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イマージュツアー21

グレートリバー物語り3

黄金華咲く

 グレートリバー、それは偉大なる大河。人間は三千年の歴史の中で、釈迦、耶蘇、マホメッドと、その他多くの霊的指導者、聖人を排出して来ました。その起源は一つの見えざる大いなる源泉で有る事は、疑い様の無いものであります。多くの支流、本流を伝えて、軈ては大河は、大海原に一つに注がれるものであります。生長の家は、開祖の谷口雅春尊師の、求道の末の「今起て!」の霊的な言葉に始りました。いま人類は多難な時代を目前にしています。世界的な経済難、災害、疫病、紛争。国際的救済機関が幾つ出来ても、人々の心が変らなければ、この難局は越えられないと云うもの。今こそ、あらゆる人々が万教帰一の元に人間愛で、救うべき大河となって、進もうではありませんか。

生命の潮流

昔、香厳と云う和尚が居た。修業時代に師に呼び出され、一つの公案を出されたと云う。
「お前は甚だ聡明であるが、お前の両親が未だ生まれぬ先、お前はどうして居たか、書物に頼らずに答えて見よ。」
香厳は答えんとして、様々な事例で答えたが、師はその度にことごとく否定された。
さて、人はおよそ四百万年程前に、地球上に出現したそうである。

父母未生前の公案を更に遡れば「四百万年程前の公案」に行き着くのでは。
宗教、哲学によっては生命は無限で有り、輪廻と云う再生を説く。
四百万年程前自分は何処で何をして居たのか。
生命が無限で絶え間無く流れて居るものならば、自己のDNAのかけらにもなんらかの記憶として残存して居るかも知れない。

仏教に「心、佛、衆生、三無差別」と云う言葉が有ります。
変化して生じたものは(それがたとい佛として変化して顕われても)変化して元の相を止めなくなるのであります。ですから生長の家では「華厳経」にあるような「心、佛、衆生、三無差別」のそんな佛は存在しないと申します。(生命の實相第二十七巻百十二頁)
我々の生命、魂と云うものが、幾世代も形を替えて引き継がれて居るもの成れば、高々三十代なりとも遡れば天文学的数の人々が尊い命の継承を為された事で有りましょう。沢山の愛情が連なり、今の自分が有る。そんなに沢山の愛がほとばしるその源泉に想いを馳せれば、変わる事の無い無限の慈悲、慈愛を垣間見るものかも知れない。
我々個々人の存在も外形は変われどもその本質は原始の命のほとばしりに因るのでございましょう。
昔見た映画作品「2001年宇宙の旅」キューブリック監督作。今では2001年を遥かに時代は過ぎ去り、あの映画の内容程人類が進歩したとは思えないのでありますが、幼い時に見たので朧げですが、正しく香厳の「父母未生前」の公案と相通じるものを感じませんか。

2001年宇宙の旅」キューブリック監督作

遠い昔、ヒトザルが他の獣と変わらない生活をおくっていた頃、謎の物体がヒトザル達の前に出現する。やがて1匹のヒトザルが謎の物体の影響を受け、動物の骨を道具・武器として使う事を覚えた。獣を倒し多くの食物を手に入れられるようになったヒトザルは、反目する別のヒトザルの群れに対しても武器を使用して殺害し、水場争いに勝利する。

時は過ぎ、月に人類が住むようになった現代。アメリカ合衆国宇宙評議会のヘイウッド・フロイド博士は、月のティコクレーターで発掘した謎の物体「モノリス」を極秘に調査するため、月面クラビウス基地に向かう。調査中、400万年ぶりに太陽光を浴びたモノリスは強力な信号を木星(小説版では土星)に向けて発した。(wikipediaより)

生長の家のみ教えは「人間は神の子である」の真理に始り、ヒトザル=人間の祖先などと云う発想は端から認めるものでは有りませんが、このような映画が生まれた発端は、人類の生命に対する畏敬の念、限り無い謎、疑問が有ったと思われますので、登場させて見ました。

私が興味を覚えたのは後編主人公が宇宙の果てに独り彷徨い続け、出生頃の記憶にまで遡る人の過去世、前世、見えない世界への、何故生まれたのか、生きるのか。そんな声に成らない声を聞いたような気が致します。


○世界平和の祈り

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板橋相愛会謹製

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