカ)12日ロイター】アラスカ沖で先月に捕獲された巨大なホッキョククジラ(訂正)の体内から、1800年代に商業捕鯨で使われていた銛(もり)の破片が見つかった。現地ノーススロープ郡の当局者らが12日に明らかにした。
同地の野生生物学者クレイグ・ジョージ氏は、このクジラの年齢が130歳前後の可能性があると指摘している。
発見された破片は1880年前後に製造されていた爆薬仕掛けの銛の一部。現地に住むイヌイットが先月に捕獲したホッキョククジラ(訂正)から見つかった。
【捕鯨とクジラ保護】
Yahoo!知恵袋に寄せられた質問と回答
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/science/whales_and_whaling/
- 捕鯨に関する質問-回答を受け付けています
- なんでクジラを食べちゃいけないんですか?絶滅するからですか?
- なぜ捕鯨は国際社会から冷たい目で見られるのでしょうか?
- なんで日本は国際の反対を無視し、捕鯨し続けるんでしょうか?
- 捕鯨に反対する人たちは、ほとんど感情論ですか?
- 鯨の肉ってどんな味がするのですか?


No.90247:すっかり体力が落ちてしまった。
矢張り外洋の海は荒い。思った以上に激しい上下回転運動に流石の儂も、吐くだけ吐いて、胃の中がからっぽに成りよった。「あ〜〜う〜、気持ちが悪い。失敬。」
二日程何にも喰わずに、すっかり体力が落ちてしまった。
長い船内生活が続くと、憂さ晴らしがしたくなってね。
そうこう、して居る内に今日も夕暮れ時になってしまった。
さて、今夜はお腹が空いたので、何にも自分でしたく無い。
おもむろに、通販で買ったテレポートマシーンを前にして、スイッチを入れると、モニターに和洋中のメニューが出た。
築地の寿司が喰いたいが、寿司はテレポートマシーンには余り向かない様だ。
テレポートマシーンの寿司は、何だか摩擦熱でほかほかだ。
とても喰う気には成れない。よし、カレーライスが一番か。
早速、ビーフカレーを注文した。
便利になったもんだ。地の果でも、横須賀の海軍カレーが食える。
味は良いが、食材の口当たりが今一びしっと決らない。
肉の味はしても、肉の歯ごたえが無い。
開発の余地は有るね。


No.90248:Re:すっかり体力が落ちてしまった。
テレポートマシーン・転送装置(transporter)とは、それ自体が移動する事なく、物体を瞬間的に遠隔地へ送り届ける架空の装置である。物質転送機など作品によって名称が違う場合もあるが、SFにしばしば登場する輸送手段の一つで、特にアメリカのSFテレビドラマ『スタートレック』シリーズのものがよく知られている。
1.最低2機の装置を用意し、一方を送信機、もう一方を受信機として使用するもの
2.送信機だけあればよく、送信機から任意の場所へ転送するもの
3.受信機だけあればよく、任意の場所から受信機へ転送するもの
に分けることが出来る。
*『スタートレック』の転送装置は1〜3のどれも可能である。なお、2と3が可能なら、転送装置の場所とは無関係に任意の場所から任意の場所へ転送することもでき、作中でもそういう使用例がある。
*「ワームホール方式」は傾向として1のみであることが多い(作品によっては特定の2機がペアになっており、その間でしか転送できない場合もある)。
ちょっと話が飛び過ぎた嫌いがあった。
No.90633:作り話しですが
カナリア海流を更に南下して居る。
或時は波浪の波の高低差が、二十メートル近くも有る。
全く其れは快速のエレベーターと云うより、天国から地獄へまっ逆さました様なぞくッとした快感。
狂気じみた爽快さで、経験しないと判らんかも知れない。波が治まると様々な生物との出会いが有った。
じっと竜宮世界を覗き込む様な、陶然として居ると、鰯の群れであろうか、幾千万もの大群が、
そう、オーロラ、海の底の生きたオーロラの様に色々な情景を描いて見せてくれる。
こんな世界が永遠に続いてくれないだろうか。
時には巨大なイトマキエイ、通称マンタで有名な巨大魚が訪れる。
優雅である。
もっと、生物学を学んでおくべきだったかも知れない。
昨夜は仰天した。
☆一つ無い夜の海で、両足の下に満天の星が広がって居た。
夜光虫や、夜光海月であろう。
感無量だ。
中でも不思議は、数十メートルは有るであろうか、遥か下の方で、夜行列車か、客船のイルミネーションのような煌めきが見えた。
儂は何故か涙ぐんでしまった。
《テーマ写真館》
http://www.volvox.co.jp/umi/22_nwph/nwph0306.html
《DEEP-SEAPAGES》
http://people.whitman.edu/~yancey/midwater.html
No.91772:Re:作り話しですが
ただ今…
ヨット型牽引ロボット(GPS内蔵《globalpositioningsystem》汎地球測位システムの故障により、連絡できません。
(ユーモアです)
No.92878:システムの故障が治りました。
やっと…
ヨット型牽引ロボット(GPS内蔵《globalpositioningsystem》汎地球測位システムの故障が治りました。
「ゴ〜ウンッ。ゴ〜ウンッ。」
濃緑色のボトルシップの中で、何時に無く波浪に伴う音が鳴り響いた。
ふと、目を醒ますと、海は相当の荒れ模様であった。
6〜7メートルは有るだろう波の高低に、快感とも不快とも付かない感覚で有った。
猛烈に肚が鳴った。
辺りは暗いが、時間はもう、午前九時であった。
水面近くは大きく泡立ち、足元は遥か深く下まで暗かった。
何かの弾みにオーディオのスイッチが入ったらしい。
突然ベートーベンの《月光の曲》が流れ始めた。
混濁した海面。恐らく海面上は雨であろう。
海の中は何処迄も暗く、静かであった。
空腹では有ったが、やたらに眠かった。
半睡眠中の夢とも朧とも付かない中、
大いなる海と云う母の胎内抱かれた思いで有った。
《月光の曲》も止まり、どれだけ眠ったか。
真っ暗な天上に、ガラス瓶を通して、黄金色の月が煌々と冴えて居た。
天と海との間に私の意識だけが、じっと光りを見つめて居た。


