鋼のジャンヌダルク
ガツン!パシッ!6月のある日曜日、某県営スタジアムでは、強豪吉本工業高校と、県立立花高校の、アメリカンフットボールの試合がおこなわれていた。春の県大会である。
試合は、完全に吉本ペース。また1本とられた。
呆然と味方の戦況を見守る監督・控え選手たち。そのなかに、ひときわ小さな選手がまじっていた。他の選手が、1m80センチ、体重80キロクラスを筆頭に、小さくても170ぐらいはあるのに、その選手は、どうみても、160センチあるかないかだった。相手の吉本工業の選手に比べると、更に劣って見えた。ユニフォームが大きいのか、パンツはだぶつき、中のパットはずり落ちている。そして、小さな身体に似合わない、いかついプロテクターやヘルメットが痛いほど重そうに見える。
これでは、とても試合に出してもらえそうにない。しかし、優しい心を持っているのか、水汲みに行くマネージャーに代わり、引き受けたりしていた。その重い水を運ぶ姿が、また痛かった。
ピピー!試合は終わった。67−6で、完敗だ。唯一の特典は、相手の力任せの反則による。怪我人続出で、一時は試合放棄も考えた、ひどい試合だった。しかし、それでも、「彼」の出番はなかった・・・。
「畜生!」ヘルメットを叩きつけて悔しがるキャプテン。抱き合ってすすり泣くマネージャー。これを見た監督は声もでなかった・・・。
「あ、あたしも・・・、悔しいです!」
突如叫んだのは、あの小柄な選手・・・。無造作に脱いだヘルメットからは、はらりとセミロングの髪が現れる・・・・。
女の子だったのだ。
「バカ!お前になにができる!」
「君の気持ちはよくわかるけど・・・。俺たちでも無理だったんだ・・・。あきらめな」
いままで散々悔しがっていた選手たちは、彼女に対し、バカにしたように吐き捨てた・・・・。
「あたし、やってみせます!」
そして、次の日から、立花高校ファイティングロゼは、打倒吉本のため、9月の秋大会に向けた、激しい練習が始まった。
その中でも、彼女・・・林さとみの向上心、闘争心は、群を抜いていた・・・。倍以上の体重のチームメートのタックルにも耐え、どんな難しいパントもキャッチ・・・。いつしか彼女は、正WRのポジションを奪取していた。彼女をバカにしていた選手たちも、、目を見張る上達だった。
しかし、変わったのは技術だけではない。あのだぶついていたユニフォームは今やピーンと張り詰め、重そうだったヘルメットも顎を引いてきちんとかぶり、露出したふくらはぎや腕は逞しく、背が小さい事を除くと、理想的なレシーバーの体型となっていた。というより、プロテクターをフル装備した彼女を見て、まさか女の子だと思うものはいまい・・・。チームのお荷物だったひ弱で場違いな女の子は、今や屈強の戦士に生まれ変わったのだ。
そして、遂にやってきた雪辱の日・・・。3ヶ月前と同じあのスタジアムに、彼女は帰ってきた。
ロッカールームに入り、戦闘スタイルに変身する選手たち。そのなかに、さとみの姿も。
「おい、林・・!ここは男子の更衣室だぞ?おまえは、マネージャーたちと一緒に着替えて来い!」
キャプテンの佐川が、そう指示する。
「いやです!あたしもファイティングロゼの選手の一員です。選手です。これから50分、みんなと一緒に戦う仲間なんだから、準備するときから一緒でもかまいません!」
「し、しかし・・・。」
そのとき、さとみはもうロッカールームに入ってしまっていた。そして、防具の入った重い袋を降ろし、セーラー服のサイドジッパーを下ろした。
つづいて、無造作にそれを脱ぎ捨てると、純白のスポーツブラだけになった。つづいて、スカートを下ろす。
