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イマージュツアー21

グレートリバー物語り59

黄金華咲く

 グレートリバー、それは偉大なる大河。人間は三千年の歴史の中で、釈迦、耶蘇、マホメッドと、その他多くの霊的指導者、聖人を排出して来ました。その起源は一つの見えざる大いなる源泉で有る事は、疑い様の無いものであります。多くの支流、本流を伝えて、軈ては大河は、大海原に一つに注がれるものであります。生長の家は、開祖の谷口雅春尊師の、求道の末の「今起て!」の霊的な言葉に始りました。いま人類は多難な時代を目前にしています。世界的な経済難、災害、疫病、紛争。国際的救済機関が幾つ出来ても、人々の心が変らなければ、この難局は越えられないと云うもの。今こそ、あらゆる人々が万教帰一の元に人間愛で、救うべき大河となって、進もうではありませんか。

《神自身を享受》

古典落語の噺に確か鏡の無い田舎村の噺があり、暮しの中で悲しい事が有ったらそっと長持の中の鏡を見なさい。するとお母さんの顔が現れ励ましてくれると云う。そんなお話でした。

昨今の若いお嬢さんは電車内で、恥ずかし気もなく、鏡の中の作品作りにご熱中の様で。勿論、ほんの一部のお方でしょうが。

人間鏡を前にすると意外と自分の顔が気に成るものです。もし、世の中に鏡と云うものが無かったら、人間は自分が見えない。ご婦人など楽しみも少なく、つまらないものかも知れません。

さて、突然ですが、信仰において、何が大事なんでしょうか。
それは自分を知ると云う事でしょう。
人間の存在理由を、谷口雅春先生はこう生命の實相に書かれていらっしゃいます。

人間を神が作ったのは神自身を享受せんがために、神自身の生命を此の世に具体化したのである。
凡そ自己が存在するならば、自己の存在を自己が知らねばならない。知らなければ自己の存在するところの意義をなさないからである。しかし自己が自己を知ると云うことは、眼が自分の眼を見ることが出来ないと同様にそのままでは出来ないのである。
自己が自己を知り自己を観るにはそれを客観化しなければならない。換言すれば唯一の存在としての自己が「観るもの」と「観られるもの」との相対に分化しなければならないのである。
神が人間をつくったのは、神が自己自身の姿を観るために、自己の外に自己の影を創造したのである。

生長の家では人間の出現の意味を神の自己実現と教えて戴いております。
このご説明でまた一段と判り易く成りました。人間は神の子で有り、分け御霊で有ると云う事ですね。

しかし、改めて唯一の存在としての自己が「観るもの」と「観られるもの」との相対に分化しなければならないのである。
神が人間をつくったのは、神が自己自身の姿を観るために、自己の外に自己の影を創造したのである。

とこのようなご説明を戴きますと、余りにも自分の真実の存在が、偉大なもので有ると感じます。神の自己実現と、其れだけお聞きしますと、ああ、そうなのか、と本当の事を余り認識せずにポケットに仕舞い込んでしまう嫌いがあります。本当は神の自己実現と云う事は大変な事なんだよ。と祖師からお叱りを受けそうな気がいたします。(雅春先生はお優しいお方ですが)

でも、人間の存在理由と云えば、人類発生以来、数多くの先哲の課題であり、様々な教えが説かれて参りました。しかし、中々理解し難い問題でした。

谷口雅春先生のこんなユニークな御解説をお聞き致しますと、いにしえの、釈尊、も耶蘇もきっと御在世でしたら「そうなんだよ。」と我が意を得たりと膝を打ってお喜びに成られたと私は思います。



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○世界平和の祈り

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板橋相愛会謹製

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