No.93010:Re:システムの故障が治りました。
「ゴツン。」
我がボトルシップの底が何かに触れた。
「がががっ」と海底を擦るのが判った。
「座礁か。」
大西洋の南東部のベンゲラ海流に乗って流されて行く。
「このまま南極まで突っ込んだら不味い。」
そう思って居た矢先の出来事であった。
「浅瀬に乗り上げたらしい。」
コンピュータによると現在此の辺りは干潮らしい。
「やれやれ、満潮まで待つか。」
ヨット型牽引ロボット(GPS内蔵)の自動カメラで海上の
様子を見ると、霧の晴れ間に見慣れぬ島が見えた。人工的な物は一切見当たらず、
無人島らしかった。
「たまには丘に上がって冷たい黒ビールでも飲みたかった。」
「…。」
もっと島の様子を見たかったので、ボトルシップのコルク栓を押し開いた。
甘い新鮮な涼風が入り込んで来た。
思わず背伸びをしながら、島の稜線を眺めた儂は驚いた。
「う〜〜〜む。」
何やら巨大なモニュメントの様な物が眼に入ってしまった。
「いや〜〜見なけりゃ良かった。」どうしてかって?
そりゃ人一倍好奇心の強い、野次馬根性の儂として、好奇心の虫がソロソロと蠢き始めたからさ。
双眼鏡で良く見たが、その巨石の雰囲気では当然イースター島のモアイでは無いのが、
素人の眼にも明らかだった。巨大なマスクがじっと沖合いを見つめて居た。


No.93043:「さようなら。何にも無い島。」
突然何処からともなく飛んで来たのが一本の矢。
儂はすかさず周囲を見回すと、15メートル程先の、潅木の陰に人影を見つけた。
儂は、時を逃さずハッチから出ると、懐の愛用のコルトに手を忍ばせた。
…。と云う筋書きは、良く有る三文映画の話しで有った。
儂の話しの場合は、無い。
そんな、都合の良い話は、そう有るものじゃ無い。
此処は無人島。モアイも無ければ、
現地人の居ない無人島。
(そして女も…。失礼。)
只、聞こえるのは波の音。
そして、小鳥の囀声。
なんと、長閑では無いか。
すると足元がぐらつくと、
ボトルシップはふわっと浮き上がった。
此れで此の島とも、お別れと思うと
去り難いものであった。
「さようなら。何にも無い島。」