今まで、女の子が一緒のロッカーで着替えているというのに、自分たちの支度に追われていた部員たちが、目を凝らしたのはそのときだった。
普段の練習着(簡易防具)は、ジャージの上からかぶるだけだったので、着替えなんて見たこともないし、制服を着ているときなど、極普通の女の子、ただちょっと腕と足が太いかな、って感じだったさとみ・・・。しかし、今みんなの前にその半裸を晒したさとみの肉体は、割れた腹筋、引き締まったウエスト、程よくついた筋肉・・・。そして今、ブラを取り去ったその胸からは、以前と変わらぬ小ぶりなバスト・・・。鍛え抜かれていながら、要所要所に女の子らしい丸みを残した、あまりもの美しい肉体美に、皆が見とれてしまった。不思議と、いやらしさは感じられなかった。
「み、みなさん!支度が遅れますよ!あたしもいそがなくっちゃ!」
ソックスを穿き、膝パットを装着、つづいて太ももにもパットを。その紐が、逞しい太ももに食い込む。ヒップパット、サイパット、サポーターをとりつけ、上からパンツを穿く。きつめに紐を縛り、それでも念を入れて、別な紐を通して難く結ぶ。そして、ショルダーをかぶり、グラブをはめ、長い腰にヘルメットを抱えたその姿に、一同は再び目を見張った。
「じ、ジャンヌダルクだ・・・!」「いや、戦いの女神だ・・・」
そして、長い髪を丹念に束ね、ヘルメットをかぶるそのとき、さとみは、一同の先頭に立ち、こう言い放った
「みなさん!今日は、この前の逆のスコアで絶対に勝とうね!あたしがんばる!」背中には背番号17が輝く。その姿は、女には見えない。
「ウォォォォォォォォーーーーーーッ!」さとみの言葉に、野郎共は雄たけびで応える。そして、試合がはじまった。
無名の公立校、立花が、信じられないほどの勢いで、強豪吉本を押し捲る。本来ならば、県下を代表する名手だったのに、親の反対で吉本に行けず、進学校である立花に進んだキャプテンの佐川・・。中学MVPのクゥオーターバックである。しかし、チームメートに恵まれず、今や中学時代の控えQBだった吉本の選手に、その名声を奪われていた。打倒吉本の心は、誰よりも強い。
セカンドダウン・・・。佐川のパスは、ノーマークだったさとみへ。これを、難しい体勢から、スーパーキャツチ。しかし、そこに吉本の巨漢タックルが迫る!
ここに、一人の部員がいた。恵まれた体とセンスを持ちながら、タックルを怖がり、前の試合でも先制点につながるミスを犯した男だ・・。
しかし、その彼が、今、まさになつみに迫る黒い陰に突進する。「女の林だってがんばっているんだ!オレだって・・・!」みごと強敵を倒した彼は、反動で吹き飛ぶが、悔いはない。そう、その直後、さとみが今日2本目となるタッチダウンを決めたから。
つづくキックでも、彼女は活躍。そして、前半が終わった。この時点で、スコアは42−0。圧勝である。そして、吉本の選手で、さとみが女だと気が付いた者はいなかった。「里美」、女みたいな名前だなぁと思ったぐらいである。実際、彼らのキャプテンの名前も「忍」、男女両方に取れる名前はいくらでもある。
ハーフタイムの打ち合わせが済み、再び決戦の闘場に向うさとみ、佐川ら・・・。レフリーの笛がなる。
しかし、第3Qは、両チームとも決定打が出ず、ついに最終Qを迎えた。
すでに、大活躍しているさとみに対するマークはだんだん厳しくなっていた。はじめは小柄なためか、ノーマークだったのだが・・。
しかし、弱体極まりない自分たちのチームに勇気を与えた小さな聖女を敵の魔手から守ろうと、タックル陣総員必死に巨大な敵に勇気を持って立ち向かっていったのだ。今や、立花のゲームは、さとみを軸に進んでいた。
