カウンター

イマージュツアー21

グレートリバー物語り8

黄金華咲く

 グレートリバー、それは偉大なる大河。人間は三千年の歴史の中で、釈迦、耶蘇、マホメッドと、その他多くの霊的指導者、聖人を排出して来ました。その起源は一つの見えざる大いなる源泉で有る事は、疑い様の無いものであります。多くの支流、本流を伝えて、軈ては大河は、大海原に一つに注がれるものであります。生長の家は、開祖の谷口雅春尊師の、求道の末の「今起て!」の霊的な言葉に始りました。いま人類は多難な時代を目前にしています。世界的な経済難、災害、疫病、紛争。国際的救済機関が幾つ出来ても、人々の心が変らなければ、この難局は越えられないと云うもの。今こそ、あらゆる人々が万教帰一の元に人間愛で、救うべき大河となって、進もうではありませんか。

久遠を流るる命

訓古的に仏教経典を研究する学者は、著作の年代とか、本当の著者の名前とかを問題にし、従って肝腎の問題であるべきその書に、本当に「久遠を流るるいのち」が生きているかどうかを忘れてしまう傾向があるのは遺憾である。「仏典を論ずる」ためには、サンスクリット語や、パーリー語やー西域地方の古代の方言やチベット語などさえも必要であろう。略…しかしそれはいつまでも語学の世界と考証の世界に堂々廻りしていて、その教えの堂奥に飛び込むことはできないのである。本当の「さとり」の世界へ飛び込もうと思うものは、語学や考証の世界を一躍して「久遠を流るる命としての釈迦」そのもののうちに飛び込まなければならないのである。(生命の實相第二十七巻く)
日常生活の中で人と語る、又はウエブにて、信仰問題を論じる事が有ります。
そんな時に頼れるものの一つに、拙い宗教的知識や人生体験が有るが、そんなものではとても越え難い大問題も人生には待ち伏せて居るもので有ります。
真に難局を越え得るのは姑息な智識の断片では無く。如何に日常の信仰生活での切磋琢磨の賜物が無ければ用に堪えないものかも知れません。
「久遠を流るる命としての釈迦」とは「久遠を流るる命としての自分自身」を見つめる確かな目(心の目でしょうか)なのでしょうか。


best Book 9

7

8

9

4

5

6

1

2

3

○世界平和の祈り

此のページは只今制作中です。

板橋相愛会謹製

Ads by TOK2