No.93577:Re:「さようなら。何にも無い島。」
これは寒い。到頭儂はガラス瓶ごときで欧州の海から遠く大西洋の南端まで来てしまった。此れからは航路の厳しいエリアなのでプロのパイロットに託し、お任せする事にした。
地元の一流航海士の操舵する小型船で難所を牽引して貰う訳じゃ。
「ジミ−、宜しく。」
「OK!」
なんて心地よい態度だろう。
「海の男は良い。」
小生の友『あいつ』
あいつがやって来た。何処となく温かみがあって、雄弁ではないが、無口でもない赤ら顔。、大きながっしりとした、手を差し伸べてくる。「やあ、しばらくだったね、嫁さん元気。」潮風に吹かれて枯れた声が懐かしい。「まあ、行こうや。」
行こうと云っても、特別行くあてがある訳じゃない。「まあ、ずっと歩こうや。」「いや〜、ほんとしばらくだね。」だら
だらした坂道をあれこれ話しながら、時に笑い、あっという間の半日。良く晴れた日射しは未だ暑い。次の出合いを又愉し
みに、名残りおしいのはお互いさま。「おい、今度は奴も一緒に呼ぼうや。」「そうだね。」
『大きな背中 』
南の海辺の小さな村に、夏がやって来た。ラムネ色の透明な風がびゅう、びゅうと吹くと、風見鶏の羽がくるくると回ります。
子供達は水辺ではしゃいでいます。太陽の光が波打ち際でキラキラ輝いています。出し抜けに「ブオーーッ」と汽笛が
鳴りました。突然の事に大人も子供達も、顔を見合わせて「やっ。帰っ来た。」
白い夏服の人々が、港の桟橋目指して走り出しま。海の向こうから、鼠色の巨きな船が、黒い煙りを吐き乍ら。広いデッキの船端には真っ白い襟に紺色の水兵さんが、きりっとした顔で、敬礼敬
礼、そして敬礼。「やあ。又会えたね。」
元気なあい…。」「でも、すぐ又海
が恋しくなるんでしょ。」
「はっはっはっは。」
「海は良いよ。」
「広くて、優しくて。おふくろの様なもんさ。」
「おふくろの様に又、怖いもんさ。」「はっはっはっは。」

「一杯行こうよ。」
「ようーし。」大きな背中が帰って来た。


No.94732:ちえっ、ジミ−め
「嗚呼素人は此れだから困る」
「操舵よ、いや、そうだ。馬鹿云っちゃいけないよ。
ベングラ海流は南極から北上する海流じゃないか。
其れに乗ったら、北上するに決ットル!!」
「全く何にも知らないんだから。」
「失礼!平にお許しを!!!」
「そうなんです。其の通りなのである。」
「読者の皆様。こんな馬鹿な三流の綴り方を読んで、こりゃ、嘘だ。間違いだと判っていらっしゃったら、遠慮無く、扱き下ろして下さい。其処が此処のコーナーの他に無い面白さじゃ無いですか。」
「ええ、気が付かなかった?…黙っていりゃ良かった。」
「ええ…。」
「儂は兎も角、希望峰は回る事にした。頼むよ。ジミ−。」
「其れが端から希望じゃった。」
「ちえっ、ジミ−め。にやりと笑い居った。儂の間違いを端から気付いて居った様じゃ。」
水平線の彼方から、沢山の船が此の航路へと目指して来よった。
左手は黒い大陸。
「環境破壊で今はジャングルも減った事じゃろう。」
「曾ての黒い大陸よ、あばよ。」
http://my.internetacademy.jp/~s1201425/gazoupage/africa/africa5.html
http://around-world.net/AFRICA/AFRICA.htm
「ああ、味噌汁の味が懐かしい。」
「お新香。納豆。寿司…ホームシックかな。」


No.95378:Re:ちえっ、ジミ−め
誠に残念な事に、喜望峰を回ると北上する海流は皆無。
又々ジミ−は、にやりと笑いおった。
海の男も今一と臍を噛みたい処だが、其処は小生、些かも動じず、
「ジミ−やってくれ。」
「イエッサー。」
何と歯切れが良い。
(たんまり弾んだお陰もあるが。)
故郷の家族が気に成るらしいが、
そこはジミ−は生っ粋の海の男。
些かも、顔には見せずに涼しい顔。
のんびり曳航頼りの気侭な海中散歩だが、
今朝、儂は驚いた。
丁度左舷(ワインボトルに右舷も左舷も無いのじゃが。)
に黒い影が見え隠れした。
もしや、
そうそう、此の辺りは確かマダガスカル諸島マダガスカルと云えば。
「やっぱり会えた。何て間が良い。」
シーラカンス/
シーラカンス目の魚類の総称。デボン紀に出現し白亜紀に絶滅したと考えられていたが、1938年に捕獲され、ラチメリアと命名された。全長約1.5メートル。体は側扁した長楕円形。体色は金属光沢を帯びた青緑色で淡色斑が散在。内部諸器官にも現生魚類と異なる点が多く、脊椎動物進化上貴重な資料。マダガスカル島やコモロ諸島の沿岸に分布。