だが・・・。ついに運命の瞬間「とき」がやってきた・・・・。敵のマークがさとみに集中したのを見た佐川は、別のレシーバーを多用して一時的に注意をそらし、決定打のときにさとみに回す作戦に出た。これは見事成功したのだが、相手のDLの中に、あくまでさとみだけを徹底マークする男がいたのだ。彼が、吉本で最初にさとみが女だと気が付いた選手である。においである。激しい戦いに、さとみの女の部分から、わずかに漏れた汗とはちがう液、そのにおいを野獣の本能でかぎつけたのだ。
フェイントをかけてさとみに渡ったボール。そして、そこに野獣のタックルが迫る!味方は不運にも陽動のため近くに居らず、絶体絶命のピンチ!そして、遂に・・・。
「ガシャ!」防具のぶつかる音・・・。さとみの背後に、野獣が喰らいつく・・。しかし、驚くべきことが起こった。なんと、体重100キロを越える彼を引きずったまま、なおさとみの突進は止まらないのだ。ついに、パンツの紐がちぎれ、ずり落ちてしまった。あらわになるさとみの下半身・・。はさんでいたパットが落ちる・・・。そこに、更に襲い掛かる敵のタックル陣。二人目の当たりを跳ね返し、3人目をかわしてなおも進むさとみ・・。しかし4人目の当たりをうけ、遂に倒されてしまった。あまりの衝撃に顎紐がはずれ、抜け落ちるヘルメット・・・。そこから流れ出る黒髪・・・。
ついに、「女」の正体を白日の下にさらしてしまったさとみ。小麦色のたくましい太ももと、スパッツで隠れている白い部分のコントラストが美しい。しかし、彼女はすぐに立ち上がった。倒されたものも、すばらしい前進で攻撃権を確保するダウンを奪ったのだ。おもわずガッツポーズをするさとみ!会場からは、おしみない拍手がわきおこる・・。審判によりタイムアウトがとられ、ふたたび衣装を整えたさとみを中心に、もはや立花高校の攻撃はとどまる事をしらず、遂に、84−0の大差で、見事春の雪辱を果したのであった。
そして、そこに居合わせた全ての者が叫んだ。
「ジャンヌ・ダルクの降臨だ!」と。
その後も、立花高校の快進撃はつづいたが、惜しくも関東大会で強豪・大日本大学3校に散った。しかし、トリコロールの鎧に身を固めたジャンヌダルク・林さとみの名は、高校アメフト界に、長く語り継がれるだろう・・・。
・・・・エピローグ・・・・・さとみのその後・・・。
あの激しかった戦いの日々は終わった。さとみ、佐川たち3年生は、受験に、就職にと、それぞれの道へと踏み出していった。
まあ、佐川は、すでにスボーツ・学業とも優秀なので、既に京王大学への推薦が決まっていた。そして、冬休みに入り、あとは受験その他で卒業式まで顔を合わせない奴が多くなる3学期のある日。
図書館で再会した佐川とさとみ・・。
「林、ひさしぶりだなあ、ところでお前、どこ受けるんだ?」
「あたし・・・?教えない♪」
「いいだろ、俺たちチームメートだろ?」
「・・・だって・・キャプテン、あ、いまはちがうか・・佐川くんはさあ、頭いいし、主将だったから、いいけど、あたしは・・」
「もったいぶるなよ、俺が推薦してもらったのも1/3ぐらいはお前のおかげなんだからさ、な、俺たちの女神さんよ!」
「・・・。ここでは教えない。あ、そうだ、佐川くん頭いいから、勉強教えてよ。あたしんちに来て」
ふたりは、肩を並べて新興住宅街の林家に向った。
「あたしんち。」「へぇ〜、けっこういい家じゃん。俺んちなんてボロ屋敷だぜ」
「ベーだ!佐川先生(弁護士)のおぼっちゃんが厭味いうな!」肘うちが決まる。
「痛テーっ!」
