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イマージュツアー21

グレートリバー物語り4

黄金華咲く

 グレートリバー、それは偉大なる大河。人間は三千年の歴史の中で、釈迦、耶蘇、マホメッドと、その他多くの霊的指導者、聖人を排出して来ました。その起源は一つの見えざる大いなる源泉で有る事は、疑い様の無いものであります。多くの支流、本流を伝えて、軈ては大河は、大海原に一つに注がれるものであります。生長の家は、開祖の谷口雅春尊師の、求道の末の「今起て!」の霊的な言葉に始りました。いま人類は多難な時代を目前にしています。世界的な経済難、災害、疫病、紛争。国際的救済機関が幾つ出来ても、人々の心が変らなければ、この難局は越えられないと云うもの。今こそ、あらゆる人々が万教帰一の元に人間愛で、救うべき大河となって、進もうではありませんか。

祖師西来の意
宋の時代479年頃に達磨大師は極東の國へ、み佛の教えを伝えるべく旅立ちました。
「孫悟空(西遊記)」で有名な玄奘三蔵法師は、貞観3年(629年)、唐王朝に出国の許可を求めた。しかし、許されなかったため、国禁を犯して密かに出国、河西回廊を経て高昌へ旅立ちました。天文12年8月25日ポルトガル人は大航海の末に亜細亜最東端の島、種子島に流れ着きました。
後者は明らかに大航海時代西洋列強の覇権争いが始まりだったと思えます。
しかし、三蔵法師と言い、達磨大師と言い、交通手段も情報も無い時代に、何の為に異境の地へと旅立ったのでしょう。
達磨大師は勿論禅宗の祖であり、尊崇の絶えない高徳の方ですが、禅宗の様々な公案の中で、「祖師西来の意如何(達磨大師は何の為にわざわざ印度の地から遠い中国までやって来たのであろう)」と云う問いが出て参ります。
人は様々な目的で旅をします。或る人は、観光の為、湯治の旅、戦の旅、ショッピングの旅、心の痛手を癒す旅。
旅は色々な事を教えてくれ、様々な事を体験させてくれます。
出無精で殆ど家を出た事の無い方も、病の床に伏し人生の旅路を或いはベットの中でも歩んで居る訳であります。

ああ、滅びるものは滅びよ。崩れるものは崩れよ。そして運命に壊されぬ確かなものだけ残ってくれ。私はそれをひしとつかんで墓場に行きたいのだ。
倉田百三
実に多くの人々の悩みは深遠なものです。
先人で、あれ程と云う哲人でも、人生の不可解さ、
神の未知成る世界に関心は尽きない様です。

私達一人一人が、心の旅人であり、一人として傍観者は居ないのです。
皆自分事、他人事では無い。

人生のの旅路は更に続く…。

『鋼の人』
遥かな西から一人の僧がやって来た。
み佛の弟子と云っても、
印度人では無く更に西国から印度に至り、
み教えを伝えるべく決意を心に秘めて、
海路伝いに遠く極東の国を目指して
何をお考えでいらっしゃたのか。
普通元年頃、
達磨は海を渡って梁の国、
広州へ向かった。
ガンジスの河岸やら、
海岸の区別も着かぬ程、
天地は広漠として果てし無かった。
見送る家族も無いのは、
寂しいものかも知れないが、
彼の生地がそもそも、
印度から遥かに離れること遠いペルシャの国で有った。
慣れ親しんだ印度の地も、
異境と云う他は無かった。
「さらば、ガンジス。」
覚悟の上では有ったが、
両の目蓋からは熱いものが流れた。
永い修業の身には肉親への慕情は消え失せたと思いきや、
頭蓋骨の奥には幼かった頃の
優しい生母の笑顔だけが明滅するので有った。
広大な印度洋は鮮烈な光りを放ち、
真っ白い帆布が目に痛かった。
夕べは名も知れない小さな漁村の沖合に
碇を降ろして仮泊と成った。
月が水平線に輝く頃、
村からは小船が漕ぎ出されて、
魅惑的な娘達が食糧を売りに来た。

達磨は一人の娘が指し示す粥と煮魚を求めた。
塩味と辛さが程良い加減で有ったが船酔いに弱った躯は余り受け付けなかった。篝火に見慣れない異郷の踊りも興味が湧かなかった。海は荒れ、停泊の地を二週間も動けない時も有った。「よしっ。船出じゃ。」
久しぶりの船路に体力が回復したものか眼差しにも力が見えた。
濃紺の海面には真っ白な波が泡立ち、海豚の愛嬌溢れる姿が舷側に見えた。
船旅が始まって同乗の客達と会話も余り無かった。
「あんた、坊様だね。」
「あ、そうですが。」
「俺は旅商人だよ。」
「坊様は、誰が見ても坊様じゃ。」
「説明は要らん。」
「はっはっは。」
達磨は詰まらんと思いながらも、久し振りに笑った。一気に寛いで
世間話に花が咲いた。
「何で坊様なんぞに成られたかのう。」
「はっはっは。」
「…。」
達磨は一人笑った。

黄土色の大地が遥か見渡す限り続く。
「ん。何だろう。」
絶え間無く砂嵐のつぶてが肌を打つ。
風の合間に人の声が聞こえる気がする。
「何者だ。」
「…。」
「名を名乗れ。」
「そう云うお前は…」
「名は無い。」
「達磨。」
「ほ、達磨とは何人か。」「修業の身。」
「何の為…」
「…。」
「何の為に生きて居る。」「はて…」
此の嵐の中、
わしに問いかける者は…
「人は何の為に生まれ、生きるかや…。」
「うはっはっは。」
「何が可笑しい。」
「そ、それが知りたく、旅をして居る。」
「親は居らんのか。」
達磨は、
「あっ」
と小さく叫んだ。
只、無性に悲しくて、
止めどもなく
熱いものが流れるのであった。
風は只ごうごう轟き、
嵐が沈まっても
心の底に消えないので有った。
彼は傷心の侭荒野を漂泊した。

「ききっ。」
見知らぬ鳥達の声に
目を覚ました。
船は港に帆を休めて居た。桟橋には極彩色のテントや旗が風になびいて居た。
港の役人らしい男達が乗り込んで来た。
「税を取りに来たんだ。」船乗りの男が言った。
「お前は何者か。」
「…。」
僧侶の格好をして居れば、間違いなく僧侶であるに違いはないので有ろうが、印度よりも遥か遠い
ペルシャ生まれの容貌に、流石の役人も怪訝な様子を見せた。
船頭が言った。
「ペルシャとやらの西國くんだりから、わざわざ印度を越えてシナ迄届けられるとは、随分不思議な方だ。」
「あはっはっは。」
当の達磨も滑稽そうに笑ったものだ。
「他人事だが、果たして言葉が通じるのかいな。」
「はっはっは、本当にそうだ。」
これは彼にとっても甚だ深刻な事で有った。

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○世界平和の祈り

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板橋相愛会謹製

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