《シーラカンス調査》
http://www.marine.fks.ed.jp/coelacanth/2006/index.html
無類の魚好きの儂じゃが、流石シーラカンスは食欲とは別次元。
太古の時代の置き土産。あっと云う間の出会いじゃった。
インド洋と云えばT海のシルクロードUが有名だ。
そう云えば、海の色の我がボトルシップを通して、水面ぎりぎりの視線の遥か彼方に巨大なジャンクの帆が見えた気がした。
良く見ると、モンスーンに吹かれて沸き起こった積乱雲だった。
さあ、スコールだ。
髭だらけの我が輩はボトルシップのコルク栓を押し上げ、ロープを手繰り寄せて、ヨット型牽引ロボット(GPS内蔵《globalpositioningsystem》汎地球測位システム。国防総省のGPS衛星から専用ターミナル電波を受信し、自身の位置を知るシステム)の上に這い上がった。
何をするかは判るJARO。此のスコールを待って居たんじゃ。
暫く風呂にも入れ無かったんじゃ。
ボトルシップの中は、時に蒸し風呂、時にご不浄、また、食卓で、甚だしい臭気に溢れ替える事になる。
男でも、友人でも招待は控えている。


下らない話は此れくらいにして、さあ、出発。
東洋。その海の道へ、東アジアとの交易路は「海のシルクロード」と呼ばれ、中国の華南を発して、南シナ海、インド洋そしてペルシャ湾及び、紅海から地中海世界に向かう。東西をむすぶ海の交易路であった。
[「海の道」の中心を占めるインド洋、とくにその北海域は、モンスーンの影響が強く、夏には時計軸と同じ方向に、冬には時計軸と反対の方向にながれる海流が生まれる。季節風とこの海流を利用すれば、帆船であっても10〜12ノット(毎時18〜20km)の速さで、大量の商品と人を比較的安全に長距離はこぶことができた。このような大洋における季節風を利用した航海を本格的に活用するようになるのは、2世紀くらいからだといわれているが、これにともなって、「海の道」は洋の東西をむすぶ国際交易路としてさかえた。 
15世紀末にバスコ・ダ・ガマのインド航海の水先案内人をつとめたことで知られるムスリムの航海者イブン・マージドは、ペルシャ湾のホルムズを出発し、西北インドのシンドにいたり、そこからインド西海岸を南下してセイロン島(現スリランカ)の南を迂回し、ビルマ(現ミャンマー)のマルタバンにたちより、ついでマレー半島の西海岸を南下してマラッカ(現ムラカ)に到達し、マラッカ海峡からシャム湾(タイランド湾)にはいってタイの王都アユタヤにいたり、そこからインドシナ半島のカンボジア、チャンパ(現ベトナム南部)を経由して、中国の広州、泉州に到達する海路を記録している。
この「海の道」の歴史的な展開は、各地の歴史に大きな影響をあたえた。「海の道」がインド洋から南シナ海にはいる所に位置する東南アジアでは、当初はマレー半島を陸路で横断してシャム湾からベンガル湾にでるルートが活用されていたが、6〜7世紀ころには航海技術の発展により、マラッカ海峡を利用することが可能になり、この変化がマラッカ海峡を支配するスリウィジャヤの成立をうながした。また、イスラム世界の成立は、インド洋交易の発展とむすびついていた。ムスリム商人をおもな担い手とするインド洋交易との結び付きの中で15世紀に成立するマラッカ王国は、東南アジアに対するイスラム教普及の拠点にもなった。
当時のマラッカでは、中国からきた絹織物や陶磁器、香料群島(マルク諸島)の丁字(ちょうじ:スパイスの原料)などが西方に輸出され、インドの綿織物や、西方の銀、香辛料などが中国や東南アジアに輸出されていた。この時期まで、「海の道」の主要な担い手は、中国人のジャンク船(中国伝統の木造帆船)とムスリム商人のダウ船(1本マストで三角帆の小型船)であり、15世紀末からの大航海時代とは、繁栄する「海の道」にヨーロッパ勢力が参入してきたことを意味していた。]

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