「なによ、大げさな、フン」・・しかし、これはマジで痛かった。鍛えている佐川でさえ効くのだから、普通の男ならゲロ吐くか蹲るほどのものだ。
「今日はパパもママもいないの。どうぞ」
佐川は、はじめてさとみの家に入った。
「ここがあたしの部屋よ」
意外なほど、女の子らしい部屋だ。キテイちゃんのぬいぐるみや堂本光一のポスターもある。
「さ、佐川君そこ座って♪あ、紅茶でいいね?」
普段のスポ根性むき出しの姿に慣れた佐川は、少し戸惑った。お茶を入れに部屋を離れたさとみに、取り残された佐川は、落ち着かず、部屋をキョロキョロ見回した。すると、不審なカーテンを発見、そこを悪いとは思いつつ覗こうとした、そのとき、
「あっ、そこ見ちゃいや!」突き飛ばされた佐川は、はからずもカーテンの向こうに顔を突っ込んだ。そこで見たものは・・・。
「見ちゃったのね・。」なんと、ベンチプレスなどのトレーニング機器だった。
「林・・。これは?」
「あたし、あの悔しい試合の後誓ったの。絶対上手くなって、吉本に勝ちたいと。それで、貯金はたいてこれ買ったのよ。毎日練習が終わってからこれで鍛えたの。それと毎朝走ったわ・・。いまじゃ、こんな身体に・・・。」腕をまくり、力瘤を見せる・・。
「・・。林、おれだって悔しかったさ。それに、俺はもっと前から、ずっと悔しい思いをしていたんだ。格下の奴が、強いチームに入っただけで、いい思いをして、俺は、俺は・・・・」
「やめて!知ってたわ。だって・・・。だって・・・!」
「だって何だ?お前に俺の気持ちが分かるのか、そもそも女のお前に!」
「・・・・。好きだったのよ、佐川君が・・・。ずっと見てたの。そして、佐川君の力になりたい、佐川君と一緒に駈けたいと思って・・・」
「それで、女のくせに、マネージャーでなく選手になろうとしたのか?みんな無茶だといったけど、別に邪魔にならなければいいと思って、俺が2年の秋にキャプテンになったとき、正式に認めたんだが・・・。でも、俺はうれしかったぞ。そこまで俺のことを・・。」
目を潤ませてさとみに抱き寄る佐川・・・。
「でも、あたし、あたし・・・。がんばりすぎちゃった。ごめんなさい、あたしもう佐川くんに愛される資格のない身体になっちゃった。見て!」さとみは、全てを脱ぎ捨て、それを佐川に見せた。その肉体には、さらに磨きがかかり、一本一本の筋が、まるで生きているかのようだった。
「かまうもんか!」そのまま、さとみを押し倒す佐川。
「俺も、お前の事が好きだった。そして、俺のために、女を捨て、いや隠してまで力になってくれたお前を、愛している。お前がどんなに逞しくても、俺はお前を守りぬく。お前が強くなれば、俺はもっと強くなれるんだ。見ろ!」佐川も服を脱ぎ捨てた。そこには、女とは思えぬほど鍛え抜かれたさとみでも敵わぬ、完璧な肉体があった。佐川とさとみ・・。二人の肉体は、ギリシャの神のように、美しかった。
「俺は、お前のがんばりを見て、自分も鍛えなおしたんだ。そうでなければ、お前を愛する資格がないと思ってな。」
「隆司くん!」「さとみ!」ふたりははじめて、名前で呼び合った。そして、激しく絡み合った。筋肉と筋肉が絡み合う。
「さとみ・・。おまえ京王受けるんだろ、トレーニングだけでなく、勉強もしなくちゃな・・・・。」フィニッシュのあと、思い出したかのようにでてきた言葉だった。
やがて、さとみも無事京王に入学、ともにフットボール部に入ったが、さとみは大学ではトレーナーとして隆司を支えた。やがて、二人は結婚し、男の子をもうけた。生まれながらにして両親のすばらしい肉体をうけついだ彼は、やがて米国に渡りNFLの名手となるのだが、それはさらに20年後のことである・・・。
終。